第十一話『九階層到着』
シゴロウと107はデンジャーとの遭遇戦をやり過ごし、無事九階層に続く階段へとたどり着いた。登った先は予想通りの地獄絵図で、道には研究員のゾンビがフラフラ彷徨っていた。
メイン通路となる真正面の道は、デンジャーが暴れた影響か瓦礫で塞がっていた。警戒態勢なのでエレベーターは使えず、迂回しながら上層に登れる階段を探す必要がある。
道中にいるゾンビへの対処も不可欠で、かなりの労力となるが脱出のためには仕方ないことだ。
「……それにしても、奴らが通っていた場所は分かりやすいな」
今シゴロウと107がいるのは九階層の南側で、十字路西側の通路に見える部屋の扉がいくつも破壊されていた。飛び飛びで天井の電球も割れており、道の先は薄暗く移動は困難だった。
(灰色の毛が落ちている……。となるとこっちを通っていったのは狼男で間違いないか)
どうやら人が潜んでいる部屋を片っ端から狙っていったようで、行先にはゾンビ化した研究員が何体も彷徨っていた。中には扉ではなく壁そのものを破壊した箇所があり、改めてデンジャーの恐ろしさを実感させられた。
(さて、せっかくだ。今の内にゾンビの反応を確かめておくか)
ここまで感じていた違和感の正体を、シゴロウは早めに確認しようと決めた。
通常ならすでに察知されている距離だが、想定通りゾンビたちはシゴロウに気づいていない。恐る恐る一定距離まで近づくと急に存在を認識し、手を前に突き出してシゴロウへと襲い掛かってきた。
「――来るのが分かっていれば、大した相手ではないがな!」
シゴロウはあらかじめ構えていた拳銃を連射し、向かってきたゾンビ二体の頭を撃ち抜いた。発砲音で離れた位置にいるゾンビが振り向くが、そこから向かってくることなく再び通路を彷徨い始めた。
(…………これは、やはり)
十階層の冷凍処分室にいたゾンビと同じで、九階層のゾンビもやけに反応が鈍い。
シゴロウの頭の中ずっとあった疑問は、自分もゾンビの一員となったのかというものだ。目覚める前に見た悪夢に対する答えにもなり、デンジャー戦で見逃された理由にもなる。
しかし現実に、ゾンビはシゴロウを襲ってきた。ゾンビがゾンビを標的に定めることはなく、それでは今のシゴロウの状態とも微妙に一致しない。
仮説を出すならば『半ゾンビ化』というのがしっくりくるが、シゴロウはゾンビ研究者としてその説を今の判断材料だけで認めたくなかった。
(俺が半ゾンビ化した……か、にわかには信じられんな。それはここにいる研究者が何十年にも渡って渇望し、結局掴み取ることが叶わなかった願いなのだぞ)
ゾンビ研究の終着点は、人としての意識と肉体を失わぬ状態でゾンビ因子を定着させることだ。それによって得られる利点は膨大で、成功すれば人は強靭な肉体と不死ともいうべき寿命を手にする。
進化の袋小路で立ち止まっている人類を次のステージに上げるために、シゴロウや他の研究員は身を削って働いてきた。
偶然に偶然が重なり、シゴロウがその半ゾンビ化を成功させた。もしそれが科学的に証明できた場合、シゴロウ本人の価値は凄まじいものとなる。
「……いずれ個人で研究道具を揃え、しっかりと調べる必要があるな。間違ってもどこかの研究機関に掴まり、人体実験などで身体を使われないよう注意せねば」
元々死ぬならゾンビになろうと考えていたので、シゴロウに悲観的な思いはなかった。
…………そしてもう一つ、シゴロウには気になることがあった。
それはデンジャーとの遭遇時に起きた、未来予知にも似た謎の感覚だ。
さっき襲い掛かってきたゾンビからは何も感じず、デンジャーにだけ反応するものかもしれないと推測した。もしくは、命の危機に瀕した時のみ発達する第六感的な力の可能性もある。
(どちらにせよ、これは素晴らしいことだ)
自分自身が最高の研究サンプルであることを理解し、シゴロウは口元のニヤつきが抑えられなかった。喜びの感情のまま通路に視線を戻すと、いつの間にか近くにいた107の姿がなくなっていた。
「……む? 107、どこへ行った?」
大きすぎない声で呼びかけると、遠くから107が反応を返してくれた。
物陰からの襲撃に気をつけ、狼男が通った西側の反対となる東側の通路を進んで行った。
すると曲がり角に107の姿が見え、シゴロウは安堵してそこへ近づいていった。
「107、勝手に離れるのは関心せんぞ」
「がー、がう」
「む、そこに何かあるのか……?」
107が指差した方を見てみると、そこには扉に群がるゾンビが五体ほどいた。
何もない場所にゾンビがこれほど集まることはなく、ほぼ確実に部屋の中に人が入っている。
ゾンビたちは近づいてくるシゴロウと107に一瞬目線を向けるが、これまでと同じように興味を失って扉をまた激しく叩き始めた。
「……このままでは、扉が壊れるのも時間の問題だな」
助けるべきとは思うが、その場合は助けた人物を安全に送り届ける義務が出てしまう。出来れば誰にも見つからず研究所からの脱出を済ませたいシゴロウにとって、人という荷物の取り扱いは非常に難しかった。
「……うむ。可哀想だが、見捨てることにしよう。行くぞ、107」
「がうっ!」
音を潜めながら歩き、シゴロウはゾンビと扉を通過していった。通り過ぎたところでふと気になり、シゴロウはチラッと部屋の方を見た……いや、見てしまった。
歪んだ金属扉の小窓の先から、目に涙を浮かべて怯える高校生ぐらいの少女が見えた。少女は白衣を着ていたが、研究所内で見かけたことがない顔立ちだった。
一瞬だがバッチリ目が合ってしまい、少女は慌てて立ち上がった。
「あっ、あの! 助け――!」
少女は救いを求め、扉の向こう側のシゴロウへと駆け寄ってきた。だが近づいたせいでゾンビが活発化し、扉はこれまで以上の速度で壊れ始めた。
「ひっ! やっ止めて! こないで!!」
再び少女は部屋の隅に逃げるが、もう扉は数分と持たない。シゴロウはハァと大きくため息をつき、サブマシンガンを構えて少女へと告げた。
「……助かりたかったら、絶対にそこから動くなよ」
シゴロウは自分が発端の厄介ごとだからと言い訳し、少女を救うために群がるゾンビたちへサブマシンガンを発砲していった。




