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ルーン魔術師と騒動・3

 闘技場では、アレルの召喚した魔物たちが暴れていた。巨体を持つ人型の魔物、トロールが俺に向かって拳を振り下ろしてくる。


「あぶなっ!」


――ドゴォオオン!


 間一髪避けるが、俺がさっきまでいた場所はひび割れていた。当たっていたら、ひとたまりもなかっただろう。


「ヴァン! 後ろだ!」とアレクシス様の声が響く。


 声の通り、後ろからは魔物の気配がしていた。

 俺は振り返りざまに、剣を振る。乱暴に振られた剣は、後ろから襲い掛かってきていたダークウルフの横腹に直撃し吹き飛ばす。だが、ダークウルフはすぐに立ち上がる。この試合用の剣では、魔物を倒すことは難しい。


 アレクシス様の方をちらりと見ると、彼も何体もの魔物に囲まれている。

 彼が持っているのは試合が終わった後ということもあり、ちゃんと刃のついている剣だった。斬られた魔物は血を流し、すでに何体かは絶命させている。


「大丈夫ですかっ! アレクシス様!」


「ああ。大丈夫だ。ヴァン。何とか耐えて、応援が来るのを待つぞ」


 戦い始めて、もうかなりの時間が経っていた。散り散りになった魔物を倒した兵士たちが応援に来てくれるかもしれない。


 アリシアも無事だといいんだけど。

 あの大広場には、クラーラ様もいるし、騎士や兵士も他よりも多く警備についていたはずだ。

 

 考えている間、もちろん魔物が待ってくれることは無い。


「ガアアアアアアッ!」


 獰猛な雄たけびと共に、俺のほうに跳びかかってくるダークウルフ。俺は意識をこちらに戻す。今は、とにかくここを何とかしないと。


 俺はダークウルフの攻撃を横に跳んで避ける。


「【フレイムショット】!」


 突如、右側から俺の足元に向かって炎の玉が襲い来る。アレルによる魔法の追い打ちだ。俺は直撃を避けるために一歩跳ぶが、足元を狙ったその魔法は、地面にぶつかり爆発する。


「ぐっ。くそっ……」


 吹き飛ばされ、俺は地面に手をつきながら起き上がろうとする。そこで、俺に覆いかぶさるように大きな影が出来ていることに気が付いた。かがんだ体制のまま見上げると、トロールが大きく拳を振りかぶっている。


 やばっ……。


 思考よりも早く、反射的に地面を転がるようにして避ける。間一髪の所で、拳は当たらなかったが、トロールが拳を地面に打ち付けたことによる強烈な余波が俺の身体を吹き飛ばし俺はさらに転がる。


「ガハッ……」


 背中から強く壁にぶつかり、口から大量の空気を吐いた。手に持っていた剣が無くなっている。転がっているうちに、手放してしまったのだろう。

 俺は、上手く空気を吸い込むことが出来なかった。

 はっ、はっ、はっ。と、短く、硬い呼吸の音が耳に響いた。


「ははははははははっ! いい気味だな! 近づかなければ、こんなものかルーン魔術師とやらも!」


 アレルの高笑いが響く。

 ……。隙が、あるいはルーンを書くための道具があれば。


「そろそろ終わりにしようか」


 アレルがにやけた顔でそう言った。


 その時だった。


「ヴァンっ!」


 痛みの中、頭上から声が響いてきた。俺をひどく安心させる声だった。

 真上を見上げる。そこには、試合場を見下ろすための観客席があって、そこから身を乗り出すようにして俺の名前を呼んでいたのは、目にいっぱいの涙を溜めたアリシアだった。


「アリシア……」


 良かった。アリシアが無事で。

 彼女の姿を見た瞬間、俺の頭を支配したのは安堵だった。少し遅れて、一つの疑問が挟まる。

 でも、どうしてここに?

 魔物がたくさんいて、一番危険なここに何で来たんだ?


 俺は叫んだ。


「ここは危険だ! 早く逃げてくれ!」


「困っている人が居たら、助けるのがルーン魔術師です!」


 それは、いつも俺が言っている言葉だった。思わず、俺は固まった。

 アリシアは、なにか白い塊を抱えていた。


「ヴァン! 受け取ってください!」


 観客席からその白い塊が俺に向かって落とされる。

 それはローブだった。見れば、アリシアはローブを着ていない。これはアリシアのローブだ。俺はローブをほどく。ローブにくるまれていたのは、インクとペンと、何枚もの紙だ。


