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ルーン魔術師と姉妹の勝負・4

 翌日の早朝、王宮の裏庭には、俺とディアン、それからアリシアがいた。

 俺とディアンが剣の特訓をしているところにアリシアがやってきたのだ。


 今、裏庭には、アリシアのうめき声が響いていた。

 石段に座り、顔を手で覆いうずくまっている。

 【軽量】のルーンのことを教えてから、ずっとこの調子だ。


「うぅ……。は、恥ずかしいです……。ヴァンにも負担をかけて、しかも、眠りこけてしまうなんて」


「アリシア、そんなに気にしなくても」


「そうですよ。ヴァンもそんなこと気にする奴じゃないってアリシア様も知っているでしょう?」


 休憩に入った俺とディアンが慰めるが、アリシアは顔を上げない。


「そういう問題じゃ……、ありません」


 どういう問題なのだろう。

 俺とディアンは顔を見合わせるが答えは出ない。                           


「おはよう。ヴァン」


 そこにやってきたのはクラーラ様だった。

 

「クラーラ様」


「こんなところで何をしてるの?」


 とクラーラ様は微笑みながら言った。その微笑には、やはりどこか意地悪めいた、だが、不思議と人を引き付けるような魅力があった。


「ディアンと剣の特訓をしていました。クラーラ様はどうしてここに?」


「わたしも騎士たちが使う訓練場を借りて訓練をしていたのよ。それで帰ってきてみたら、裏庭から可愛らしいうめき声がするものだから来てみたの」


 こんな朝早くからクラーラ様も訓練なんてするのか、と俺は感心していた。よく見れば、確かに彼女の肌には汗がにじんでいた。


 そんな彼女が目線を移した先は、恥ずかしさに顔を覆い隠しているアリシアだった。


「それで、アリシアはどうしてこんなことになっているの?」


 そう聞かれて、俺は昨日のことを話した。

 話し終わると、クラーラ様はくすくすと楽しそうに笑った。


「そんなことがあったのね。でも、いいわね楽しそうで。ねえ、ヴァン。わたしもおんぶしてくれない?」


「何言ってるんですか」


 俺は突拍子もない言葉に呆れる。


「えー。いいじゃない。減るもんじゃないし」


 体力が減るでしょうが。


「それにほら」とクラーラ様は自分の胸を寄せるようにして上げて見せる。


 俺は慌てて目をそらした。


「アリシアよりもずっと背負いがいがあると思うわよ?」


「なっ。いきなり何言ってるんですかっ!」


 俺が彼女の扱いに困りかねていると、クラーラ様はにやりと笑った。猫みたいないたずらっぽい笑みで、これまた猫みたいな動きでするりと俺の右腕を抱きかかえた。


「ク、クラーラ様っ!?」


「ね? 柔らかいでしょ?」


 細めた目を俺に向けてくる。

 そんな風に言われると、右腕に当たっている柔らかさを嫌でも意識させられてしまう。俺は驚きやら、困惑やら、恥ずかしさやらで一瞬頭の回転が止まっていた。


「お姉さまっ! 何やってるんですか!」


 俺とクラーラ様の間に割って入るようにしてそう言ったのはアリシアだった。まだほんのりと顔は赤いが、どうにか復活したようだ。

 

