ルーン魔術師とカフラ
カフラに到着した俺たちは、昨日ディアンが言っていた通り、まずは適当な服屋を訪れた。
俺は用はないので、外で一応の見張りを兼ねて待っていた。
道行く人々や、この辺にある色んなお店。すべてが俺にとっては新鮮で、それらを眺めているとあっという間に時間は過ぎていたらしい。
「ヴァン! どうですか。似合っていますでしょうか?」
息を切らせてお店を出てきたのはアリシアだった。
俺の目の前で、桃色の髪をふわりと浮かせながら回るアリシアは、今では、冒険者風の動きやすそうな服装に着替えていた。
彼女の生い立ちを考えると、おそらく着たことなんてないだろう服だったが、これがどうにも似合っていた。
と、言うよりもアリシアほど可愛ければなんでも似合うんじゃないだろうか。
「ヴァン?」
そんなことを考えていると、急にアリシアが俺の顔を覗き込むように近づいてきたので、思わず、驚いてしまった。
「に、似合ってますよ。アリシアなら可愛いし、何でも似合うんじゃないかな」
声が上ずりながら、思っていたことをそのまま口にしてしまう。なんだか恥ずかしくなってきた。
それを聞いたアリシアは、俺から顔を背けて固まってしまっている。
あぁ、やっちゃったなぁ。
心の中で少し後悔。でも、これまで女性経験ゼロの童貞やろうには荷が重かったのもわかっていただきたい。
「姫様! 急にいかないでください!」
なんだか、微妙な空気になってしまったところにきたのはディアンだ。
彼もアリシア同様に動きやすそうな服装に代わっている。
「って、どうしたんですか二人とも」
ディアンは俺たちの間の微妙な空気を感じたのかそう言った。
「え、えーっと……」
「な、なんでもないです」
俺がどう説明しようか、と考えていると、小声でアリシアが呟く。
それから、顔を勢いよく上げたと思うと、その両頬を自分の手で、一度パチン、と叩いていた。
そのせいなのか、彼女の顔は赤く染まっていた。
「い、行きましょう。次はどこですかディアン!」
「とりあえず、食事にしましょう。それから、馬車を借りられないか聞いてみましょう。食料とか消耗品の調達は、カフラを出る算段が整ってから準備したほうがいいでしょう」
おぉ。こういうところはすごく頼りになる。
「わかりました! それと、街中では、ディアンもアリシアと呼ぶように言ったはずですよ」
「すみません。アリシア。癖が抜けなくて」
それから、率先してアリシアが歩いていく。いつもより歩調が速い。
やっぱり怒らせてしまったみたいだ。
「じゃあ行きましょうかディアンさん」
そういうと彼は親指を上げて、笑っていた。
「うまくやったみたいですね」
こういうところは全く頼りにならない。
冗談もほどほどにしてほしい。
それから、食事を終えた俺たちは馬車屋を訪れていた。
「……らっしゃい」
カウンター奥の店員が不愛想に告げる。
目元のあたりの深いしわと白髪が、しわがれた声と合わさって、いい味を出しているおじいさんだった。
なかなかの渋さを感じる。俺も年を取るならこんな感じになりたい。
「あなたが店主でしょうか?」
ディアンがそう口にすると、そのおじいさんは頷いた。
「そうだよ」
「シューカーまで出る馬車はありますか?」
シューカーというのはおそらく次に訪れる街のことだろう。
あとで聞いてみよう。
「シューカーに出る馬車はないよ。早くて二日後。だけど、正直いつだせるようになるかはわからないねえ」
その言葉に、俺たち三人は目を見合わせた。
何かあったかのような口ぶりに、俺は聞いた。
「あの、何かあったんですか?」
「西の方面にトロールの群れが出てね。馬車が襲われたんだ。それから、あいつら、味をしめたように待ち伏せしてやがる。このまま馬車を出しても馬と人が死ぬだけだから、今は西の馬車を止めてんだ。王都方面なら馬車を出せるよ。向こうはまだ被害が出てないからね」
おじいさん店主は言い終えて、大きなため息をついた。
うーん、王都に行っても、俺が死罪になって死ぬだけだ。何もいいことは無い。
「二日後というのは?」
「明日、冒険者ギルドのほうで討伐隊が出るんだ。それがうまくいきゃあ二日後には出せる。だけど、どうかねぇ。冒険者のほうに被害が出るだけな気もするが……」
「ふむ。なるほど」
と、ディアンは黙り何かを考え始めていた。
うーん。馬車が使えないにしてもトロールの群れが出ているというなら歩いていくのも危険な気がするなぁ。いや、気じゃないな。危険だ。
だったら、
「「冒険者と一緒にトロールを倒す」」
俺とディアンの声が重なる。
どうやら同じことを考えていたみたいだ。
「あんたらも討伐隊に参加したいなら、冒険者ギルドに行きな。そっちで募集している。でもなぁ、」
ぎょろりと、店主の目が俺のほうを向いた。
「あんたはひょろっちいな。やめといたほうがいいんじゃねえか?」
うっ。少しショック。でもひょろっちいのは確かだから、何とも言えない。
――バシッ!
俺が背を丸めていると、その背に衝撃が走る。
ディアンが俺の背中を叩いたのだった。
「うわぁ!」
びっくりして、おもわず素っ頓狂な声を上げた。
「店主。明日期待していてもらいたい。きっと、このヴァンがいい報告をするでしょう」
「はい! ヴァンならきっとトロールを簡単にたおしてくれます!」
えぇ……。
そんな期待をされても。一応俺のルーン魔術は時代遅れらしいんだけど。
ディアンのよくわからない自信に、俺もおじいさんも半信半疑だった。
「まぁ、明日のお手並みを拝見するよ」
「ええ! 見ていてください。では、ヴァン、アリシア。とりあえず冒険者ギルドのほうに行きましょうか」
そうして、俺たちは馬車屋を後に冒険者ギルドに向かった。