ルーン魔術師と姉妹の勝負・5
「勝者! ヴァン・ホーリエン!」
剣術大会二日目も、俺は何とか勝利を収めていた。
ディアンとの特訓の成果。それから、グラン王国に居たころ、カイザーに付き合いと称して攻撃されていた経験も活きているかもしれない。今日戦った相手の攻撃もカイザーの『付き合い』よりかは断然よけやすかった。
まさか、カイザーにいじめられていた経験がこんなところで役に立つとは。世の中なにがどうつながってくるか分からないものだなあ。
俺はアリシアのもとへと向かう。
今朝の様子を考えると、あまり心配する必要はなさそうだけど。
予想通り、アリシアは明るく接客をしていた。離れていても、調子がよさそうなのは簡単に分かった。
心なしか、客足も昨日よりも多いような気がする。
それに、お店に寄るわけじゃないが、周りで足を止めて遠目に様子をうかがっている人も多い。ふと、近くの男たちの会話が聞こえてきた。
「おい。あれ、アリシア様じゃないか」「本当だ。クラーラ様がおられて気付かなかったけど、あんなに近くで店を出してたんだな」「ってか、あのローブなんかいいな。美しいっていうか」「おい。恐れ多いぞ……。でも、確かに……」
「「「可愛らしいな」」」
声をそろえて言う男たち。
アリシアのローブ姿は意外にも好評なようだ。
ちなみに、今の俺はローブを着ていない。剣術大会では、防具も指定されたものを使っていて、そのまま来ているからだ。
「でも、クラーラ様の方もいいよなあ」
近くにいる男の一人が言った。
「ああ。クラーラ様も相変わらずお美しいよな」「無いよりもスタイルがいい」「おい。不敬だぞ」「あ、クラーラ様がこっちを見ておられるぞ」
俺もそっちを見るとクラーラ様と目が合った。
クラーラ様は軽く微笑むと、ウィンクを飛ばしてくる。
『いい作戦ね』
とそう言われた気がした。
「おい、今!」「ああ! 俺にウィンクしてくれたぞ!」「バカ! なんでお前なんかにウィンクするんだよ! 俺に決まってるんだろ?」「ああっ? んなわけねえだろ!」
……。いや、本当に俺にウィンクしたのだろうか?
彼らの言葉を聞いていると、その真相は定かではないように思えてきた。
深く考えるのはよそう。クラーラ様自体、そもそも何を考えているのかよくわからないのだ。気まぐれに、猫のように動いているようにさえ思える。
そんな考えて答えが出るか分からないことより、アリシアの所に向かったほうがいいだろうと、俺は人込みをかき分ける。アリシアに笑顔で迎えられた俺は、お店を手伝った。
*
「ローブ。うまくいったね」
建国祭の二日目が終わり、王宮へと戻った俺はアリシアに向けてそう言った。
「はい。ですが、やはりお姉さまの売り上げには届きませんでした」
売り上げは昨日よりもずっと伸びたものの、未だクラーラ様が有利だった。
やはり、今までのクラーラ様の人気が根強いのだろう。
それに、ルーン魔術という商品も、あまりよくわかってもらえていないのかもしれない。
興味はあるが、商品をちらりと見て、それが何であるかわからずに首をかしげてはお店を離れてしまう客も少なからずいた。
あと三日。いや、クラーラ様に追いつくことも考えれば、明日にはその問題は解決したい。
「でも」とアリシアが呟く。「とっても、楽しいです。建国祭も、お姉さまと勝負ができるのも、みなさんにルーン魔術を知ってもらうのも。全部。全部楽しいです。ヴァンは、どうですか? 今日も、お店を手伝ってもらっていましたし……。剣術大会にも参加していますし。もしかして、楽しめていませんか?」
心配そうにアリシアは俺にそう聞いた。
「ううん。楽しいよ。人がこんなに大勢集まってるのも新鮮だし、アリシアのお店の手伝いも楽しいよ。だけど、そうだね……。アリシアとお祭りを回れないのは残念かなって。それだけ心残りかな」
「わ、わたしと、お祭りを!?」
「えっと、最初はそういう話だったよね?」
「そ、そうですが……。今でも、その……。一緒に、回りたいですか?」
「それはそうだけど。でも、無理しなくてもいいよ。アリシアは――」
「無理なんかじゃありません! ぜひ、ぜひ一緒に回りましょう!」
俺のほうに詰め寄るようにしてアリシアは勢いよくそう言った。浜に強く寄せる大波のようなあまりの勢いに、俺は圧倒されて一歩後ずさる。
そんなにお祭りを回りたかったのかな?
「で、でも、アリシアがお店を離れると、それこそクラーラ様に負けちゃうんじゃ……」
「わたしがお店を離れてもいいくらい、圧勝して見せますので! 見ていてください! 必ず! 必ずですっ!」
「う、うん。応援してるよ」
圧勝……。か。
出来るだろうか?
まあ、どちらにせよ。
建国祭がこのまま何事も無く楽しく終わってくれれば、と俺は考えていた。