「後はよろしくお願いします、ヴァン!」


 そう叫んだアリシアに向かって、ダークウルフが跳びかかった。地面を蹴り、すさまじい跳躍力でアリシアに襲い掛かる。


「アリシア!」


「【雷刺突(サンダ―ピアシング)】!」


 だが、ダークウルフはアリシアに到達する前に観客席から伸びた細く鋭い戦に貫かれた。ダークウルフが俺の近くにどさりと落ちる。

 観客席から、アリシアの他に、もう一人姿を現した。


「クラーラ様」と俺は彼女の名前つぶやく。


「アリシアはわたしたちが守るわ。あなたは何も気にせず、この原因を作った相手を倒してきなさい」


 クラーラ様が、自信満々にそう言った。

 ありがとうございます。後で、お礼はちゃんとします。


 心の中で呟いて、俺はアレルに向き直る。

 俺はインクを開き、ペンにつける。


「ちっ……。そいつを、さっさと殺せえええええええええ!」


 魔物たちに向かって、アレルはそう命令をした。そこにはもう、先ほどまでの余裕は感じなかった。ただただ、焦りに満ちた指示だった。


 俺は紙にルーンを書き記す。


 アリシアが作ってくれた機会を、俺は無駄にしない。


「グオオオオオオオオオオ!」


 トロールが巨大な拳を俺に目掛けて振り下ろす。


「【発火】!」


 投げつけた【発火】のルーンはトロールの拳に張り付き燃える。炎は勢いよく燃え上がり、まるで生き物のようにトロールの腕を飲み込んでいく。肩に広がり、あっという間に全身に広がる。

 形容しがたい叫び声を発しながら、トロールは膝から崩れ落ちた。


「クキャアアアアアア!」


 風を切るような鋭い鳴き声と共に、グリフォンが上空から襲い掛かってくる。


「【突風】」


 俺は【突風】のルーンをグリフォンに向かい掲げる。

 発動したルーンが、突風を巻き起こす。強い向かい風に、翼をとられたグリフォンは空中でバランスを崩し、不規則に回転しながら吹き飛ばされる。


――ドッゴォオオン!


 そのグリフォンの巨体は勢いよく壁にぶつかり、轟音を響かせると、力なく地面に落ちる。腕や足、翼がまだピクピクと動いていたが、起き上がる力は残っていなさそうだった。


「なっ……。ば、バカな……。こんなにも、一瞬で」


 アレルが言葉を漏らす。


「く、くそ。他の魔物は……」


 周りを見渡すが、他の魔物は騎士やアレクシス様と戦っていた。もう、俺のほうに回せる魔物は残っていないように見える。

 あるいは、騎士や兵士たちと戦っている魔物を俺のほうにやることも出来たかもしれないが、そうすればもちろん手の空いた人間がアレルに向かう。


 アレルはもう、魔物を使ってこの場をどうにかすることは出来ないだろう。


 俺は【魔封】のルーンを紙に書く。


 アレルは諦めたように肩をすくめる。首を横に振って、軽く笑った。


「悔しいけど、ここまでか。これだけの魔物を召喚すれば、この国を壊せると思ったけど……。まあ、結構な被害は出せたかな」


「とりあえず、魔物を大人しくさせてくれない?」


 と、俺はアレルを警戒しつつ、じりじりと詰め寄る。アレルが俺に従ってくれるなんてことはちっとも思ってない。どうにか場をつなぐための言葉だった。

 アレルも俺に下手に近づけないだろうが、俺もそうだ。まだ、相手が何を隠しているかわからないし、【魔封】のルーンを確実に奴に使う必要がある。隙を伺わないといけない。


「知ったことじゃないね。せいぜい、頑張って倒し切ってくれ。僕は一足早く……。【ポータル】!」


 アレルの横の空間に黒い穴が開く。それは異様な光景だった。黒い穴は渦を巻き、その場にとどまっている。そうとしか言いようがなかった。


 アレルがその黒い穴に片足を突っ込む。

 あれは、もしかして。と俺は魔女ルーアンのことを一瞬のうちに思い出していた。


 ルーアンは魔法で色んな場所を行き来していた。あの黒い穴は、それと同じ類の魔法じゃないか?

 一つの憶測が立ち上がり、俺は走った。

 アレルとの距離はまだある。

 アレルは笑って言った。


「また会おう、ヴァン。今度は、僕自身が全力で相手をするよ! 負け惜しみじゃないが今回は、【魔物召喚】に魔力を喰われすぎたからね」


「待て!」


 俺は【魔封】のルーンを発動する。

 だけど、アレルはお構いなしに、もう片方の足も黒い穴に引き入れる。上半身だけが、身体をそるようにしてまだ黒い穴のこちら側に残っていた。

 アレルは無邪気に笑いながら言った。


「じゃあね」


 そして、黒い穴はアレルの上半身も飲み込むと、そこにはもとから何もなかったんだ、と言わんばかりに影も残さず消えていった。【魔封】のルーンは行き場をなくし、効力を失う。


「……」


 俺は深く息を吸い込み、思考をする。


 居なくなった敵のことを考えても今はしょうがない。それよりも……。


 試合場を見回すと、まだ兵士たちが多くの魔物と戦っている。


 この場を何とかしないと。


 それから、俺はルーン魔術を使い、兵士たちと共に魔物を討伐する。

 王都に出現した魔物が討伐されきったのは、しばらくしてからだった。

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