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ルーン魔術師と冒険者ギルド

 冒険者ギルドは異様な空気に包まれていた。


 ピリピリというか、ジリジリというか、とにかく、冒険者ギルドの扉を開けた瞬間に息が詰まるような感じがしたのだ。


 その空気はアリシアも感じ取ったらしく、ギルドの建物に入るときに少しだけしり込みをしていた。


 そんな中で、ディアンさんだけは臆せずに入っていった。


 きっと俺たちがいかなくても彼ならうまくやってくれるだろう。


「アリシアは、俺と待っていようか」


 わざわざ怖い思いをさせなくても、と思ったが、アリシアは恐怖ごと振り払うように首を横に振った。


「いえ、行きましょう。ヴァンも直接話を聞いたほうがいいです」


 震える小さな手を、ぐっと自分の胸に押し当てて、アリシアはギルドに足を踏み入れた。


 前にはディアンがいる。アリシアの後ろは俺が守らないと。


 俺もギルドに入り、にらみを利かせる。


 ギルドの中にはいろんな人がいた。

 若い人も、少し年を取ったような人も、男の人も女の人も、まさに老若男女問わずだ。


 だけど、なんだかみんなの視線がこっちを見てるような気がする。


 ってか見られてる。睨まれてるって。


 ――ギロリッ。


 うわぁ!


 その中でも一人、ギルドの一番奥のほうで、長い槍を立てかけて椅子に座り、めちゃくちゃな眼光で俺をにらむ一人の男がいた。


 俺は思わず目を背ける。


 いやぁ、やっぱり無関心を貫くのが正しいと思うんだ。危うきものには近寄らず。それに相手だって、賊とか獣とか魔物じゃないんだ。いきなり襲い掛かっては来ないよ。……来ないよね?


「カフラ冒険者ギルドへようこそ。ご用件をお聞きします」


 ディアンに追いついて、ギルドのカウンターにつくと、カウンター越しのお姉さんがそう言った。見事な営業スマイルに、少しだけ心休まる。


 依然として、俺たちの背中には視線がこれでもか、と突き刺さっているのだけれど。


「冒険者登録をしたくて来た。できるか?」


「はい。かしこまりました。えーっと、あなたお一人、でしょうか?」


 受付のお姉さんは俺たち三人の顔を一度だけぐるりと見回して、最後にはディアンに顔を向けてそう言った。

 何となく、ただの付き添いみたいにみられるのは分かってたけどね。


「いえ、あの俺も冒険者登録をしたいんですけど。できますか?」


「はい。もちろんです!」


 完ぺきな営業スマイルだ。

 さっきまで、俺のことをただの付き添いだと思っていたようにはとても見えない。


 それから、俺たちは登録用紙を渡され、必要事項を記入していく。

 それを、受付のお姉さんに返すと、すぐに冒険者ライセンスを作ってくれた。


 これで、はれて俺も無職から脱却である。収入はないけど。


 それから、お姉さんはいくつかの注意点を説明してくれた。


 依頼を受けた後は自己責任。

 ギルドに何の報告もなく街をでて、行方不明になったりしても自己責任。

 それから、実績によって受けれる依頼も決まりがあるらしい。


 あれ、俺たち、トロールを倒す依頼を受けれるのかな?


「それでは、以上で説明を終わります。これで、お二方とも、Fランク冒険者としてギルドに登録されました。これから冒険者ギルドをよろしくお願いします。何か、質問などはありますか?」


「質問はないが、依頼を受けたい」


「はい。現在Fランク冒険者さんに頼める依頼はこちらになります」


 数枚の紙がカウンターに出される。そこには、びっしりと色んな依頼が、一覧になっていた。

 だけど、やっぱりというべきか、そこにはトロールを倒す依頼はのっていなかった。


「あの、トロールの群れが出たって聞いて、討伐隊がギルドから出ると聞いてきたんですが。その依頼は、受けられますか?」


 受付のお姉さんはキョトンとした顔で、俺を見ていた。

 それから、大爆笑が起こったのは俺たちの後ろで、だった。


「うわっはははははは! 聞いたか? Fランク冒険者が討伐隊に参加したいだってよ」

「馬鹿も休み休み言え! ガキは家で寝てな!」

「しかもあいつ、あんなひょろひょろの体で、トロールにかなうと思ってんのか。それとも何か? そんな間抜けな顔して、魔法士とでもいうのか! がはははははは!」


 ひどい言われようだった。


「そんな! ヴァンは間抜けな顔なんかじゃありません!」


 アリシアがフォローしてくれるが、笑い声にかき消されて、あいつらには届いていない。あと、フォローする部分も少しずれてませんか?


