ルーン魔術師と建国祭・7
建国祭四日目、王都の様子は三日目までと比べて落ち着いていた。
魔物が暴れだすなんてことがあったばかりだ。それも仕方ないのかもしれない。
熱は引き、人の流れも緩慢だ。祭りの最中ではあるが、どちらかと言えば日常に近いかもしれない。
でも、その光景はある意味俺を安心させた。
日常は取り戻せたのだ。誰もが暗い顔をして、絶望しているよりかはずっといい。
大広場もやはり、それほど多くの人がいるというわけでもなかった。
それでも、多くのお店が出店しているということもあって、ある程度の賑わいはある。大広場も無事に復旧出来ているみたいで良かった。
あの爆発しそうなほどの熱気が失われてしまったのは残念だが、アリシアとお店を見て回るにはかえってちょうどいいかもしれない。
そんな事を考えながら、アリシアのお店の方に向かうと、徐々に人が増えてきているような気がした。
あれ、どうしたんだろ? 何かあったのかな?
その人はさらに多くなって、人込みのようになっていく。
俺はその理由を間もなく目撃することになった。
「うわ……。すごい人……」
アリシアとクラーラ様のお店の前には、多くのお客さんがいた。
それは、三日目までの盛り上がりとなんら遜色がないように思えた。いや、もしかすると、もっと人がいるかもしれない。
人のつくるその大きな塊に、俺は中々入り込む勇気が出来なかった。少し引いた場所で眺めていると、肩がトン、と叩かれる。
「やはり、ヴァンでしたか」
「ミラ」
そこには、長く白い髪をポニーテールに結んだミラが居た。
「ポニーテールなんて珍しいね」
「これですか。少し忙しくて、気合を入れさせてもらっています。どうですか? 似合ってます?」
「うん。似合ってるよ」
ミラが目線をそらす。
「そう素直に言われると……」
「言われると?」
ミラは咳ばらいを一つ挟んだ。
「いえ、なんでもありません。さ、ついてきてください」
と、ミラは俺の手を取った。
俺は引っ張られるようにミラについて行く。
「後ろから入りましょう」
俺たちはぐるりと店を回り、裏から入る。そこで、ようやく落ち着いて、俺はミラに訊いた。
「この人の多さはどうしたの? 他は結構空いてたけど」
「それが……」
「アリシア様ー!」「魔物と戦ってる姿、格好良かったです!」「子供を助けに、前に出るなんて、素敵ですアリシア様!」「俺にも、ルーン魔術ってのを売ってください!」「俺もだ! 俺も買うぜ!」
これは……。
来ているお客さんの全員が、アリシアのことを褒めている。この前まではルーン魔術が物珍しくて見に来ていた人は多かったけど、アリシアの人気で来ていた人は少なかったはずだ。
突然、お客さんが増えたことでアリシアは声援に答えながらもせわしなく動いていた。
「アリシア様が子供を救ってグリフォンを倒したところを見ていた人が話を広めたのでしょう。それに、王都の復旧に尽力していたこともあって、国民がアリシア様を見る目は大きく変わりました。それに、ルーン魔術の魅力も、そこで伝わったのでしょう」
「そう、だね」
「さて、わたしも仕事に戻らないと。ところで、ヴァンはどうしてここに?」
「ん……。あぁ。アリシアを元気づけるために一緒に建国祭を回ろうと思ってきたんだけど。もうそんな必要はないかな」
アリシアを見ていると、すっかり元気になっているような気がする。
「いえ、ぜひアリシア様とご一緒に建国祭を回ってください。きっと、喜ばれます」
「そう、かな?」
「はい、そうです。この様子だと、昼までには残っている商品を全部売り切れると思います。どうぞ。お昼からゆっくりと、建国祭を回られてください」
それから、俺もアリシアを手伝った。と言ってもお金を受け取ってお釣りを渡したり、混雑しているお客さんの整理をしたぐらいのものだ。
その間に、クラーラ様のお店の方の様子も見えた。かなりの盛況っぷりで、やはりクラーラ様の方も三日目までと比べてお客さんが入っている様子だった。アリシアの方にちゃんと商品が残っていたら、面白い勝負になっただろう。
アリシアが王都復旧のためにルーン魔術の商品を使ったから、ルーン魔術が何かを分かってもらえて、こんなに人気になったというのだから、皮肉なものだ。
だけど……。
まあ、これで良かったのかもしれない。
俺はそんなことを考えながら仕事をしていると、気付けば、昼になっていて、その時には、ミラの予想通り商品の在庫はきれいさっぱり無くなっていた。




