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ルーン魔術師とアレクシス・ラズバード・3

 アリシア達と話している間に、アレクシス様も姿をあらわしていた。


 俺がアレクシス様の前に立つと、場の緊張感が増したのが分かった。観戦に来た人たちの細かな息遣いが、より研ぎ澄まされたように感じた。


「準備は出来たか?」


 アレクシス様が言った。

 感情の読み取れない表情で、だけど目だけは鋭く、俺を見定めるように見ていた。

 

「はい。可能な限りは」


「いいだろう。では、始めようか」


 俺たちは距離を取り、円形の模擬戦場で向き合う。

 アレクシス様が勢いよく剣を抜き、俺にその切先を向けると、おぉと観客がどよめく。でも、それも一瞬のことで観客はすぐに静まる。俺たちの間には純度の高い静寂と緊張だけが残った。


 俺はローブの中に仕込んでいるルーンに手を触れる。

 勝負が始まってまずやることは決まっていた。


 俺とアレクシス様は模擬戦の開始を告げる、審判の男を見ていた。

 審判も、緊張している様子だった。下手したら俺たちよりも緊張しているかもしれない。


 審判の口が開く。


「はじめ!」


 同時に、アレクシス様が迷いのない動きで走ってくる。

 俺は、宙に向かってローブの中から取り出した木片を放り投げた。その木片には【木縛】のルーンが張ってある。

 ルーンが光り、発動する。木片から網のように木が伸びて、アレクシス様を捕縛しようと広がる。それは避けようがないように見えた。


「【神速剣】!」


 アレクシス様の剣が輝く。次の瞬間、目にもとまらぬ速さで剣を振るっていた。それはアレクシス様を捕縛しようと伸びる木を文字通り木端微塵にした。


「驚かないんだな」


 アレクシス様が言った。


「まあ、似たようなものは見たことがあるので」


 もちろん剣聖カイザーのことだ。あいつも【神速剣】はよく使っていたなあ、と懐かしく思っていた。


「似たようなものを見たことがある……か。このスキルを使えるものは、世にそう多くはないはずだがな」


 そうなんだ。カイザーはやっぱり凄かったんだなあ。


「それで、どうする? 一つ、手は破ったぞ」とアレクシス様が不敵に言った。


「大丈夫です。まだ、あります」


 俺はローブからルーンを取り出す。


「【閃光】!」


【閃光】のルーンだ。

 まばゆい光があたりを埋める。

 これを初見で防ぐのは難しい。はずだ。


「うわぁ……。すごいなあ」


 俺は思わず呟いていた。

 剣の腹を正面に向けて顔の前に構え、しっかりと光を遮っていた。

 彼は剣をずらし、鋭い目をのぞかせて俺を見据える。


「お前の技は視線を切るだけか? それとも、そんなに見られては困るものかな?」


「見られて困るわけじゃないけど、見られてないほうがやりやすい」


「なるほど。それで? 見られていても戦えるのか?」


「それなら、それなりの戦いかたもあります」


「そうか。良かったよ」


 言いながら、アレクシス様は剣を構えなおす。

 

 俺はローブの中から、次のルーンを取り出し、足元に落とす。

 コッ、と音を立てたのは、黒い塊、木炭だった。

 炭に彫った【爆発】のルーンが光る。


 俺は後ろにとび、巻き込まれないようにすかさず【光盾】のルーンで爆発から身を守った。


――ドォオオオオン!