「お前ら黙れ!」


 ギルドの奥の席から聞こえてきた声に、笑っていた奴らは一斉に黙り、空気もピンと張り詰める。

 さっき、俺をめちゃくちゃ睨んでいた、槍の人だ。


 彼は槍を手に取り立ち上がると、ゆっくりとこっちに向かってくる。

 背が高く、腕や足の筋肉もすごい。胸にはプレートアーマーをつけているが、きっと胸筋とかもすごいことになってるんだろう。


 アリシアをかばうように、俺とディアンも前にでた。俺たちと彼が向き合う。


「俺はグレイだ。そっちのお前はいい。その体、立ち方、雰囲気、そこらへんの奴らより戦えることは分かる。明日討伐隊に参加しろ」


 ディアンに向けて、そいつはそう言った。

 それから、俺にまた鋭い目を向けてくる。それに少しだけ身構えた。

 目だけなら、ディアンも結構怖い目をしているのだが、敵意で向けられるかどうかで印象が全然違う。


「ライセンスを見せろ」


 そう言ってくるので、おとなしく見せる。


「ルーン魔術師だと? ふん。おとなしく、ルーン屋にでも行って、仕事をしていろ。素人の出ていい場面じゃねえ。遊びじゃねえんだ」


 俺も遊びできてるつもりはないんだけど。

 彼は俺にライセンスを突き返すと、踵を返して、戻っていく。


「待て」


「なんだ?」


「ヴァンは俺よりも強い。きっと討伐隊に参加すれば活躍してくれる。俺が保証する」


「……。分かった」


 え、いいの?

 なんか申し訳ないな。

 でも、人にそう言ってもらえるのってうれしいな。


 と、俺がディアンの説得に感心していると、


「なら、それを俺にも証明してみろ」


「へ?」


「ギルドには、冒険者の指導を兼ねた模擬戦場がある。そこで、お前の実力を俺が見る。来い」


 そう言って彼はギルドの奥に消えていく。


「ど、どうしてこうなった……」


 そう俺はつぶやいていた。


「すまん。俺もこんなことになるとは……。それで、無理そうなのか? 俺としては、一人でひめさ……アリシアを助けたヴァンならいけると思うんだが」


「わたしも、ヴァンなら勝てると思います」


 二人は俺を評価しすぎじゃないかな?


「うーん、わかんないけど」


 彼の実力もわからないし。

 せめて、紙でもあれば少しは違うと思うんだけど。

 紙、紙か。


「あの」


 俺は受付のお姉さんに向き直った。


「は、はい? あの、大丈夫ですか? あの方は、Aランク冒険者で、その謝ったほうがいいと思うんですが」


 彼女は言いにくそうにそう言った。

 俺も正直そのほうがいいと思う。でも、


「ディアンもあれだけ言ってくれたし、やるだけやってみます。もしかしたら、速攻でボコられちゃうかもしれないけど。あと、よければ、紙を三枚借りられませんか?」





「逃げずに来たな」


「まぁ、あれだけ言ってくれた人がいるんで」


「ふん。根性は認める。武器はいいのか?」


「一応、策は用意してきました」


 グレイはさっきまで持っていた槍じゃなくて、木製の槍を持っていた。

 少しホッとする。まぁ、打たれたらすごい痛いんだろうけど。

 それにしても、模擬戦場は異様な活気に満ちていた。


「やれっ! やれっ!」「グレイ! なめた真似ができないようにしてやれ!」「一撃で沈むなよ! せめて楽しませてくれ!」


 物騒すぎないか? まぁ、これだけ血気盛んだから、冒険者をやれているのかもしれない。


 模擬戦場は円形で、壁や床は石でできている。


 俺が一番好きな場所を森だとするなら、石の床は一番嫌いな場所である。


 なぜなら、道具がないとルーンを刻めないからだ。さすがにこんな場所だと時代遅れとか関係なく、何も持っていないルーン魔術師には出る幕がないのだ。


 いやぁ、いちおう紙を借りられてよかった。もう少し借りといたほうがよかったかな。


 そんなことを考えていると。


 ぐっ、とグレイが槍を構えて体を少し沈めた。

 それと同時に、模擬戦場が鎮まる。


 ―――ヒュッ!


