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第十五話『救いの声』

 九階層にはフロア全体の三分の一をしめる大きな倉庫があり、残りは秘匿度の高い研究を行う施設とシゴロウのようなエリート研究員たちの自室兼事務所となっている。

 元々人が大勢いる区画ではないため、内部通路にゾンビはさほどいなかった。だがわずかな数であっても逃げるシゴロウにとっては脅威で、足を止めるたびに狼男は距離を詰めてきた。


 幾度となく振るわれる狼男の爪を回避し、シゴロウは目に映る赤い光を頼りに攻撃に転じた。狙いを弱点である頭に定め、サブマシンガンを数発刻みで発射していく。

「――いい加減、倒れて欲しいものだな!」

 何回目かで弾が切れてしまいリロードすると、カートリッジの残数があと二つしかないことに気づかされた。


(……逃げる途中で他のゾンビを倒すことも考えると、弾の節約は必須だが)

 どうにかして距離を取りたかったが、狼男から離れるのは容易ではなかった。たった一歩でシゴロウの数歩分を詰めて来るとなれば、未来が見えていたところで逃げ切れるものではない。


 舌打ちをしつつ弾を入れ替えていると、道の曲がり角から一体のゾンビが飛び出してきた。

 驚いて足をつまずかせたおかげで、何とか掴まれるのは回避する。だがゾンビはシゴロウに覆いかぶさり、身体を起こして噛みつこうと顔を向けてきた。


「ええい! 邪魔だ!!」

 片手でホルスターの拳銃を取り出し、ゾンビの顔面へと弾丸を連続でお見舞いした。そして怯んだ身体を足蹴で飛ばした瞬間、狼男が発する赤い光がシゴロウに迫ってくるのが見えた。


 避けなければと思考するが、体勢が崩れているせいで光から逃れられない。まるで走馬灯のようにゆっくりと狼男の剛腕が迫り、シゴロウは死の恐怖で目を閉じた。

 一瞬の間を置き、ドンという鈍い衝突音が聞こえてきた。だがシゴロウの意識は途切れず、想定していた痛みもない。

 目を開けると前には107が立ちはだかり、狼男が振るった腕を自身の細腕で受け止めていた。


「ぐるぅ……! がああああぁぁぁぁ!!!」

 107は渾身の力を込めた叫びを上げ、狼男の腕を自身の両腕で抱き込むように掴んだ。そこから全身全霊の怪力で腕を引き、何倍も体格差がある狼男を床に叩きつけた。


「ガルルルアァ!?」

 地鳴りを響かせて狼男は倒れ、ここまで一切なかった隙が生まれた。シゴロウは急いで立ち上がり、残された時間でこの場をしのぐ方法がないか必死に考えた。

(――何をするにも距離だ。このまま奴の土俵で戦い続けていたら、俺も107も確実に力尽きてしまう)


 しかしただ逃げるだけではまた同じ状況に戻るだけだ。何かないかと視線を巡らせると、すぐ近くに消火器が置いてあることに気づいた。

(あれなら使えるか? ……しかし)

 消火器のすぐ近くには扉に群がるゾンビの集団がいた。下手に刺激すると面倒なことになるのは必然。シゴロウは他の手がないか考え……止めた。


「ええい! 駄目だったらその時はその時だ!」

 シゴロウが消火器に駆け寄るとほぼ同時に、幸運にもゾンビたちは扉を破壊して中に雪崩込んでいった。部屋に潜んでいたであろう者に内心で謝罪して見捨て、シゴロウは危険なく命を繋ぐ手段を手にした。

 消火器の安全ピンを引き抜き、シゴロウは横づけされたホースを構える。


「107! 来い!」

 呼びかけを聞いた107は、一瞬足をふらつかせて後退した。その目には酷い疲労が浮かんでおり、左腕はシゴロウを庇った時のダメージのせいか骨折してだらりと垂れていた。

 消耗するシゴロウと107とは対照的に、狼男はまだまだ余力を残していた。今も突進の勢いを緩めることなく、シゴロウたちを殺そうと向かってきている。


(……くそっ! もう少し離れたいところだが……!)

 そう願いつつも消火器を使うと決め、ぐっとレバーを握り込んだ時のことだった。

「――っ!!?」

 さっきゾンビが破壊した扉から、脈絡なく凄まじい爆発と黒煙が溢れ出した。さすがの狼男も動揺し、足を止めて視線を部屋の方へと向けた。


「……よく分からぬが、助かったぞ!!」

 目いっぱいレバーを引き、狼男の顔面を狙って消火剤を噴射した。辺りには黒と白の煙が混じり、視界は完全に覆われて互いの姿が見えなくなる。

「ガアァァァ!? ゴルアアアァァァァ!!!」

 狼男は消火剤で白くなった顔面を抑え、腕を手当たり次第に振るって暴れ出した。


「上手くいったか。行くぞ、107」

「が……があぅ……」

 シゴロウはぐったりとした107を抱え、狼男に追われる前にその場から逃げ出した。遅れて後方からは、獲物を取り逃した狼男の咆哮が空気を揺らし響いてきた。


 九階層の外周部をぐるりと周り、シゴロウと107は仮眠室近くの通路にたどり着いた。すでにどちらも息は絶え絶えで、シゴロウの頭には釘で打ち付けるような酷い頭痛が起きていた。

「……はぁはぁ」

 視界が蜃気楼のように揺れ、今にも倒れそうになる。もはや自分がどこを進んでいるのか分からなくなり、ぐったりと壁に寄り掛かった。


(……ここでは駄目だ。せめてどこか、部屋の……中に)

 再び歩き出そうとするが、ふと意識が途切れ体勢を崩してしまう。ドサリと床に倒れ込むと、すぐに視界が薄暗くなり始めた。

「――さん! シゴロウさん! 大丈夫ですか!」

 遠くから桜花の呼ぶ声がし、シゴロウは安堵で繋ぎ止めていた意識を手放した。


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