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釣り師と猫の髭

作者: 秋野シロ

今日も釣れなかった


僕は猫とともに釣船を降りる。


僕は小さな島にある小さな村で魚を釣って暮らしていた。

友人も、親族もいない、村の人とも交流もなく、船着場にいる白い猫だけが友達だった。


猫は他の釣り師達が釣った魚を盗んでいたようで、釣りをしている人たちからは疎まれているようだった。

ある日、船に猫が乗り込んできて以来、釣りに行く時は船に乗せてあげるようになった。

くだらない世間話をし、聞いてくれたお礼に連れた魚をあげた。


しかしこの数週間、全く魚が釣れない。

このままでは生活どころか餓死してしまう。


にゃあ、と足元で猫が泣いた。

「ごめんな、今日も魚をあげられなくて」

ゆっくりと猫の頭を撫でた。


生え変わりの時期だったのだろう。

フワッと、猫のひげが抜け地面にゆっくりと落ちた。


白く細い一本の髭を拾い、昔本で読んだことを思い出した。

猫のひげは金運アップにつながるらしい。まぁ、迷信だろうが。


魚がたくさんつれますように。生活ができるほどお金が儲かりますように。

僕はその髭をそっと財布の中に入れた。


次の日もまた釣りに出かける。

船に一歩足を乗せた時、船の揺れか、空腹による目眩か、視界がぐらぐらと揺れた。

もし僕に何かあったら猫が船の上に一人ぼっちになってしまう。

「お前は今日はお留守番だ」

猫はにゃあにゃあとのりたそうにせがんで来たが静止する。

そして久しぶりに一人で釣り船に乗り海に出る。


信じられなかった。

今まで釣れなかったのが嘘のように、それどころか今まで見たことがないほど大量に釣れた。

船が重みに耐えきれなくなりそうだった。


船着場に着くやいなやすぐさま猫が駆け寄ってきた。

「お前のおかげで大漁だ。ありがとな」

にゃあ、にゃあとなく猫。少し誇らしげに見えた。

僕は釣れた魚の中で一番大きな魚を掴み猫にあげた。


次の日も、その次の日も大量に釣れた。

小さな家に住んでいた男はやがて村で一番大きな土地を買い、家を建て、何不自由ない暮らしを送れるようになった。

釣れた魚のうち大きいものを猫にあげ、生活に必要なもの以外は売ってお金にした。


釣りに出て、帰り際に猫に一番大きな魚をあげ、高台に立てた大きな家に帰る日々。

とても幸福だった。小さい頃からギリギリの生活を送ってきた僕にとっては夢のような日々だった。


しかし、ある日うっかりと財布を落としてしまった。なんとかその日中に財布を見つけることができたが、中身を見て顔が真っ青になった。

財布に入れていた数万円が無くなったからではない。


猫の髭がなくなっていた。


その日から魚が全く釣れなくなった。

釣りに出ては、一匹も釣れずに帰ってくる毎日。

あの時のように髭を落とさないかと船着場中を見てまわったが風も強く、他の釣り師が行き来する屋外で、見つかるはずもなかった。


あれよあれよとういまに貯金は崩れ、とうとう家を売るかどうかというところまでいってしまった。


今日も釣りに出かける。一匹もかからず1日が終わり船着場に帰ると猫が待っていた。

猫は落ち込んだ僕を励ますかのように足元に擦り寄ってきた。

僕はしゃがんでゆっくり頭を撫でる。


指先が髭に触れ、猫と目があった。



抜け落ちていないのなら…



✳︎✳︎✳︎


「聞いた?高台の大きなお家の方、殺されたんですって」

「強盗でしょ?こんな小さな村でそんなことが起きるなんて…。怖いわね。」


猫はフラフラと主婦達の横をすぎ船着場へと歩いていった。

すると釣り師が釣れないことを嘆きながら船から降りていくのが見えた。

猫は男に近寄る。釣り師は魚をせがみに来たのかと、しっ、しっと手を払った。


猫は髭が一本無くなっている方向に少し頭を傾け、にゃあと鳴いた。

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