 木炭は爆発し、爆風と黒煙をまき散らした。

 それは俺の視界からアレクシス様を消してしまうが、向こうも同じだ。


「煙幕かっ!」


 煙の向こうからアレクシス様の声が聞こえる。

 もしかしたら後で、卑怯と笑われるかもしれない。でも、構わない。もとより真っ向から向かって勝てる相手ではないだろう。

 煙幕にまぎれ回り込もうとしようとした時だった。


「【ウィンド】!」


 アレクシス様の声と共に突風が吹き荒れ、黒煙は壁際に押しのけられる。俺とアレクシス様は再び顔を合わせる。


「ただの煙幕で終わるわけあるまい?」


 俺は静かに肯く。

 まあ、そうだよね。黒煙を払うくらいの魔法は使えるだろう。

 大丈夫。もう策は打ってある。


――コツン。


 と乾いた音がアレクシス様の後ろから鳴り響く。

 アレクシス様が振り向く先に落ちたのは、二つの木片。

 それは光り輝き、【木縛】のルーンを発動させる。


「くっ。【フレイム】!」


 アレクシス様がとっさに放つ炎の魔法が木を燃やし、迫りくる攻撃を防ぐ。だが、隙は出来る。

 俺は【発火】のルーンを投げつける。

 ルーンは空中で火球に変わり、アレクシス様に向かって飛んでいく。


「はああああああああああああっ!」


 振り向きざまの、アレクシス様の気迫のこもった太刀筋が火球を切り落とす。

 もちろん、俺が用意したルーンは少量じゃない。たっぷりだ。時間をかけて、みっちり用意した。

【発火】のルーンを次々に投げつける。


「これが、ルーン魔術かっ!」


 剣を振りながらアレクシス様が叫ぶ。


「ええ。まさにその通りです」


 ルーンさえ用意していれば、攻撃の間隔をほとんど無くせる。この炎の連撃には、アレクシス様も俺との距離を詰めることは出来ないだろう。


「だったら……。どちらが先に尽きるか、競争だ!」


 アレクシス様が叫ぶ。その顔は、楽し気に笑っているように見えた。俺の気のせいかもしれないけれど。いや、気のせいじゃないかもしれないな。

 そういえば……。剣聖と呼ばれるカイザーも、拳王と呼ばれるリッカも、二人とも、俺のルーン魔術の攻撃を防いでるときは同じような笑みを浮かべていた。……。何が楽しかったんだろうか?


 そんなことを考えている間にも、アレクシス様の防御と俺の攻撃は繰り返されていた。はた目から見れば、拮抗しているかもしれない。

 だけど、ルーンは無限じゃない。

 もちろん、アレクシス様の体力も無限じゃないんだろうけど、ちょっとやそっとでスタミナ切れを起こすような鍛え方はしてないだろう。はじめに尽きそうなのはこっちだった。


「魔術師の真似事でどこまで持つ、ヴァン!」


 魔術師の真似事か。今のままなら、確かにそうだろうな。

 

 だから、俺は策を打つ。

【発火】のルーンを投げると同時に、アレクシス様の左右に転がるように【木縛】のルーンを投げる。

 もちろん、アレクシス様もそれに気づく。

 左右から、アレクシス様を捕らえようとのびる木に、前からは火球。三方向からの攻撃はさしものアレクシス様も手を焼くのではないか?

