ルーン魔術師とハンス・3
ハンスは、グラン王国では仕事とか、金のこととか、そういう力を買われて七英雄の一人になっていた。
実際に彼の仕事ぶりというのを見たことはほとんどないけど、国の一役を担っていたわけだし、それは凄い手腕なのだろう。
そこで、俺はアリシアが建国祭でなんとかして売り上げでクラーラ様に勝ちたいが、何を売り出せばいいのか分からない現状を説明する。
話し始めると、ハンスは椅子に腰を下ろし、真剣に話を聞いてくれた。
「なるほどな……。つまり、建国祭でどういうことをすれば金が儲かるのか、助言が欲しい。そういうことか?」
「まあ、端的に言えば」
「しかし、またなんでお姫様二人で競争を? 二人で協力したほうが、俺は売り上げが上がると思うが」
「そ、それは……」
言えない。俺とどっちが婚約するかで勝負するって話。俺の口からは決して言えない。
適当に濁してしまおうと思ったが、思うだけでは遅かった。反射的に反応したのはアリシアだった。
「わたしとお姉さまのどちらがヴァンと婚約を結ぶかを賭けているんです」
「あ、アリシア……」
どうしてそんな臆面もなく言えるんだ、そんなこと……。
ハンスはというと、口を半開きにし、何やら信じられない物でも見るかのように俺を見ている。こんなに驚いている彼を見るのも初めてだ。……。まあ、驚くよね。そりゃあ。
「お、お前が、二人のどっちかと……。婚約?」
「あの、あんま深く突っ込まないでくれると助かるよ」
そこでハンスが咳ばらいを挟む。
「それで、アリシア殿下はその勝負に勝ちたい、と」
「はい。勝ちたいです」
即答だった。
まさか、そんなに気合が入ってるとは思わなかったけど……。
ハンスが肯く。
「分かりました。いいでしょう」
おお、頼りになる。
「では、ヴァン。まずは顧問料の相談といこう」
金かよ。いや、まあ何となく分かってたけどさあ。
俺は細目でハンスを見る。
だけど、そんな俺の考えを見抜いたのか、ハンスは軽く笑う。
「冗談だ」
「え? いいの?」
「本来なら、売り上げの二割はぶんどる。だが、今回お前が聞きたいことに関しては、答えがあまりにも簡単すぎるからな。金を貰うのも忍びないというわけだ」
「簡単?」と俺は訊いた。
「ああ。何を売り出せばいいか、だろ? そんなもの、売りだす物なんて一つしかないじゃないか」
俺とアリシアは顔を見合わせる。
何にも分かっていない俺同様、首を小さく傾げるアリシアも何もピンと来ていない様子だった。
ハンスがため息をつく。
「……はぁ。まあ、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないな。ヴァンには、これまでそれで金を稼いできたという実感がないだろうし」
「それ?」
それってどれ?
「二人のルーン魔術だ。売り物にするには、これ以上の物はないだろう。下手をすれば、建国祭の期間だけで、一財産築けるぞ」
「ほんと?」と俺は言う。
「当たり前だ。お前は自分の技術を何だと思ってるんだ」
「え、えーっと、なんだろう……。ははは……」面目ない。
「それ以上の助言が欲しいなら、また相談しろ。おそらく建国祭が終わるころまでは俺もこっちにいる」
立ち上がるハンスに、俺はからかうように言った。
「でも、お金取るんでしょ?」
だけど、俺がからかったのとは裏腹に、彼はじっと俺の顔を見ていた。無表情だったけど、どこか寂しそうな。そんな風に見えたのは気のせいだっただろうか。
「そう思われても、仕方ないか」
「どうしたの?」
「いや。なんでもない。乗り掛かった船だ。何かあれば、最後まで無料で付き合おう」
*
ハンスが王宮を去るのを見送った後、王宮の廊下をアリシアと二人で歩いていると、いきなりアリシアが呟いた。
「ヴァン、わたし、頑張りますので! 見ていてくださいねっ!」
「う、うん。ほどほどにね」
身体を壊すようなことが無ければいいのだが。とアリシアの張り切り具合を見て思うのだった。