ルーン魔術師と騒動の終息・1
魔物の討伐が終わった後、俺とアリシアは王宮に戻っていた。
と言っても、大人しくしとけと言われて戻ったわけではない。
王宮の一室を借りて、二人で【治癒】のルーンを作れるだけ作っているのだ。
今回のことで、当たり前だけど怪我人は多く出た。王都には治癒師と呼ばれる回復魔法を使える人間もいるが、その人たちだけではとても追いつかないほど怪我人は多かった。
そういうわけで、俺たちはルーンを作り続けている。
俺とアリシアは机に向かい合って座っていて、右側にはまっさらな紙がつみあがっている。【治癒】のルーンを書いては左側に積み重ねていく。完成したルーンは、騎士の人が取りに来てくれる。
手を動かしながら、アリシアが俺の様子を探るように喋りだす。
「あの、わたしのローブのことですが」
「どうしたの?」
アリシアのローブは絶賛洗濯中である。この騒動で結構汚れてしまっていた。
「あんな使い方をしてごめんなさい。せっかく、ヴァンからいただいたものなのに」
「謝る必要はないよ、アリシア。おかげで、俺はすごく助かった」
インクとペンと紙。あの場所からまとめて渡すなら、あの方法が最も適していただろう。アリシアの判断に間違いはなかったと断言できる。
「そう言ってもらえると嬉しいです」
沈黙がおりる。
今度は俺のほうが探るように聞いた。
「アリシアの方は大丈夫だった……んだよね?」
大広場から、闘技場まで来ていたのだ。大丈夫だったことは考えれば分かるが、沈黙を埋めたかったし、それに一応はアリシアの口から確認しておきたかった。
「はい。グリフォンが一体来ましたが、お姉さまと一緒に倒しました」
「グリフォンを?」
俺は驚いて一瞬手を止めてしまった。
「はい。ヴァンのおかげです」
「いやあ、俺はルーン魔術を教えてるだけだよ。グリフォンを倒したのはアリシアたちだよ」
そう言うと、アリシアは手元から顔を上げた。
俺と目が合うと、アリシアは優し気に微笑んだ。柔らかくて、みてるこっちをほっとさせるような笑みだった。
「ルーン魔術を教えていただけていなかったら、わたしは今回も、隠れて身をひそめているだけになっていたと思います。でも、今は国のために何かが出来てる。なによりも、それが一番うれしいんです。わたしがこんな気持ちになれているのは、ヴァンのおかげです」
俺は何も言えなかった。
ただただ、アリシアにルーン魔術を教えて良かった、と心の底から思っていた。
「続きをしましょう。みんなが待っています」
「うん。そうだね」
俺たちは、ルーンを書き続ける。暗くなってからもランタンの明かりを頼りに書き続けた。日中の疲れもあって、俺はそのまま机に突っ伏すように寝てしまっていた。
目を覚ますと、朝になっていて目の前ではアリシアも同じように机に突っ伏して寝ていた。規則正しい寝息を立てていた。手にはペンが握られたままで、限界まで眠気と戦っていたことが分かった。王女様とは思えない姿だったが、その姿はどこか俺を安心させた。
静かに、部屋の扉が開いた。
やってきたのはミラだった。
彼女は静かに、木の葉が地面に落ちるときの音みたいにささやいた。
「おはようございます」
「おはよう。王都の様子は?」とささやいて聞く。
「お二人のおかげで、怪我人の治療は終わっています。本当にお疲れ様でした」
そこで、アリシアも目を覚ました。机に突っ伏していた身体を起こして、身体をそらすようにして目一杯に伸ばす。
「おはようございます」とミラがアリシアに言う。
「おはよう、ミラ。ヴァンも、おはようございます」
「うん。おはよう、アリシア」
それから何かに気づいたようにアリシアは慌てて言った。
「あ、王都の様子はどうなっていますかっ!?」
俺と全く同じことを訊いていたからだろうか。
ミラはこらえきれないという様子で笑っていた。
「み、ミラ? えっとどうして笑ってるの?」
アリシアは困惑した様子で、俺とミラの顔を交互に見ていた。