ルーン魔術師と建国祭・8
俺たちは一度、アリシアの自室に戻っていた。
「お手伝い、ありがとうございました、ヴァン」
椅子に座り、一息つきながらアリシアは言った。
「アリシア様、どうぞ」とミラが水を渡していた。
「ありがとう、ミラ」とアリシアが受け取って口をつける。
「アリシアもお疲れ様。大盛況だったね」
「はい。まさか、こんなことになるとは思いませんでした」
「ルーン魔術とアリシアの魅力が、みんなに伝わったからだよ」
「そ、そうでしょうか」
少し顔を赤くするアリシア。
「きっとそうだよ」
「あ、ありがとうございます……」
それから恥ずかしさを誤魔化すみたいにアリシアは、ぽん、と手を叩いた。
「そ、そういえば、明日の予約も入ったんですよ」
「予約?」
「はい。今日はもう商品が無くなってしまいましたけど、特に人気が高くてすぐに売り切れてしまった【発光】のルーンを、明日もういくらか作ってくることにしたんです」
「そうなんだ。それにしても、【発光】のルーンが人気っていうのはちょっと意外だなあ」
俺が言うと、ミラがこたえた。
「お店の外観にも使っているからでしょう。綺麗だ、と言ってみなさん買っていかれていました」
「なるほど。確かに、綺麗だもんね」
アリシアが生み出した新しいアイデア。ガラス玉に【発光】のルーンを書いて作られた幻想的な暖かな光にはなにか心を安らかにしてくれる力を感じる。なんというか、ぼーっとずーっと見ていたくなる。
人気が出ることも分からなくはない、か。
「ヴァン。そろそろ本題を」とミラが言った。
「本題?」アリシアは不思議そうに首をかしげる。
「えーっと、本題って言う程のことでもないんだけど。これから建国祭を回ってみない?」
「建国祭を、ですか?」
「うん。せっかくだし、建国祭を楽しもうよ」
「それは、その……。デート、ということでしょうか?」
「で、デートっ!?」
俺は思わず声を上げる。
し、しまった。確かに、言い方的にはそういう風に取られてしまうかもしれない。俺はあくまでアリシアにルーン魔術を教えている師匠的な立場だ。ルーン魔術以外にこれといったとりえもない男とデートだなんて、そりゃあアリシアも嫌がるんじゃないか?
頭の中ですごい速さで思考が流れていく。
「で、デートって訳じゃ――」と弁明をしようとしたところ。
「デートですよね」とミラが詰め寄ってくる。
「み、ミラっ?」
俺は思わずミラの顔を見る。
ミラは顔を近づけてきてそっと耳打ちをする。
「そのほうが話が早くていいじゃないですか」
……。それでいいのか、アリシアの専属メイドさん。
「えっと、嫌じゃないかな、アリシア」
「もちろんです」
きっと気を遣ってくれているんだろう。優しい子だ。
「では、行きましょう、ヴァン」
立ち上がり、自然に俺の手を握ってくる。
心臓が、どきりと高鳴る。まるで本当にデートに行くみたいだ。いやいやいやいや、勘違いするな、俺。そして、平静を保つんだ。
デートという言葉が出たから余計に意識してしまう。
「お待ちください。その格好のままだと目立ちすぎます」とミラが言う。
「あ、そ、そうですね」とアリシアも自分の来ているローブを見て言う。「すみません。少し待っていてください」
「うん。急がなくていいからね」
「はい」
とアリシアが頷いたのを見て、俺は部屋を出る。
今のうちに平静を取り戻しておかないと。