閑話 ルーン魔術師とグレーター様
歓声に押されるようにして、俺は闘技場を出る。
グレーター様とも一緒の場所から退場するので、となりにはがっくりと肩を落とした巨漢が居る。正直気まずい。
「ぐっ……。うぅ……。この剣術大会で優勝して、騎士になって、冒険者なんて辞めてやるつもりだったのに……。いいところ一つないなんて……。これじゃあ、お声にもかからねえ……」
そんな泣きながら言わないでくれよ……。でかい図体してとまでは言わないけど、男だろ?
「ヴァン……」
「な、なんですか。グレーター様……」
「悪かったな……。バカにして。お前は俺より強い……」
「そ、それは、どうも、グレーター様」
グレーター様は涙を拭いて言う。
「もう俺の剣術大会は終わったんだ。気安くグレーターと呼んでくれ」
そこは本名なのか?
俺が疑問に思っていると、いきなりグレーターに手を掴まれる。
「なあ、ヴァン」
「は、はい」
「頼む! 俺の師匠になってくれ! 俺に剣を教えてくれ!」
「え、ええ……。それはちょっと……」
ルーン魔術ならまだしも、剣なんて人に教えられるレベルじゃないし、教え方も知らない。
「頼む。一生に一度の頼みをここでつかわせてくれ」
「俺に使わないでよ……」
「頼む!」
「ええっと、すみません。俺には荷が重いです」
「痩せるから! 頼む!」
そういう重いじゃねえよ。大体痩せても、その身長ならそこまで軽くならないだろうが。
「いや、本当に出来ないです」
「忠誠を誓うから!」
誓わなくていいよ……。
俺は呆れてしまう。
一体、どうしたら納得してくれるんだ?
できれば、早くアリシアの所に戻ってあげたいのだが……。かといって、剣の師匠になるなんてことは俺にはできない。
どうしようか困っていた時だった。
「ヴァン!」
声の方を向くと、ディアンが向かってきていた。
「ディアン」
いいところに。
俺は、とっさに思いついた。
「グレーターさん」
「わ、分かってくれたか? 俺の師匠に……」
「い、いえ。俺はあなたの師匠にはなれませんが……」
それからディアンを指さす。
「彼が、剣術大会に向けて俺に剣の特訓をつけてくれたんです」
嘘は言ってない。
「ほ、本当か!」
グレーターの視線はディアンにうつる。
ごめん。ディアン。でも、ディアンならきっと上手くグレーターを納得させられると信じてるよ。それに、こういう負けた人を納得させるのも運営の仕事じゃないの?
グレーターはディアンのほうに走っていく。
「俺の師匠になってください!」
「な、なんだいきなりグレーター様!」
グレーターに腕を掴まれるディアンの横を俺は走り抜ける。
「ヴァン、一体こいつは何を言ってるんだ?」
「ご、ごめん! 後でちゃんと謝るから!」
俺はこうして無事に闘技場を後にした。