 始まりの音は、そんな鋭い小さな音だった。

 グレイの槍はすぐに俺の体の前に迫ってきていた。


「うわぁっ!」


 紙一重で避ける。


「――!?」


 グレイの顔が少しゆがんだ。

 次々に繰り出される突きを俺は避ける。


「避けるのだけは一人前か!」


 ルーン魔術師は近接戦に置いてほぼ無力だ。

 だから、ルーン魔術の基礎の次に俺が師匠に教えられたのは、攻撃のさばき方だった。


 当時、あほみたいにボコられたせいで、攻撃を避けるのだけはうまくできる。


 それに、七英雄のリッカとかカイザーが「付き合い」と称して俺を攻撃してくる時に比べれば、まだよけやすかった。何が付き合いだよ。


「【旋風槍】!」


 距離を取ったグレイが使ったのは、槍で風の刃を生み出すスキルだった。


 それを俺は身をかがめて避ける。


「なにっ! 今のも避けるのか」


「冷静に見切れば、普通の斬撃とかわらないですから」


「目に見える刃と、目に見えない風の刃を見切るのは勝手が違うと思うが、面白い! これはどうだ! 【連撃槍】」


 今度は俺の顔がゆがむ。

 攻撃が避けられるのは、反射が追いつき体が動くからだ。だけど、スキルによるその連撃は、俺の反射のスピードを超えてるし、そもそも体も追いつかない。


 しかたない。もう少し、隙を伺いたかったけど。


「【光盾】!」


 ルーンを刻んだ紙から光が円形に出て、俺の前で壁になってくれる。

【光盾】のルーン。数秒の間、光の壁を張って身を守れるルーンだ。【土壁】のルーンとかと違って、ずっとは残ってくれないので、タイミングが重要な少し使いづらいルーン。


 でも、光関係のルーンは暗闇じゃなければどこでも使える点は好きだ。


 ――――ガガガガガガガッ!


 そんな音を立てながら、盾が攻撃を受け続けてくれる。


 反撃するなら、今しかない。


「【閃光】!」


 紙が強く発光した。

 強い光を起こすルーン。ただそれだけだ。

 でも、そんな攻撃をしてくると分かっていなければ、その光から目を守るのはまず不可能だ。


「ぐっ」


 そして、彼の目が慣れる前に俺は懐に飛び込んだ。

 目のなれない中で振られた槍は簡単に避けることができた。


 そして、最後のルーンを彼の胸のプレートアーマーに張り、発動する。


「【発雷】」


 ――バチンッ!


 という音を立ててから、グレイは膝をついた。


 俺はゆっくりと距離を取る。


 模擬戦場は静まり返っていた。

 だが、


「え、ほんとう!?」


 グレイは立ち上がった。いやぁ、びっくり。さすがにもう少しかかるでしょ普通。

 って、そんなこと考えてる場合じゃなくて。


 俺は身構える。


 ゆっくりと、俺に近づいてきたグレイが聞いた。


「威力を落としていたのか?」


 俺は頷く。彼の言う通り、俺は発雷の威力を最大限出せるようにルーンを作ってはいなかった。


「明日に影響が出てもいけないと思って」


「そうか」


「やっちまえ! グレイ!」


 そんな言葉が、模擬戦場中にこだまする。


「黙れ!」


 グレイの声が、びりびりと響き渡る。


「俺の負けだ。すまなかった。ヴァン。まさか、ルーン魔術師でこれほど戦える奴がいるとは思わなかったんだ。見た目だけで判断した俺を許してくれ。そして、明日はよろしく頼む。期待している」


 それから、俺たちをギルドに入ってきた時のような目で見てくる奴はいなかった。


 むしろ、ほとんど全員といっていいほど多くの人に、すまなかった、と謝られてしまった。


 うーん、こんなつもりじゃなかったんだけど。


 冒険者たちとあいさつし終えて、ギルドを出ると、ディアンとアリシアは俺に向かってこう言った。


「さすがだな。Aランク冒険者といえば、俺といい勝負をするだろうに。やはり、ヴァンは俺より強いな」


 俺がディアンより強いかは知らないけど、なんでそういう情報をもう少し早くいってくれないのかな?


「わたしも、あんなふうに戦えるようになりたいです! 今日も、ルーン魔術を教えてくださいね!」


 うーん、こんなつもりじゃなかったんだけど。

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