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ルーン魔術師と騒動の終息・2

「さて、どうしたものか」


 唸ったのはレグルス国王様だった。

 王宮の広い会議室、そこに俺はいた。

 俺だけじゃなく、アリシアとクラーラ様、アレクシス様はもちろんのこと、それ以外にも上等な衣服を来た貴族や大臣もいる。あと、ハンスもいた。


 アレルが召喚した魔物によって、王都のあちこちに被害が出ていてそれをどうするのか。

 建国祭は途中だがどうするのか。

 これから人化する魔族に対してどう対処するのか。


 というのが主な議題だった。


 だが、どれに関しても貴族や大臣の人たちからいい案は出なかった。


 そんな中、静かに手を挙げたのはハンスだった。


「発言よろしいでしょうか?」


 その一言に、会議場がざわつく。

 無理もないだろう。ハンスはラズバード王国の人たちに取っては他国の人間だ。そもそもここに居ること自体が不思議だ……。いや、本当に何でいるの?

 まあ、多分レグルス国王様が許可を出したんだろうけど。

 その予想は多分あっていた。ハンスの発言をレグルス国王様が許したからだ。


「許可する」


 それにもまた、貴族や大臣がざわつく。ハンスは全く意に介さない様子で、涼しい顔をして立ち上がる。自分の行いに何も疑念を抱いてないようだ。


「人化する魔族に関しましては、正直、グラン王国でも手をこまねいております。中枢部に置く人間を厳密に選別するという方法しかわが国でも行えておらず、今すぐに、効果的な方法はわが国でもありません。ですが、他の二件、つまり王都の被害と建国祭に関してはいい案があります」


 そこでハンスはこの場にいる全員を見回した。

 国王様は言う。

 どんな案があるんだろう。と俺も耳を傾ける。


「聞こうじゃないか」


「はい。ヴァンのルーン魔術を使えば、王都は早く被害から回復するでしょう」


「え?」と俺は思わず口にする。


 まさか突然、俺の名前が出てくるとは思わなかったのだ。


「ヴァンは、我が国にいたころ、そのルーン魔術で経済発展に貢献していました。きっと、復旧も早く進むはずです。そうすれば、建国祭の再開も、円滑に行くと思います」


 ハンスは言い終えると席に座った。何事も無かったかのようにメガネを上げて、その視線はまっすぐ前を見て揺らぎなかった。


「だがなぁ……」「あんな小僧に何かできるのか?」「そもそも、グラン王国の者に言われても……」


 お偉いさんがたはハンスのいうことには懐疑的だった。

 その疑念の視線は俺にも向けられる。


「あの、俺からもお願いします」


 俺は頭を下げる。出来ることなら、力になりたかったからだ。


「信用できるのか?」


 誰かがそうつぶやいた。

 そう言えば、この建国祭で俺が剣術大会に出場する理由もそうだったな。


 アレクシス様の信頼を勝ち取ろうと始めたことだった。


 優勝すれば、騎士としてこの王宮に居ることを認めてもらえるだろう、と。


 やっぱり、俺は部外者なのだと、改めて思い知る。


 だけど、たかがそんなことで、引き下がったりしてられないんだ。

 魔物が暴れまわる中、アリシアが困っている俺を助けてくれた。


 なのに、俺が今、困っている人たちのために動こうとしないでどうする?

