ルーン魔術師とアレクシス・ラズバード・4
目を覚ましたらベッドの上にいた。
ひどい頭痛がする。それでも、俺は起き上がり、何とか記憶を辿ろうとしていた。
俺は、結局負けたのか?
ボコボコにされたのは覚えてる。だけど、最後どうなったか、俺の記憶はあいまいだった。
「起きたか」
声の方を向く。そこにはアレクシス様が居た。
「あ、アレクシス様っ!?」
俺は慌てて立ち上がろうとする。
「いい、そのままで」
「す、すみません。あの、なんでアレクシス様がここに?」
「アリシアとクラーラがつきっきりでお前が目を覚ますのを待っていたがな。朝になってもお前が起きないので、流石に眠らせた。それで代わりに俺がお前が起きるのを待っていた。そのうち、二人も来るだろう」
そうだったんだ。二人には悪いことしちゃったなあ。そう思うと同時に、アレクシス様がここに居て良かったとも思えた。聞きたいことがあるのだ。
「剣術大会は、どうなりましたか?」
「覚えてないのか?」とアレクシス様は目を見開いて聞いてくる。
「い、いやあ……。ぼんやりとは覚えているんですが、はっきりとは」
「仕方ないか。あの後、お前は気絶して一晩中、寝たきりだったからな」
「あの、やっぱり俺は……」
「ああ、お前の勝ちだ」
「え?」
「おい、まさかそれも覚えていないのかっ?」
「い、いやあ、あの……。ごめんなさい」
「呆れた奴だ」
「あ、あはは……」
アレクシス様のため息に、俺は苦笑いをするしかない。アレクシス様は思い出したかのように言った。
「それで、お前は騎士になるのか?」
「あー……。そういう話でしたね」
「俺は、お前を騎士に推薦する。そういう約束だ。だが、もしお前が騎士にならないとしても、俺はもう何も言わない。好きなだけ、ここに居るがいい」
「え、いいんですか?」
「ああ、お前が掴んだものだ。文句はない。それに」
「それに?」
「お前は騎士に向いてなさそうだからな」
冗談めかしく言うアレクシス様に俺は肩をすくめてこたえた。
「同感です」
「ふ。ははははははは!」
アレクシス様が大声で笑う。
「あの、一つ謝らないといけないことが」と俺は言う。
「何だ?」
「あんな戦いをしてすみません。俺は剣術大会を、汚しました」
「……。気にするな。そう思っているのは、お前だけだ」
「そう、ですかね?」
「ああ。あの時の、闘技場の光景。俺が見た中で、一番美しい光景だったかもしれん。だから、俺は、お前が剣術大会を汚したとは思えない」
アレクシス様は遠くを見るような瞳をしていた。そこには、いつもの冷たく鋭い刃のようなきらめきはない。その景色を、懐かしがるような優しい瞳だった。
「そう言ってもらえると嬉しいです」
「ふっ。では、お前も無事に起きたし、俺はそろそろ行くとしよう。俺が居ると気も休まらんだろう」
そう言って、アレクシス様は立ち上がると、最後にこう言った。
「これからよろしく頼む。ヴァン・ホーリエン」
俺はそれにこたえる。
「はい。よろしくお願いします。アレクシス・ラズバード殿下」
*
それから、色んな人がやってきた。
ディアンは俺の勝利を純粋に祝ってくれた。正直、ディアンの特訓が無ければ、今回剣術大会を勝ち進んでいくのは難しかったかもしれない。俺は心からお礼を言った。
ミラは軽食を持ってきてくれたの。「剣術大会、優勝おめでとうございます」と一言貰った。そうか、優勝したのか、とそこで初めて気が付いた。それから俺の身体の傷が直ってることについて、アリシアが【治癒】のルーンで治してくれたことを教えてくれた。きっと、アリシアは黙っているだろうから、と。最後に紅茶を淹れてくれた。ほっと、落ち着くような紅茶だった。
次にやってきたのは、ハンスだった。
「お前は全く……。無茶をする」
「見てたの?」
「ああ。見ていた。招待されていたからな」
俺たちの間に、微妙な間があく。
「さて、俺は今日でグラン王国に帰る」
「……。そう、なんだ」
なんだろう。当たり前のことなのに、なんだか寂しくなってくる。
「そう悲しそうな顔をするな」
「そんな顔してた?」と俺は訊いた。
ハンスは肩を肩をすくめる。
「色々ありがとう、ハンス」
「礼はいい。言っただろう。俺はお前に借りがあると」
「それなんだけど、俺、そんなにハンスに何か貸してた?」
「ああ。いずれ、その話もさせてくれ」
そう言ってハンスは俺に背を向けた。
「また近いうちに会えるだろう。きっと、その時にはお前にいろんな話ができる」
「例えば?」
「そうだな。お前の師匠が今何をしているか、とか」
「え、でも、ハンスは知らないって」
そう言ってたはずだ。俺の記憶では間違いなくそうだ。
「ふっ。言っただろう。交渉事で、何でも本当のこと話すバカはいない、と。また会おう」
それだけ言って、ハンスは立ち去って行った。