ルーン魔術師と姉妹の勝負・2
「おかえりなさい、ヴァン!」
「わわ。アリシアっ?」
俺が戻るとアリシアは飛び込んでくるんじゃないかって勢いで近寄ってきて、俺の前で急停止する。頬が赤く染まり、目はきらきらとしている。その表情は興奮冷めやらぬ、という印象を受けた。
アリシアが俺の両手を掴んで言った。
「すっっっっっっっごく、格好良かったです!」
「そ、そう?」
「はい! とっても!」
「あ、ありがとう。アリシア」
職業柄かっこいいなんて言われることは少ないし、そもそも俺自身かっこいい方では無いと思うから、そんな言われ慣れていない言葉とアリシアの持つ可愛らしい魅力が相まって変にどぎまぎしてしまう。
「お父様とお姉さまも感心していられましたよ。お見事だった、と伝えるようにお二人にも言われました」
「そうなんだ。そういえば、二人は?」
「決着が着くまではここで一緒に見ていたんですが、王宮の方から使いの者が来て二人は帰って行かれました」
「へえ。何かあったのかな?」
「どうでしょうか。建国祭で忙しい時期でもあるのでその事かもしれません」
「なるほど」俺はそう言えば、とまた思う。「アリシア。クラーラ様とどういう勝負をするかは決まったの?」
言うと、アリシアの表情が少しだけこわばったのが分かった。それから、何度か動揺を取り繕おうとするように目をきょろきょろさせたり、下唇を軽く噛んだりして見せるが、最後には諦めたように大きく息を吸った。
彼女の胸がそれにあわせて上下する。
「えっと、その。一応……。決まりました。勝負の内容は、『建国祭でお店を出して、どちらが多くの売り上げを出せるか』です」
「売り上げ勝負、か」
「はい……。そうなります」
「もしかして、あんまり自信ない?」
アリシアの様子からちょっとそんな予感がした。
アリシアはじっと俺の顔を見る。
「お姉さまは建国祭に参加されるようになって以来、毎回かなりの売り上げを出しています。お姉さまのお店を目当てに、建国祭に来る人もいるくらいです」
「そんなに凄いの? 本当に良かったの、その勝負で?」
「他にも、魔法勝負とか、それこそ剣術で勝負とか。そういう案もあります。でも、考えてみれば、わたしがお姉さまに勝ち目があるような勝負は、あまりありません」
「アリシア……」
「お姉さまにしてみれば、わたしに絶対勝てるような勝負はいくつでもあります。そんな中で、まだ、わたしにも少しの可能性がある勝負を選んでくださりました。だから、わたしはこの勝負を受けようと思いました」
「そっか。じゃあ、勝てるように頑張らないとね」
アリシアは、俺の顔から目を離さない。それどころか、その視線は、どんどんと熱を帯びてきているようにも見えた。
「どうしたの?」
俺がそう聞くと、アリシアは慌てたようで顔を背ける。
「な、なんでもありません」
「? ところで、アリシアはどんなお店を出すの?」
「……」
石造のように固まるアリシア。もしかして……。
「まさか、何も考えていない?」
「こ」
「こ?」
「これから考えます! ディアンやミラにも相談して」
「そ、そっか」
本当に何にも考えていなかったようだ。
それにしても、売り上げ勝負か。
こんな時に、ハンスでもいれば色々と相談できるんだろうけど。
と、俺はかつて七英雄の一人として、俺に仕事を振りまくってきた男の顔を思い出す。
『相談? 構わないが、相応の相談料はいただくぞ?』
俺の想像の中のハンスがそう言う。
……。想像の中でくらいタダで相談させてくれ。
そんな男のことを思いだしたのは偶然か。
そもそも、アリシアとクラーラ様の勝負が売り上げ勝負になったのも偶然だろうか?
まあ、全部偶然なんだろうけど。
俺は結局、その男と出会うことになる。