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小さなルーン魔術師・2

 グリフォンがわたしたちに向かって駆けだしてくる。

 わたしのやることは二つ。

 とどめを刺すことと、グリフォンをアリシアに近づけさせない。


 妹が可愛いからじゃない。後衛を守るのが、戦士の役目だ。


 アリシア、ちゃんと隙を作ってよね。


 わたしはアリシアに背を向けてグリフォンの前に躍り出る。


「【閃光】!」


 アリシアの声と共に、わたしの背後から強い光が放たれた。


「ギャアアアアオオオオオオオオオ!」


 光を直視したグリフォンは、頭を乱暴に振って暴れる。だが、嗅覚か、聴覚か、あるいは勘なのか。わたしが走ってきているのには気付いている。

 グリフォンの間合い入ると、グリフォンはわたしに向かって腕を振り下ろしてきた。でも、目が見えない動揺からか、その攻撃はキレのない単調なものだった。


「さすがBランクの魔物ね。でも、そんな単調な攻撃は当たらないわ!」


 軽いステップをいれてわたしは後ろに交わす。グリフォンの腕はわたしの目の前を素通りしていく。そこを狙って、前に出る。


「【炎刺突(ファイアピアシング)】!」


 細剣に炎が宿る。ヒュッ、という風を切る鋭い音がなる。細剣の先端がグリフォンの肩を抉った。さらに、追い打ちをかけるように細剣に宿った炎がグリフォンの肩へと燃え移る。

 グリフォンは翼をはためかせる。空に逃げるつもりだ。


「【木縛】!」


 アリシアが木片を空中に向かって投げる。ルーンが発動し、グリフォンの翼を絡めとる。ヴァンの作ったルーンのように動きを完全に封じ込めることは出来ていない。それでも、グリフォンが飛べなくなるには十分だった。

 翼を懸命に動かすも、思い通りに動かず、横倒しになるように地面に落ちる。


「グギャアアアアアアオオオオオオオ!」


 助けを乞うように叫ぶ。その叫び声が発せられるたびに、喉が激しく震えていた。わたしは、足を踏み出す。これ以上のチャンスは来ない。とどめを刺すならここだ。

 細剣を引き、震える喉を目掛けて、突き出した。


「【強刺突(パワーピアシング)】!」


――ブシュッ。


 細剣はグリフォンの喉のちょうどど真ん中を貫いた。

 細剣を突き刺した場所から血があふれ出る。グリフォンは口からもごぽりと血を吐き出す。空中で、獲物を見定めながらギラリと輝いていた瞳からは次第に光が失われていった。そして、その全身からは、何か大切なものが無くなってしまったかのように、力が抜けていった。

 細剣を抜き、血を払う。


「お姉さま!」

 

 わたしの方に駆け寄ってくるアリシア。

 その表情には、安堵と歓喜がまじりあっている。


「よくやったわね、アリシア」


 わたしは、ほめずにはいられなかった。

 そして、その言葉を待っていたかのように、アリシアは満面の笑みを作って頷いた。


「ありがとうございます」


「クラーラ様! アリシア様!」


 時を見計らったかのように、騎士の一人が駆けつけてきた。


「随分と遅かったじゃない」とわたしは皮肉を言う。


 すると、騎士は困ったように慌てだす。


「も、申し訳ございません。何とか住民を避難させていまして……。騎士として、まずお二人の安全を確保すべきでした」


「ふふ。冗談よ。住民を優先したのは正解よ。まあ、そんなことよりも、一体この魔物はどこから来たの?」


「それが、闘技場から来たようで」


「闘技場から? 王都の外からじゃなくて?」


「は、はい! それで、魔物は他にも何体も居て、王都の他の場所でも警備の騎士が対応している状況です」


「……。そう、わかったわ。闘技場はどうなってるの?」


「……。それは、わかりません」と騎士は苦々しく答える。それから言いたくないことを言うように、重々しく続ける。「今もまだ、闘技場からは魔物があふれ出てきているようです。闘技場の中は……。どうなっているのか」


 やっぱり、魔物は他にも何体もいるようね。

 それにしても闘技場からって……。本当にどういうこと?


「……闘技場」


 とアリシアが呟いた。

 凍りついたかのような、感情が何もかも消え失せたような表情をしていた。そのアリシアの顔は、わたしにも大切なことを思い出させる。


 そうだ。闘技場では、今剣術大会が。


「わたし、闘技場に向かいます」


 突然、アリシアがそう言った。

 わたしも、騎士の男も驚いて一瞬言葉を失っていた。


「あ、アリシアっ!? 何言ってるの? 話を聞いてた? 今、闘技場が最も危険なのよ?」


「その! 最も危険な場所にヴァンが居るんです」


「ヴァンなら大丈夫よ。それにアレク兄さまもいるわ」


「いえ。剣術大会は、選手の道具の持ち込みが禁止されています。それは、ヴァンもです。今、ヴァンはルーン魔術を使うために必要な道具を何一つ持っていません。もしかしたら、ヴァンは今困っているかもしれません」


「でも、だからって……」


「届けます」


「え?」


 わたしは聞き返していた。


「わたしが届けに行きます。ルーン魔術さえ使えれば、ヴァンならこの状況をどうにかできるはずです」


 わたしは騎士と顔を見合わせる。それから、お互い頷く。


「分かったわ。でも、わたしも行くわ。あなたもついてきなさい」


 騎士にそういう。


「ありがたきお言葉。命に代えても、お二人のことをお守りします」


「ええ、いい心がけね。じゃあ、行くわよ。アリシア」


「はい。ありがとうございます。お姉さま」


 そう言ってアリシアは走り出す。


 白いローブをはためかせて走るその背中に、わたしはアリシアの心が強い理由を何となくだけど、分かった気がした。


 アリシアは、ずっと誰かのために戦っていたんだ。


 自分に才能が無くても、国のために何かできないかって勉強を頑張ってた。

 ルーン魔術を学んで、困っている人のためにグリフォンと戦った。


 そして今、ヴァンのために走ってる。

 いや、今に始まったことじゃない。


 アリシアはずっと、ヴァンのために戦ってた。

 ヴァンのために、わたしと張り合って、ヴァンのために、建国祭でお店を出すことを決めた。ヴァンのために、頑張って売り上げを伸ばそうとしていた。


 だけど、わたしはずっと自分のため。


 わたしの前を走るアリシアを見て思う。

 アリシアはずっと前を見て進んでいたんだって。


 でも……。わたしは……。


 前を走るアリシアを、ひどく羨ましいと思いながら、わたしは後を追いかけた。

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