ルーン魔術師とアレクシス・ラズバード・2
「そもそもアレクシス様って騎士なの?」と、俺はディアンに聞いた。
「ああ。騎士でもある。そして、このラズバード王国でも一、二を争う騎士だ」
「そ、そんなに強いの?」
「ああ。小さいころから剣の才にあふれていてな。実力の伸びはとどまるところを知らず、去年のことだが、模擬戦で俺も一本取られたほどだ」
「へ、へぇ……」
勝てるわけないじゃん。
頬が引きつる。
まさか、剣術大会で優勝を目指してみよう作戦がこんな序盤で頓挫してしまうとは。
自分のふがいなさに俺はため息をついた。
「まあまあ。良く思い出してみろヴァン。いいか? 参加するだけの力量があるかを示せばいいんだ。何も勝てって言うわけじゃない。いい勝負をすればいいんだ」
「なるほど……。でも、ディアンに勝てるほどの人にいい勝負、か……」
それはそれで難しい気がするなあ。
でも、勝てって言われるよりは可能性はあるだろう。
ルーン魔術無しで果たしてどこまでやれるのだろうか……。
せめて、ぼこぼこにされないようには頑張ろう。
*
「ヴァン。お前の参加条件は、俺に勝つこととする」
模擬戦場に行くと、騎士服に着替えたアレクシス様に迎えられた。そして、そこでそう言われたのだ。
俺は聞き間違いかと思って、一度天を仰いだ。
それから、なんとかアレクシス様に向き直るだけの気力を確保して、一応聞いた。
「えっと……。すみません。もう一度言ってもらってもいいですか?」
「お前の参加条件は、俺に勝つことだ」
……。
聞き間違えじゃないらしい。
俺はディアンの方を見た。話が違うんだけど! と目で訴えるが、すぐに目線を切られる。この野郎!
「どうした、ヴァン? 何か問題でも?」とアレクシス様が言う。
「い、いえ……。えーっと、その」
「ふっ。わかっている。お前はルーン魔術師、と言うんだったか? とにかく、お前が剣の道にいないことは知っている。剣で戦おうなんて、お前にとっては本領じゃないだろう?」
「……。そうなります」
なんか、段々言いたいことが分かってきた。
「だから、お前も持てる全力を出せ。お前の本気で、俺に勝って見せろ。人化出来るほどの魔族を倒したんだろ? まずはその話が本当か、嘘か。俺は自分で確かめる」
なるほど。ゼフを倒したという話も、自分で確かめないと気が済まないのか。
「それで、俺の剣術大会への参加は認められるんですか?」
アレクシス様は肯いた。
「認めよう」
俺も肯く。
「わかりました。ただ一つ、お願いがあるんですが」
「なんだ? 手加減はしてやれないぞ」
「必要ありません」そう言うと、アレクシス様の眉が少しだけ動いた気がした。「準備をする時間を、俺にももらえませんか? 今日、ルーン魔術師として戦うことになるとは思いませんでしたので」
「なるほど。確かに、そうだな。そのほうが公平だ。一時間後に、もう一度ここでいいか?」
「お願いします。では、一度失礼してもよろしいですか?」
「ああ。存分に準備をして来い」
「ありがとうございます」
俺は礼を言って立ち去る。
さあ、一時間だ。考えろ。
アレクシス様に勝つためには何が必要だ?
*
ヴァンが去って、そこにはアレクシスとディアンが残されていた。
走り去っていくヴァンを見て、アレクシスは静かに面白おかしく笑った。それは、まるではしゃいで遊ぶ子供をはためから見ている時のような笑みだった。
「どうしたんですか、アレクシス殿下。楽しそうに笑うじゃないですか」
「聞いたか? 手加減はしてやれないと言った時、必要ないと言った。それも即答でだ。あんな風に言える人間が、この国にどれだけいる? いや、いないだろうな」
「ああ。それでですか。確かに、手心を加えてほしいと、普通の人間なら言うかもしれませんね」
「そうだろう? 本当に、面白いな。彼は。アリシアとクラーラが懐くのもわかる」
「では、なぜ信用してやらないんですか? それとも、期待の裏返しってヤツですかね?」
アレクシスはそれに答えなかった。
二人の間にしばらく沈黙が流れた。
「ところで」とアレクシスが思い出したように呟く。「ディアンは、俺とヴァン。どちらが勝つと思う?」
ディアンはあごに手を当てて少し考える。いや、考えるというよりは、ヴァンと冒険者グレイとの戦いを思い出していた。
それから、ディアンは言った。
「正直に言って構いませんか?」
「ふふっ。その口ぶりで大体わかったな。構わん。言ってみろ」
「ヴァンが勝ちます」
それは確信に近い返答だった。アレクシスは初めて大きく笑った。
「ははははは! それは楽しみだ!」
きっとまたヴァンの前に現れるときには、その笑みは隠すのだろう。隙を見せないためにも。
ディアンは今だけ上機嫌なアレクシスを見て思う。
全く、王族はやはり面倒な事ばかりなんだな、と。