ルーン魔術師と剣術大会・4
剣術大会は、アレクシス様の挨拶から始まった。
「私も出場するが、ぜひ手加減抜きで全力をもって戦ってほしい。遠慮はいらない」
と、アレクシス様は言葉を残した。
そのあとすぐに一回戦が行われる。
記念すべき初戦はアレクシス様対冒険者の男だった。
手加減抜きで、とは言っていたが……。
その戦いは一瞬だった。
アレクシス様の猛攻に、冒険者の男は何をすることも出来ずに負けたのだ。
手加減抜きで全力をもって戦う?
いや、そもそも手加減なんて出来る相手じゃない。
アレクシス様の初戦を見て誰もがそう思っただろう。
闘技場では歓声が沸いていたが、俺の近くにいる出場者たちからは乾いた笑いが漏れていた。
「は、ははは……。なんだよ、あれ……」
誰かがつぶやいた言葉に、俺は同感せざるをえなかった。本当に、『なんだよ、あれ』だ。
それから他の参加者たちの試合も行われるが、アレクシス様の時以上の歓声が生まれることは無かった。それでも、参加者たちの試合に、会場はそれなりの盛り上がりを見せていた。
試合は進んでいき、俺の出番がやってくる。
「すみません。身体検査を」
騎士の一人が俺に近寄ってきてそう言った。
「ああ、どうぞ」
俺は武器以外に何か隠し持っていないか確認される。
身体をぺたぺたと触られていると、グラン王国で、部屋の外に出るだけでも何か隠し持っていないか調べられていた時のことを思い出した。
最近、軟禁されていた時のことを思い出すことは減っていたけど、同じような状況が来るとしっかり思い出すものだ。やっぱり、あの時期のことは俺の心に根ざしているのだろう。
そんなことを考えていると、身体検査が無事に終わる。
それから試合の行われる闘技場へと続く道の入り口で俺は待機していた。
「おい、ヴァン」
そこに大きな身体をもつグレーターもやってくる。
「グレーター……さん」
「グレーター様だ。人の名前を間違えるんじゃねえ。失礼だぞ」
「は、はあ。すいません」
いや、間違えてるつもりはないんだが。俺が悪いのか?
そこにさらに、一人の男がやってくる。
「ヴァン。次はお前の番だな」
「アレクシス様」
バカみたいに整った顔だちの好青年、アレクシス様が居た。彼の騎士服には試合の後にもかかわらず一切の汚れが無い。
「対戦相手は……」とアレクシス様がグレーターを見る。「グレーター様だったか」
なんであんたも様付けで呼ぶんだよ。王子様だろ?
「へへ。アレクシス様に名前を知ってもらえるなんてありがてえや」
本当にいいのか?
アレクシス様は涼しい顔をしている。まるで、グレーター様と呼ぶことがごく自然のことであるようだ。グレーター……様の方も何とも思ってないようで、そんな二人を見ていると、なんか俺が間違っている気分になってきた。グレーター様でいいよ、もう。
「グレーター様。ヴァンをあまり舐めないほうがいいぞ」
「へへっご忠告どうもでございます」
グレーター様は慣れてなさそうな敬語でそう言っていた。
「では、次の試合に参ります。ヴァン・ホーリエン、グレーター様! 入場!」
会場全体に響き渡るような司会者の大声に呼ばれ、俺とグレーター様は闘技場に入っていく。俺たちが観客たちの前に現れた瞬間、歓声が湧き上がる。
――ワァアアアアアアアアアアアアアア!
うわぁ。これはすごいな。
俺はごくりと唾を飲み込む。なんだか、緊張してきた。
俺とグレーター様は円形の闘技場で、開始位置につく。
グレーター様は俺の身長ほどはあるんじゃないだろうかという巨大な剣を抜く。
それをみて、俺も長剣を抜く。ディアンと相談して、そこそこのリーチを持ち、耐久性もある長剣がいいだろうと選んだものだった。
「両者準備はいいですか?」
試合を取り仕切る審判の声が響く。
俺たちは肯いた。
「はじめっ!」
それを合図に、グレーター様が突っ込んでくる。
巨体だが、それに似合わず中々の速さだった。
「悪いな! 坊主! 一撃だ! 『大地割』!」
グレーター様がぐわっ、と巨大な剣を振りかぶる。そして、それを勢いよく振り下ろすつもりだ。
いや、でも。
と俺は思っていた。
一連の動きが遅すぎる。
剣聖カイザーとも、アレクシス様とも、ディアンとも比べても遅い。
俺は、身を反転させるようにして、振り下ろされる大剣を避けながら身体を前に運ぶ。
「なっ!」グレーター様の顔が焦りに変わる。だが、勢いのついた大剣の動きは止まらない。
――ガッゴォオオオオオオン!
大剣が地面に振り下ろされ、石の地面を割った時。
すでに、俺の長剣はグレーター様の首元をとらえていた。
会場は静まり返っていた。
*
「勝負あり! 勝者、ヴァン・ホーリエン!」
一瞬の静寂の後、会場は歓声に包まれていた。
そんな場所から少し離れた所。
ヴァンを見送り、試合を見ていたアレクシスはつぶやいた。
「見事だな」
「まあ、あれくらいは当然でしょう」
そこにはディアンもやってきていた。
アレクシスはディアンの方を向いた。
「ほう。お前と特訓していると聞いていたが、短時間であれだけの技術を身に付けさせたのか? だったらすごい才能だな」
「いえ、それが……。俺が教えたことなんてほとんどないんですよ」
ディアンの言葉に、アレクシスは怪訝そうに眉を寄せる。
「なに?」
「あれは、はじめからです。全く、これまでどんな経験をつんできたのか。魔力がほとんどないので剣技スキルを使え無いのが欠点ですが」
「はじめから……」アレクシスが呟く。
「ええ。なんでも、師匠とやらにみっちり攻撃を避ける技術を教わったとか」
「師匠か。ふっ。ヴァンの師匠とやらに俺もあってみたいな」
「ヴァン曰く、会わないほうがいいらしいですよ」
「ほう。どうしてだ」
「さあ、俺もそこまでは訊いてませんが。まあ、なにか悪い記憶でもあるんじゃないですかね」
「ふふふ。面白いな。まあ、あの様子なら決勝に来るのは間違いないだろう。楽しみだな」
そう言ってアレクシスはこの場を立ち去った。
ディアンは一人、ため息をついた。
「決勝か。……。一体、どんな決勝になることやら」
色々と不安に思う。
だけど、とりあえずは帰ってくるヴァンを労おうと決めたディアンだった。