第十話『デンジャーたちの邂逅』
困惑するシゴロウの目線の先で、狼男は岩石のように大きな拳を隔壁に叩きつけた。衝突で響く轟音は十階層全体を揺らし、隔壁は拳を受けるたびに歪んでいく。そして最終的に隔壁は、原型留めず狼男に破壊された。
(……あいつが野放しになれば、研究所内のゾンビは数日と経たずに外に出ていくな)
脱出が目的のシゴロウにとって、狼男はある意味好都合な存在だ。だが外にゾンビが解き放たれ罪もない者たちが巻き込まれるのを黙っていられるほど、非情に徹せられる人間でもなかった。
(しかしまぁ、状況的に今は何もできんがな)
九階層に登って行く狼男を見送り、シゴロウは狙われなかったことに安堵の息をついた。
「アイツには研究所内で好き放題暴れてもらうとしよう。対処するのは、脱出方法の算段がついた後だ」
「がぁう?」
「107なら、アイツとやり合って勝てるか?」
冗談で言っただけだが、107は「がうっ!」とやる気に満ちた声でシゴロウを見た。
狼男の足音と気配が止み、シゴロウはトイレから外に出た。目指す場所は九階層……ではなく、狼男が出てきた禁域の方だ。
(そもそも狼男は、どうやって禁域から出てきたのだ?)
警戒態勢になった場合、禁域の封印は通常時より強固なものとなる。何らかの理由で外に出ても、センサー式の自動小銃やフロアへの麻痺ガス噴射など、いくつも対策装置が作動しているはずだ。
禁域の中は照明が落ちており、地下ということもあって完全な暗闇となっていた。もし中で大量の改造ゾンビたちが解き放たれていた場合、すべての不意打ちに対処するのはどう考えても不可能だ。
「…………さすがに、ここは引くべきか」
シゴロウの野生的な勘が、禁域の中に入るなと告げてきていた。107も嫌な予感を感じとったらしく、グルルと喉を鳴らして威嚇をしていた。
諦めて来た道を戻ろうとした時、背後から近づいてくる異音があった。
慌てて振り返ると、闇の中から見覚えのある影が二つ姿を現した。そいつらの管理番号は104『寄生者』、106『重装騎士』とどちらも『デンジャー』だった。
『寄生者』は人と虫の複合実験によって生まれた改造ゾンビで、虫のような細い肢体の先端に胎児ほどの頭がついている。地面をカサカサと動き近づいて来る姿は、控えめな表現でも気味が悪い。
もう一体の『重装騎士』は、皮膚が金属のように硬質化した改造ゾンビだ。
実際の強度もかなりのもので、ライフル程度では傷一つつけることは叶わない。体色は黒く、硬質化して盛り上がった皮膚は名の通り鎧のようだ。
「これが悪夢の続きなら……、さすがに笑えんな」
シゴロウは命の危機を感じ、回収したサブマシンガンを構えながらジリジリと後退した。寄生者は的が小さく狙える自信がなく、銃口は自然と重装騎士の方へと向いた。
「…………」
重装騎士は唐突に足を止め、ジッとシゴロウを見つめていた。その目には何の感情も映っておらず、作り物のような冷たさがあった。
背を向けて逃げることもできず、シゴロウと重装騎士は睨み合う。ここからどうしたものかと考えていると、シゴロウの脳裏にバチリと電流のような何かが流れる感覚があった。
(――――は?)
急に重装騎士の周りに、赤い光がまとわりついていた。視線を動かすとその光は寄生者からも発せられており、横にいる107だけが青く見えた。
困惑のまま目を前に戻すと、今度は重装騎士の身体の光に変化があった。それは左腕から離れるように動き出し、腕のシルエットを保ったままシゴロウへと近づいてくる。
光が向かう先はシゴロウの顔面で、シゴロウはとっさに光を避けた。するとほぼ同時のタイミングで、重装騎士が左腕を振りかぶって恐ろしい速度の拳を振るってきた。
「――っ!?」
シゴロウのすぐ真横を拳が突き抜け、背後の壁が一撃で砕け散った。シゴロウはとっさにサブマシンガンを構え直し、引き金を全力で引いて弾を連射した。
ガガガと激しい音を立て、弾はほぼ全弾重装騎士に着弾する。だが重装騎士は怯むことも痛がることもせず、ただそこに立って攻撃を弾いていた。
あっという間にカートリッジ一つ分の弾が無くなり、シゴロウは焦りつつリロードしようと手を腰に回す。すると警告を発するように、脳裏へとまた電流が走った。
再び向かってくる赤い光はあまりにも早く、的の広いシゴロウの腹を正確に狙っていた。危険を感じて回避をしようとするが、行動を阻害するかのように足には寄生者がまとわりついてきた。
「この……!」
重装騎士は腕を構え、光の軌跡通りにシゴロウへと高速の拳を放つ。
直撃による死を覚悟した瞬間に、傍にいた107が動き出した。跳躍の勢いを乗せた縦向きの回転蹴りをし、シゴロウへと進む重装騎士の腕の軌道をわずかに逸らしたのだ。
体勢を崩しシゴロウが床に転ぶと、寄生者は待ってましたと言わんばかりに顔へと近づいてきた。107が追い払うように威嚇すると、慌てて逃げだして寄生者は重装騎士の身体へとまとわりついた。
両者の睨み合いにより、辺りには一時的に静寂が流れた。シゴロウは相手を刺激しないようにカートリッジを入れ替え、震える手のまま銃口を二体に向けた。
(……何をしている? まさか人間を見逃すというわけでもあるまい)
一触即発の空気の中で、最初に動き出したのは寄生者だった。
「ギッギッギッ」
寄生者は笑い声のような奇声を発し、重装騎士から降りて通路を進んでいった。それに続くように重装騎士も歩き出し、すれ違いざまにシゴロウを一瞥した。
「……オダジ」
その声は鳴き声のようにも、意味ある言葉のようにも聞こえた。
ここ一番の脅威が去り、シゴロウは脱力して地に膝をついた。冷や汗がドッと溢れ、死の脅威から解放されてなお心音が止まらなかった。
「シゴロ?」
「あぁ、大丈夫。すぐに……立てるさ」
107を心配させないため、シゴロウは何度か深呼吸して立ち上がった。
デンジャーが去り、禁域は再び静寂に包まれていた。だがシゴロウに先を進む勇気はなく、107の手を引いてその場から去っていった。
記念すべき十話目、デンジャー『たち』の邂逅です。
物語全体としてのプロローグの章が終わりました。次から本格的に脱出パートへと移行していきます。
しばらくは毎日投稿していく予定なので、もし面白いと思ったいただけたならお気に入り登録してくださると嬉しいです。前作同様完結まで頑張っていきますので、応援よろしくお願いします。
※作品の邪魔になるので、章の終わりなどを除き作者コメントはここだけにする予定です。




