ルーン魔術師と剣術大会・3
建国祭で賑わっているのは大広場だけはなかった。
街のあちらこちらがお祝いの雰囲気に包まれて、どこか暖かな空気が流れている。それでいて活気に満ち溢れ、繁栄を感じさせる。
「ヴァン、こっちだ」
俺が人込みにもまれながらもキョロキョロと街を見ていると、ディアンに呼ばれる。
俺は慌ててついていく。こんな人込みでも、ディアンは身長が高く体つきもいいので見つけやすくて助かる。
しばらく歩くと、闘技場にたどり着いた。闘技場は、剣術大会というイベントが行われるということもあって、大広場と同じくらいに賑わっている。
「うわあ。これどこに行けばいいの?」
あまりの人の多さに俺は足を止めてそう訊いていた。
だけど、ディアンは人込みを器用に縫って進んでいく。俺はなんとか必死について行く。すると、突然俺を押さえつけていた栓が抜けたみたいに、目の前から人が消えた。あまりにも突然のことだったので、身体がつんのめり転びそうになる。
「大丈夫か?」
ディアンが言った。後ろには人の大きな流れがあるが、前にはびっくりするくらい人がいなかった。
「ここからは選手と関係者以外立ち入り禁止だから、もう人にもまれなくていい」
「そうなんだ」
俺はほっと一息をついた。肺いっぱいに吸った空気が全身をめぐるのが心地いい。
「落ち着いたか?」
「うん」
「じゃあ、行こうか」
しばらく進むと、また人の姿が増えてくる。
だけどそこに居た人たちは普通の人じゃないことに、俺はすぐに気が付いた。
誰もが体つきが良く、そして剣を持っている。
きっと、騎士か、俺と同じく剣術大会の参加者なのだろう。
そんな人たちが一か所に集まって同じ場所を見ている。俺もそこに近づくと、大きな紙にトーナメント表が書かれている。みんなこれを見ているのだ。
「えっと、俺の名前は……。あ、あった」
右上の方に『ヴァン・ホーリエン』としっかり書いてある。
えっと、対戦相手は……。
その名前を確認しようとしたときだった。
「お、おい! ヴァン!」
ディアンが大声をあげる。
「どうしたの?」
俺は聞いた。
「トーナメント表の、お前の反対側だ」
そういうディアンの顔はなにか信じられない物でも見ているような表情だった。
もしかして、優勝候補でもいるのだろうか。
俺は不安になりながらもディアンの視線を追った。
そして、唖然とした。
「え……」
『アレクシス・ラズバード』
その名前は、俺の網膜に鮮烈に焼きつく。
頭が一瞬ぐらついた。
俺は一度目をつぶってこめかみを抑えた。
いやいやいや。何かの間違いだろう。
俺はもう一度、トーナメント表を見る。
『アレクシス・ラズバード』
……。マジか。
その名前は、朝には太陽が昇り、夜には月がのぼるのと同じくらい当たり前の顔をしてそこに存在していた。どうやら、俺の見間違いではないらしい。
「当たるのは決勝だが……。間違いなく、アレクシス様は決勝までやってくるぞ」
ディアンが言う。
「だ、だろうね……。まさか、アレクシス様が出るなんて……」
俺の剣術大会への参加を認めてくれたのはアレクシス様だが、やはり俺を優勝はさせたくないのだろうか。
どうしてもそういう風に勘ぐってしまう。
アレクシス様は一体俺のことをどう思っているんだろう、と考えていた時だった。
「ガッハッハッハッハ!」
とすぐ背後から大声で笑う声が響く。
振り向くと、そこには信じられないくらいの巨体を持った男がいた。
ディアンも背が高い方だが、そのディアンよりも背が高い。肩幅とかも二倍はあるんじゃないかってくらいでかい。
そいつは俺を見下ろしながら相変わらず大声で言った。
「お前がヴァンか?」
「は、はい。あの、あなたは?」
「はんっ! 俺がグレーター様だ」
グレーター?
『俺様が』と言われても、その名前に特に心当たりはないんだけど。
俺が困惑していると、そいつは不快そうに目を細めた。
「まさか、てめえの対戦相手のことも気にせずに決勝の相手を見てるとはなあ」
「え? 対戦相手?」
言われて、俺はトーナメント表の俺の名前の隣を見る。
『グレーター様』
とそこには確かに書かれてあった。
何でトーナメント表に様付けなんだよ。
俺が唖然としているとディアンが教えてくれる。
「トーナメント表に書く名前は自己申告制なんだ」
「あ、そう」
それでいいのか?
にしても、様って……。いや、こうなってくるとグレーター様のどこまでが本名かもわからない。全くの偽名の可能性だってある。
「ふふふっ。それにしても俺はついてるぜ」
グレーターがそう言った。
「初戦がこんなひょろひょろなやつとはなあ。準備運動くらいにはなってくれよ」
「ふっ。グレーター様」
ディアンがにやりと笑う。
っていうか、ディアンも本当にグレーター様って呼ぶんだ。
「あまり、この男を舐めないほうがいいぞ」
「ふっ。なんだ騎士様。俺を脅かそうっていうのか」
「いや、本当のことを言ったまでだ」
「まあ、どっちでもいい。どうせ勝つのは俺だからな。さて、準備運動でもしてくるかな」
ガハハ、と笑いながら、グレーターは去って行った。
「うう。何か自信なくなってきたな。グレーター……さん。結構自信満々みたいだし」
俺は少しだけ不安になる。
「大丈夫だ。ヴァン。それに、グレーター様にまけるようなら、はじめから優勝なんて無理な話だ」
「……。確かに、そうかもしれないけど……」
「ヴァンも準備運動しとくか。俺が相手になるぜ」
「うん。お願いしてもいい?」
「お安い御用だ」
こうして、俺の剣術大会は始まりを告げる。




