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第十二話『研究所に紛れ込んだ少女』

 無事シゴロウは小部屋に群がっているゾンビを片付けた。中に入る前に空になったサブマシンガンのカートリッジを外し、新しい物を取り出して装着した。

(……これでもう二つも消費したのか。残っているカートリッジは四つ、補充のあても無いし、ここからは慎重に使っていく必要があるな)

 本当に必要な場面以外には使用を控えようと決め、腰の拳銃を取り出して構えた。


 ちなみに107は今回のゾンビに対する攻撃でほとんど動かなかった、

 基本ゾンビ同士は敵対することはなく、107にとっての例外はシゴロウか自分が襲われそうになった時だけのようだ。

(撃ち漏らして向かってきた個体は排除してくれたのだから、文句は言うまい)

 ポンと107の頭を撫で、シゴロウは扉の向こうにいる少女に声を掛けた。


「外にいるゾンビ共は排除した。まだ生きているなら返事をしろ」

「はっはい! 無事です、ありがとうございます!」

 改めて聞いた声は明らかに若く、小窓から覗いた時に抱いた『高校生ぐらいの少女』という印象はさほど間違っていなさそうだった。


「そっちから出てこれそうか?」

「……えっと、駄目みたいです。扉が歪んじゃって、私の力じゃビクともしません」

「まぁ、そうだろうな」

 隙間から部屋の中を覗けるほど扉は歪んでいて、半端な方法では開きそうになかった。どうしたものかと考えていると、少女が怯えた様子でシゴロウに質問をしてきた。


「あの、獣の唸り声みたいなのが聞こえるだけど、そちらに犬か何かいるんですか?」

 気づけばシゴロウの隣にいる107が、扉の先にいる少女に威嚇していた。

 ずっと人を襲う場面を見ていなかったので、シゴロウは107にも食人衝動があることを失念していた。となればこの扉を開けた瞬間、107は少女を襲ってその身体を食い荒らすことになってしまう。


(一応マズルガードは付けているが、本気の107には枷にもならんからな)

 目下の脅威は片付けたので、ここで見て見ぬフリをするべきかと思案した。

 あえて言うまでもなく酷い考えではあるが、足手まといがいるとシゴロウと107も危険に晒される機会が増える。

 若干運頼みではあるが、下手に歩き回るよりこのまま隠れていた方が生存率が上がる可能性があるのも事実だ。


「あの、どうしました?」

 急にシゴロウが返事をしなくなったので、少女は不安そうに声を掛けてきた。それに対しどう返答したものか悩んでいると、これまで大人しかった107が急に動き出した。


「107、どうし――」

 「た」と言い切ろうとした瞬間に、107は跳躍して扉前にある壁に足をついた。そこからまた勢いをつけて跳び、歪んだ扉を力任せの蹴りで破壊した。


「きゃっ!?」

 少女は驚愕して悲鳴を上げ、ペタンと床に尻餅をついた。107は一度着地して狙いを定め、少女目掛けて飛びつこうと身構えた。

「――待て! 107!!」

 ギリギリのタイミングでシゴロウは、107が着ている白いポンチョ服の首根っこをガシリと掴んだ。結果107は速度を失い、宙ぶらりんの状態で固定された。


「がっ!! ……が、がぅ」

 怒った107は鋭利な爪を向けるが、相手がシゴロウだと気づいた瞬間にシュンと委縮した。正気を失っても危害を加えないその健気な姿に感動しつつ、シゴロウは107を腕に抱きかかえてポカンとしている少女と向き合った。


「えっと、その子は一体?」

「……見ての通り、107はゾンビだが?」

「へー、ゾンビ。…………って、えっ!?」

 尻餅をついた状態で、少女は器用に後ずさっていった。


「がぁ! がぅがうぁ!」

「ひっ、ひぃ!」

「…………はぁ、次から次へと困ったものだ」

 シゴロウはここからどう説明したものかと頭を悩ませた。

 

 改めて見た少女の印象は、いかにも品行方正でしっかり者というものだ。完全に偏見だが学校で委員長をしてそうで、シゴロウのような無気力学生に檄を飛ばしていそうだ。

 背の途中まで伸びた髪は綺麗なこげ茶色で、よく手入れしているのかサラリとしていた。着ている白衣は羽織っただけのようで、下にはオシャレなパーカーやミニスカートなどの私服が見えていた。


「……助けて下さり、本当にありがとうございます。私は神東桜花と申します」

「俺は四五郎だ。それでいきなり質問させてもらうが、お前どうやって下層まで入ってきた? そんな服装では、関係者といえど地下一階層にも入ることはできぬはずだぞ?」


 咎めるつもりはなかったが、シゴロウの声は自然と強いものになっていた。

 ゾンビ因子が外に漏れることがないよう、研究員たちは日々細心の注意を払っている。桜花が今やっている行為は、彼らの努力に泥を塗るような真似といってもいいほどだ。

 苛立つべきはずさんな警備体制だが、シゴロウは注意も込めて桜花を叱った。


「……すいません、私もここがこんな恐ろしい場所だって知りませんでした」

「まぁ、表向きは一般にも名の知れた遺伝子学の研究所だからな。郊外に建てられているとはいえ、受付までなら研究員の家族だって入ってこれる。予約は必須だが」

「私は、ずっと帰ってこない兄に会いたかったんです。それで研究所に来て受付と話をしていたら、中に通してくれた人がいたんです」

「…………何?」


 事の詳細を聞いてみると、桜花を地下研究所に入れたのはスーツ姿の一団だったそうだ。四階層ですれ違った時は影になって見えなかっただけで、あの場に桜花もいたらしい。

 その話を聞いたところで、シゴロウはここまで失われていた記憶を思い出した。脳裏に浮かぶのは冷凍処分室の出来事で、サングラスを掛けた一人の男にシゴロウは撃たれた。


(あいつは……何者だ? 一体何が目的でこの研究所に来たのだ?)

 表情は見えなかったが、記憶の中に映るサングラスの男には嫌な気配があった。

 空気感染すると警告した試験管をわざわざ破壊したり、シゴロウを撃って107を刺激するなど、その行動には一定以上の悪意が感じられた。


(もしや、封印されていた禁域を解放したのは……)

 確証はなかったが、シゴロウはその考えが合っていると考えた。


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