「別に怒られるようなことはしていないわよ。ただの交流。友好を深めていただけでしょ?」とクラーラ様が言う。


「そ、そんな友好の深めかたなんてございません、お姉さま!」


 ごもっともだ、アリシア。もっと言ってやってくれ。


「じゃあ、アリシアはどうやって友好を深めるのかしら?」


「え、えっと……。あの……。それは……」


 言い淀んだあと、何かを思いついように顔を上げた。だけど、何かを言おうとしたその時、口元がぷるぷると震える。

 どうしたんだろうと思っていると、今度は顔が真っ赤に染まった。


「どうしたのアリシア?」


 俺は聞いた。


「なんでもありません! と、とにかく! 先ほどのお姉さまはふしだらすぎます!」


 びしっ、とクラーラ様を指さすアリシア。クラーラ様はアリシアの表情がころころと変わるのを見てずっと楽しそうに笑っていた。


「いいじゃない。未来の旦那様なんだし」


「良くありません。それに未来の旦那様でもありません」


「ふーん。でも、このままだと本当にそうなってしまうわよ? それとも、今日は何か秘策があるのかしら?」


「それは……」


「ま、いいわ。せいぜい頑張りなさいな。わたしは水浴びしてくるわ」


 と背を向けると、足を止めて、顔だけでもう一度こちらを振り向いた。


「ヴァンも一緒にする?」


「「早くいってください」」


 俺とアリシアは声を合わせてそう言っていた。



「でも、本当にどうしましょう……」


 アリシアは自室で頭を抱えていた、


「売り上げは悪くないんですが……。どうしても相手が悪いですね」


 ミラが言う。


 アリシアの店頭での丁寧な説明のもかいもあって売上自体は悪くないようだ。

 ただ、もう少し客足が増えれば、と俺たちは思っていた。


「やっぱり、制服……でしょうか」


 ミラが呟く。


 確かに、クラーラ様たちのお店の制服は目を引くだろう。


 俺がそう思っていると、アリシアは首を振る。


「いえ、やっぱりそれだけじゃありません」


 俺とミラは静かにアリシアを見つめる。


「お姉さまとわたしの、その……。人気といいますか、知名度というか、そういう差が、あるんだと思います、お姉さまは、わたしと違って魔力があります。剣や魔法の努力をずっとしてきたことをわたしも知っています。その努力で、お姉さまは今まで色んな結果を出してきました。魔物退治や、野盗の捕縛。色んな領地に出向いて内政もしています。お姉さまの活躍は……。この国ではみんなが知っています」


「アリシア……」


 俺はなんて声をかけていいのか、分からなかった。ルーン魔術が教えてくれれば、楽なのに。でも、そういうことは出来ない。火を起こせても、水を湧かせることが出来ても、攻撃から身を守れても、女の子一人にかける言葉は見つけられない。

 アリシアは言葉を続ける。


「でも、わたしは……。今までそういうことが出来ませんでした。魔力が無く、努力することも、許されませんでした。わたしは今、お姉さまの積み重ねと戦っているんだと思います」


 クラーラ様自身が積み重ねてきた人気か。

 確かに、彼女に会うためにお店に来て、ついでに何か買っていくという客も少なくはないはずだ。


 一方で、アリシアは自分の人気はないと踏んでいる。今まで、先頭に立ってこの国のために何も出来なかったから、と。


 俺とミラは沈黙を守り続けることしかできなかった。

 アリシアの言ったことは、多分あってるんだろうと思うからだ。


 重い空気を感じ取ったのか、笑ったのはアリシアだった。


「え、えへへ。いけませんね。これから接客しないといけないっていうのに。こんなに暗くなっちゃ」


 それが無理して作っている笑顔だというのは、俺にも簡単に分かった。それほど、痛々しい笑顔だった。


――コンコン。


 とドアがノックされる。

 同時に、俺たちの視線がドアに集まった。


「どなたですか?」とミラが尋ねた。


「グラン王国、商会議長ハンス・ホードです。ヴァンに用があり、がこちらにいると聞きましたので、参りました」


 ミラがアリシアと俺に目配せする。俺とアリシアは頷いた。


「どうぞ」


「失礼します」とハンスが扉を開ける。


 ハンスの両手には、一つの箱が抱えられていた。それを見て、俺はハンスの要件に気が付いた。

 

「あ、もしかして」と俺は言う。


 ハンスはにやりと笑って言った。


「そのもしかして、だ。机の上に置いても?」


「どうぞ」とミラがこたえた。


「これは一体?」とアリシアが言う。


「開ければ分かります」


 ハンスが箱を開ける。中から取り出したのは一着の衣服だった。

 白を基調にしたその衣服を広げると、アリシアは目を見開いた。


「これは……。ローブ?」


 そこにあったのは、俺が着ているのとよく似たローブだった。

 アリシアはそのローブを手に目を白黒させている。


「今回、ヴァンに頼まれて作らせていただきました」


 うやうやしくハンスが言う。


「ヴァンが……?」


「実は、お店の制服にどうかなって思ってハンスに頼んでたんだ。それに、ローブはルーン魔術師としても必要になってくるだろうから、もし制服に使わなくてもいつかは使うかなって。でもやっぱり制服には微妙だよね」


 クラーラ様の制服の派手さには敵わないだろうと俺は思う。

 制服としては失敗だっただろうか。アリシアは、じーっと俺の顔を見て黙ってしまった。


「あ、アリシア?」


「あの」


「なに?」


「ヴァンは、わたしが勝った方が嬉しいですか?」


 突然なんでそんな分かり切ったことを聞かれるんだろう?

