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ルーン魔術師と騒動・1

 建国祭の三日目が始まった。


 アリシアは大広場へと、俺は闘技場へと別れた。


 祭りは相変わらず盛り上がっている。特に、剣術大会は、日を追うごとに観客が増えていた。大会が開催されている闘技場には、人が常に出入りしていて、その流れはとどまるところを知らない。一人ひとりの熱気や興奮が渦巻いて、巨大な塊になっているようにさえ思える。


 この日も、アレクシス様は一番の盛り上がりを見せていた。


 まず登場すると歓声が沸く。

 試合が始まると歓声が沸く。

 剣を振ると歓声が沸く。

 試合に勝つと歓声が沸く。

 そして、立ち去るときにも歓声が沸く。


 王子様なのだから当たり前かもしれないが、国民にとって憧れの人物だということが分かる。そのすさまじい人気ぶりに、俺はすごいなあと思うとともに、俺ならなんだか疲れてしまいそうだとも思う。


「調子はどうだ? ヴァン」


「ディアン」


 俺が試合の順番を待っていると、ディアンがやってくる。


「調子は大丈夫だよ。ディアンは今日も大会運営?」


「ああ。全く、大変だぜ。特に今年はアレクシス様が出場されているからな。観客の気合の入り方も例年よりずっとすげえ」


「何か、みててわかるよ。アレクシス様って本当にすごい人なんだね」


「まあな。アレクシス様が次期国王になることはほとんど決まっていることだし、見ての通り実力もあられる。それでいて、国民にも優しい。この建国祭でも、王都の見回りをしているし、国民に握手を求められれば応じたりもしてるんだぜ」


「へえ、そうなんだ。何か意外だな」


 結構冷たいようなイメージが強いんだが。


「そうか。ヴァンとしては、今回の騒動を起こした張本人でしかないか」


「ま、まあ。悪く言う気はないんだけどね」


「分かってる分かってる」


 ディアンは面白がるようにそう言った。


「でも、優勝するためには、そんな人と戦って勝たないといけないのか……」


「ま、それより、お前には次の試合が待ってるけどな」


「そうだね。ディアンとの特訓。無駄にしないように頑張るよ」


「では、次の試合に参ります。ヴァン・ホーリエン、アレル・ボイネス! 入場!」


 司会の声が響く。


「じゃあ、行ってくるね」と俺はディアンに行った。


「ああ。行ってこい」


 俺は試合場へと向かう。


「やあ、ヴァン・ホーリエン」


 ふと、横を見ると、横には小柄な男の子がいた。俺よりもずっと背が低い。アリシアと同じくらいかもしれない。


「えっと、君は?」


「僕がアレルだよ」


 その言葉に、俺は少し驚いた。

 こんな子がここまで勝ち残っているのか。まあ、ここまで勝ち残ったって意味では、俺も人のことは言えないけど。


「よろしくお願いします」


 と俺は言った。


「ああ。よろしく。ようやく、君と戦うことが出来たよ。途中でヴァンが負けたらどうしようかと思っていたんだ。まあ、それならそれでもよかったんだけどね」


 何の話をしてるんだろう。

 それに、なんだか俺のことを前から知っていたような口ぶりだ。だけど、もちろん俺の方には心当たりがない。


「どこかで会ってましたか?」と俺は訊いた。


「僕は、君を何度も見ていたよ」


 俺を見ていた?


「さあ、早く行こう。楽しい、楽しい祭りを始めよう」


 そう言って、アレルは試合場へと走り出す。


 俺も後を追うようにして試合場へと進んだ。

 観客の声援に後押しされるように、アレルと向き合う。

 声援が静まり、審判が俺とアレルの顔を交互に見る。


「両者準備はいいですか?」


 俺は剣を構える。

 対して、アレルは棒立ちで、俺のことを見ていた。


「アレル・ボイネス。準備は?」


「構いません。いつでも」


 アレルの棒立ちを不思議がる再度の審判の問いかけにアレルは淡々とそう答えた。その答えに、俺は異様な雰囲気を感じ取る。冷たいような、暗いような声。洞窟の奥で、じっと息をひそめる凶悪な魔物のような息遣い。


 ……気にしすぎか?

 だけど、さっきから俺の背筋には、冷たい鋭利な刃で撫でられるような緊張感が走っていた。


 審判も、まだ不審がっている。だけど、進行を止める訳にも行かない審判は、あくまでも事務的に叫んだ。


「はじめっ!」


 俺はアレルに向かって走り出す。何を考えているか分からないけど、そうそうに決着をつけなければまずい。そんな気がした。


「祭りの始まりだ」


 呟いた、アレルの周りに魔法陣が浮かび上がる。


「な、何をしてるんだっ! 魔法を使えば、失格になるよ!」


 俺は思わず叫んだ。

 だけど、アレルは止まらない。魔法陣が、黒く光る。

 

 なんだ。この魔法は?


 その黒い光は、深い闇のように不気味だった。


「君! 早く魔法を中断したまえ! 失格にするぞ!」

 

 審判が止めるもアレルは意にも介さない。失格もなにも、もう関係無いのだろう。おそらく、これだけをするためにここまで来たのだ。


「来い! 『魔物召喚』!」


 闘技場全体を、黒い光が包み込んだ。

 そして、次に目を開けたとき、俺の前には信じられない光景が広がっていた。


「これは……」


 試合場を埋め尽くす何体もの魔物。

 魔物を召喚する魔法?

 そんなもの、聞いたことが無いぞ。


「きゃあああああああああ!」「ま、魔物だああああああああああ!」「逃げろおおおおおおおお!」


 観客席から洪水のようにあふれ出る悲鳴。そして、その悲鳴につられるかのように散り散りになって観客に襲い掛かろうとする魔物たち。

 いけない。とにかく、被害が出ないように止めないと。


 俺はすかさず懐に手を延ばす。

 だけど。


 しまった……。ここには、ルーンの道具を持ち込んでない。


 剣術大会は、道具の持ち込みは禁止。

 今俺の手にあるのは刃をつぶした剣だけだった。


「ふふふふふふふ。はははははははは!」


 アレルの高笑いが響く。それは、あたかも絶望の到来を知らせる鐘のようだった。


「ヴァン! そして、ラズバード王国よ! 僕は、もっと簡単にやるよ!」


「何を、言ってるんだ?」


「ゼフは、随分と回りくどいやり方をしていたからな」


「ゼ、ゼフ……。まさか、お前は……」


 ゼフの名前が出てくるなんて。

 じゃあ、こいつの正体はまさか……。


「ああ、君の考えている通りだよ」


 アレルの肌が、紫色に変色していく。額からは角が生え、背からは翼が生える。

 小柄な男の子のように見えたアレルの姿は、すぐにまがまがしい物へと姿を変えた。

 

「僕は、魔族だ」


 そいつは、確かにそう言った。

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