 魔術師には出来ない、同時多方向からの攻撃だ。


 その予想は当たったようで、アレクシス様は左右の【木縛】のルーンを一瞥しただけで、対応しようとはしなかった。

 彼は覚悟を決めたように俺に向かって走ってくる。


「うおおおおおおおおおおおっ!」


 防御仕切れていない火球がアレクシス様に何発か当たるが、彼は止まらない。

 確固たる意思を持った突撃で俺のほうに迫る。


 もう二、三歩で俺に攻撃が届く。

 その瞬間、俺はローブの内側から、木炭を落とした。


――コッ。


 と、音を立てるそれをアレクシス様の視線が捕らえていた。

 そして、動かない俺を見て彼は叫んだ。


「自爆かッ!?」


 言いながら、爆発に巻き込まれまいと勢いよく後ろに跳び退くアレクシス様。

 だが……。

 木炭は、コロコロと地面を転がるだけだった。

 そう。俺はこの木炭に、魔力を込めていない。自爆なんてする気は毛頭ない。さっき見せた【爆発】のルーンが彼の頭にはよぎったことだろう。

 そう。俺は、見せたんだ。見せれば、きっと次は反応してくれるから。


「な、なに?」


「ルーン魔術を使わないのも、ルーン魔術の使い方です」


 驚愕の表情を浮かべるアレクシス様の後ろから、いくつもの木の枝が伸びて、彼の身体を絡めとる。


「くっ……。だが、こんなもの――ッ!?」


 身にまとわりつく木を振り払おうとした瞬間、ガクッとアレクシス様は剣を地面に立てて膝をついた。


「ぐ、ぐぐ……。こ、これは、一体?」


 そして、そのまま地面に伏すように倒れた。


 ざわざわとどよめきたつ模擬戦場。それもそうだろう。

 目の前に広がるのは明らかに不自然な光景だった。

 たかだか木の枝に身体を絡めとられたくらいで地面に伏すアレクシス様。誰もが、何故立ち上がらないのか、と疑問を持っているだろう。


 俺はアレクシス様に近づく。


「種明かしを、お願いしてもいいかな?」とアレクシス様は落ち着き払った様子で言った。


 俺は肯いた。


「これは、【加重】のルーンです。物の重さを増やすルーンです」


【軽量】のルーンの真反対のルーンだ。

 俺は説明を続ける。


「あの時投げた木片には、二つのルーンを付けていました。まず、あなたを捕らえるための【木縛】のルーン。だけど、それだけだと捕らえてもきっと振りほどかれる。だから、動きを完全に封じるために【加重】のルーンも発動させました」


「一つの物に、二つのルーンを? そんなことも出来るのか」


「ええ。まあ、物によっては、二つのルーンに耐えられないこともありますが、王宮の裏庭に生えている木は全部良質な物のようで。二つくらいなら、耐えてくれると思いました。どうですか? 魔術師の真似事ではないでしょう?」


 庭師の人に相談したら、分けてもらえたのもありがたかった。


「ふっ。案外、根に持つのだな。そうか、なるほど……。これがルーン魔術か。俺があそこで後ろに跳ぶことも分かっていたのか?」


「分かっていたというより、そうですね……。だって、誰も爆発なんかに巻き込まれたいわけ無いじゃないですか。だから、隙はどうしてもできると踏んでいました」


「ふふふ。そうか」アレクシス様は笑う。「まだ、他の手もあったのか?」


「さて、どうでしょうか」俺も笑って返す。


「底が知れんな。大した実力だ」


「俺にはもったいない言葉です」


「……。そうか。まあ、そう言うことにしておこう。それよりも、この拘束をそろそろ外してほしいんだが。自分ではどうにもならん」


「俺の勝ちでいいのなら、そうしましょう」


 俺はルーン魔術を見せびらかしに来たわけじゃない。この人から、剣術大会への参加資格をもらうために戦ったんだ。

 失礼かもしれないが、勝ちと言われるまでは油断できなかった。


「ふふっ。抜け目がないな。ああ、俺の負けだ。審判!」


 アレクシス様が声を上げると、審判の男は慌てて大笛を吹いた。

 ブオオオオオ、と音が鳴る。それがどうやら試合終了の合図らしい。


「しょ、勝者! ヴァン・ホーリエン!」


 言い終わるが先か、模擬戦場がわっと沸く。


「うおおおおおおおおおお!」「すげえ! すげえよ! あのアレクシス様に勝ってしまうなんて」「あいつの実力は本物だったんだな!」


 そんな声に少しだけ恥ずかしくなりながら、俺はアレクシス様の拘束をとく。

 立ち上がったアレクシス様は言う、


「ヴァン。お前の実力を認めよう」


「ありがとうございます」


「だが、分かっていると思うが、剣術大会では剣以外の使用は認めていない。もちろん、ルーン魔術もだ」


「分かっています」


「そうか。分かっているなら、いい。さあ、行ってやれ」


 行く?

 俺は首を傾げた。

 困惑する俺に、アレクシス様が目線で俺の後ろを指した。


 振り向くと顔をきらきらと輝かせたアリシアが居た。

 クラーラ様とレグルス国王の姿はなかった。

 立ち去る前に、俺はもう一度アレクシス様に向き直る。


「手合わせありがとうございました」


「こちらこそ」


 それから俺は、アリシアのもとへと歩いていった。

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