 だって、自分がルーン魔術を教えているのに、負けてほしいわけないじゃないか。


「うん。俺はアリシアが勝った方が嬉しいよ。だから、応援したかったんだけど、このローブは流石に制服としてはダメかな? って、どうしたのアリシア?」


 顔を俯かせて、ローブを抱いたまま静かになるアリシア。肩が小さく震えている。うーん。やっぱりローブなんていらなかったかな。

 俺が自分のセンスの無さを恨んでいると、小さくアリシアは呟いた。


「ありがとう……。ございます。大切に、使わせていただきます」


「うん、どういたしまして」


 使ってもらえるなら幸いだ。

 俺がほっとしているとハンスがため息をつく。


「はぁ……。お前は全く……。もっと考えて発言をしたほうがいいぞ」


「え、どういうこと、ハンス?」


「いや、なんでもない。良かったじゃないかアリシア殿下に喜んでもらえて」


「ん? うん、そうだね」


 なんか引っかかるなぁ。


「でも、制服として使うにはちょっと地味かな」と俺は聞いた。


 返ってきたのは意外な答えだった。


「いや、俺は良いと思うぞ」


「そうなの、ハンス?」


「ああ。何も、派手だから良いと言わけじゃあるまい。大事なのは目を引くことだ。そういう意味で言えば、このローブも相当目を引くだろう」


「そうかな?」


 半信半疑だが、グラン王国で一番の商人ハンス・ホードが言うのだ。間違いは無いのかもしれない。


「では、さっそく着させていただきます! 本当に、ありがとうございます。ヴァン」


 アリシアの顔にもやる気が満ちていた。

 数分前に見せていた、無理して作った笑顔は煙みたいにどこかに消えていた。

 アリシアにいい影響を与えられた見たいで良かった。


 アリシアが着替えるので、ハンスと共に部屋を出た。


「ハンス。間に合わせてくれてありがとう」


「気にするな」


「それで、本当にお金はいいの?」


「そういう約束で、俺は仕事を受けた。今更金は要求せん」


 俺は、このことをハンスに頼んだ時のことを思い出す。


 建国祭が始まる前、俺がレグルス国王様に呼ばれ、そこにいたハンスと共に一緒に部屋を出た時のことだ。



 俺はハンスに一つの相談を持ちかけた。


「建国祭で、アリシアに制服を作ってあげたいんだ」


「制服?」


「うん。でも、俺はそもそも作れないし、それにハンス以外に頼るあてもないから」


「ふむ」


 と考え込むハンス。

 断られるか、あるいはかなりの料金がかかるか。どちらかだろうと思った。


「残念だが俺にもあてはない。グラン王国だったら金や権力に物を言わせてどこかにやらせるが、この国ではな。それに、建国祭でどこもかしこも忙しい。余分に仕事を請け負ってくれる所を見つけるのは難しいだろう」


「そ、そうだよね」


 やっぱり厳しいか。

 ってか、グラン王国では金や権力に物を言わせてやらせてたのか?


「だが」とハンスが言った。「俺でいいなら仕立ててやろう」


「ハンスが?」


 誰にも頼めない今、その申し出は嬉しいが。

 というか、そもそもハンスが出来るの?

 彼の手が、金を数えたり、仕事の依頼書を書いたりか、あるいはメガネを上げたりすること以外に使われているところを見たことがない。

 それに、ハンスに直に仕事を頼むなんていくら金を取られるんだ? 俺が今持っている分で足りるだろうか。

 

「ああ。で、どんな制服だ?」


「へ?」


「へ? じゃないだろう。何か案はないのか?」


「いや、えーっと、何も考えてなかった。うーん、どんなのがいいんだろ?」


「一つ助言をするなら、店の雰囲気に合わせたほうがいいだろうな。はずすと、どんな綺麗な制服でもみっともなく見えるぞ」


 店の雰囲気かぁ。

 【発光】のルーンのガラス玉で幻想的に彩られたあの店には、確かにクラーラ様の所のような制服は合ってなさそうだ。じゃあ、どんなのが合うんだろう?

 俺は考える。ルーン魔術師……。と言ったら……。


「ローブ?」


 ふと出たのは、その言葉だった。


「なるほど。分かったやってやる」


「え、ちょっと待ってお金とか」


「いらん。お前にはそれだけの借りがある」


「そんなに貸してたっけ?」


 覚えにないが、ハンスはやたら真剣だった。俺とハンスの間に、沈黙がおりる。やがて、ハンスは俺に背を向ける。


「期待しておけ」


 それだけ言って、彼は立ち去った。



「でも、本当にありがとう。ハンス。ハンスのおかげで、アリシアにも元気が戻ったみたいだ」


「はぁ……」


「え、なにそのため息は」


「いや……。本当に、何もわかっていないんだな。と思ってな」


 俺が首を傾げていると、アリシアの部屋の扉が開く。

 中からは、ローブを着たアリシアが出てくる。


「どうでしょうか? 似合ってますか?」


 袖を持って、腕を開いて、全体を見せるようにするアリシア。

 その姿は文句なく似合っていた。


「うん。似合ってるよ。きっと、クラーラ様にも負けてない」


「ありがとうございます! わたしも、全力を尽くします。すみません。さっきは弱気になってしまって。でも、もう大丈夫です。だから、ヴァンも、剣術大会に集中してください」


 こうして、俺たちの建国祭二日目が始まる。

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