 そんなのは、アリシアに示しがつかないじゃないか。


「お願いします」


 と俺はもう一度そう言った。


「わたしからも、お願いします! ヴァンが信用できることは、わたくしが保証いたします」


 言ったのはアリシアだ。

 彼女がそんな風に言うのは意外なことだったのだろう。

 その場にいた、貴族や大臣たちは目をぱちくりとさせて何度もアリシアを見る。彼らは好き勝手に言い始める。


「いいのですか? そんな者を信頼して」「立場をさらに悪くするだけではありませんか、アリシア様」


 冷ややかな言葉が飛び交う。これが彼らのアリシアに対する評価なのだろう。 

 そんな非難にも似た言葉を吹き飛ばすように言ったのはクラーラ様だった。


「わたしも、ハンスさんの意見に賛成ですわ」


 俺と目が合うと、ウィンクを飛ばしてくる。


「クラーラ様まで……」「まあ、クラーラ様が仰られるのなら」


 今の貴族たちのアリシアとクラーラ様の扱いの差は、

 と、全体の流れはいい方向に向きだす。

 タイミングを計ったように、レグルス国王様が手を叩いた。


「では、復旧の手伝いをヴァンに頼むとする。ハンス殿にも助力を願えるかな?」


「もちろんです」とハンスが言った。


「では、三人はさっそく王都の復旧にとりかかってくれ」


「三人?」


 誰が呟いただろう。その疑問はこの場の多くの人が持っていたはずだ。でも、俺とハンスともう一人。レグルス国王様が三人と言ったあと一人が誰かは、明らかに分かっていた。


「アリシア。頼んだぞ」


 レグルス国王様が言った。


「……はいっ。お任せください!」


 こうして俺たち三人は、王都へと繰り出していく。



 と言っても、俺たちがやることは変わらない。


「【軽量】のルーンを!」


「そっちにあります!」


「【土壁】のルーンをくれ!」


「こちらに!」


「【湧水】を十枚用意してくれ!」


「今書いています!」


「すまん、怪我人が出た! 【治癒】のルーンをくれ」


「はい! 気を付けて作業をしてくださいね!」


「【身体強化】のルーンをありったけくれ! 大工組合の連中が、ありったけほしいってよ!」 


「わ、わかりました! ちょっと待ってくださいっ!」


 大広場に、王都復旧支援の看板を掲げて、俺たちは次々にルーンを作っていた。

 色んなルーンが色んな場所で必要とされているらしく、休みなくルーンを書き続けないと追いつかない状況が続いている。


 アリシアが建国祭で出店をするために作っていたルーンも使えるものはあるだけ配った。それでも、今追いついていないのだ。


 アリシアも、昨晩【治癒】のルーンを書き続けていた時同様に、一心不乱にルーンを作り続けている。


 まさに、休む暇もないというのはこのことだ。


「ははは。グラン王国にいた時みたいだな」


 笑ってやってきたのはハンスだ。

 ハンスも色んな場所にルーンの的確な使い方を説明しに王都中を回っている。彼も忙しいはずなのだが、そんな様子はおくびにもださない。


「いや、笑い事じゃないんだけど」


「すまんすまん。つい、楽しくなってな」


「楽しく?」と言いながら俺はそういえば、ハンスは根っからの仕事人間だったな、と思いだす。きっと忙しいのが楽しいのだろう。


「ああ。お前と仕事をしているのは、楽しかった」


「俺と?」


「ああ。お前は、どう思っていたのか分からんが、俺は本当にお前と仕事をしているのが楽しかった。ルーン魔術は使い方が多彩だ。であれば、売り方も多彩だ。どうやってお前のルーン魔術を使おうか。それを考え出すと、夜も眠れなかったよ」


「そう、なんだ。何か、意外だよ」


「そうか。いや、そうだよな。本当はな、俺はお前を連れ戻しに来たんだ」


「でも、そのつもりはないって言ってなかったっけ? 確か、手出しはしないとか」


 記憶をたどる。ハンスは確かにそう言っていたはずだ。

 彼は鼻で笑いながら言った。


「ふっ。そんなもの嘘に決まっているだろう。交渉事でなんでも正直に話すバカが居るか」


「あ、そう……。ってことは、この後、ハンスは俺をどうにかして連れていくの?」


「ふむ」


 とハンスは口元に手を当てる。ゆっくりと考えるようにして、彼は言った。


「ま、そうだな。どうにかして、お前を連れて帰ろうと思っていた。……だけどな、やめた」


「どうして?」


 純粋に疑問に思い訊く。


「今のお前が、楽しそうだからだ」


 ハンスの言った通りだった。

 俺は今、楽しいと思う。少なくとも、王宮にいた時よりもずっとはっきりと、そして何回も楽しいと思うことは増えた。

 見透かされているのが、なんか恥ずかしくなって俺は思わずはにかんでいた。


「うん。楽しいよ」


「ああ。いいことだ」


 俺たちは、じっとお互いの目を見ていた。

 口を開いたのはハンスだ。


「ま、お前にはまだアレクシス様に認めてもらえるか、という大事なことが残っているがな」


「……。そうだった。剣術大会どうなるんだろう?」


 建国祭は一時中断。もちろん、建国祭の一部として組み込まれている剣術大会も中断されている。再開することはあるのだろうか?


「さあな。アレクシス様次第だろう」


 ハンスが言った時だった。


「おい! ルーンはまだか!?」


 そんな声が響く。アリシアが対応に向かうが、俺も早く仕事に戻ったほうがいい。


「仕事、しなきゃね」と俺は言った。


「ああ」


 そう言ってハンスは俺に背を向ける。そして、背中越しに彼はこう言った。


「健闘を祈っている」


「うん。ありがとう」


 俺の言葉がハンスに届いたかはわからない。彼は振り返ることなく、仕事に戻って行った。

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