ルーン魔術師と剣術大会・2
ディアンと別れ、俺は王宮の中を歩いていた。
すれ違う人は忙しそうに早足で歩いている人が多い。
建国祭のこともあるし、アレクシス様が帰ってきたことで、慌ただしさは増していた。
アレクシス様は、余計な負担を掛けたくない、と夜中に帰ってきたが、それでも、最低限の歓待はあるようだった。
その証拠というべきか、歩いていて聞こえてくる話題は、建国祭の話題とアレクシス様の話題で半々くらいだった。
アレクシス様も大変だなぁ。と、思うと同時に、クラーラ様が帰ってきたと聞いた時みたいに、少し哀しい気持ちになる。
どうしても、クラーラ様やアレクシス様が王族らしい扱いを受けていると、アリシアの冷遇が浮き彫りになる。
そんなあんまり良く思われていない状況なのに、俺みたいな見ず知らずなパッとしない男と婚約だなんてことになったら、アリシアの立場はもっとひどいものになるかもしれない。
やっぱり、俺が俺の力でアレクシス様に残っていいと言ってもらうのが一番良いだろう。
「だけど……。それには剣術大会の優勝かぁ……」
ぼぉっと歩きながら呟いていた時だった。
「剣術大会が、どうかしたか?」
「う、うわぁ! あ、アレクシス様っ?」
そこに居た人物に思わず俺は驚く。
綺麗な金髪に、バカみたいに整った顔立ち。鋭い目を困ったように細めていた。
「そこまで驚かれるとはな。昨日のことを考えれば、お前によく思われてはいないだろうと思うが、それでも心外だ」
「も、申し訳ないです……」心の底からそう思う。
「それで、剣術大会がどうかしたのか?」
「え? ああ、えーっと。いやあ、俺もせっかくなら参加したいなあ、って思ってたんです」
流石に、剣術大会で優勝してここに残るつもりです、なんて正面切って今は言わないほうがいいだろう。
目的なんて見透かされているかもしれないけど。
「お前が剣術大会に?」とアレクシス様は心底驚いたみたいに俺を見る。
「そのつもりです。それで、参加ってどこでどうやってすればいいですか?」
そう言えば、参加方法を聞いていなかったと思い、俺はアレクシス様に訊いた。主催者なんだし、知ってるだろう。
だけど、アレクシス様は俺の問いに答えるではなく、口元に手を当てて笑った。嫌味じゃなくて、本当に面白くて笑ってるって感じだ。
「ふふふ。俺にそれを聞くのか? 大方、剣術大会で優勝して、俺に騎士にしてもらおうと思っているのだろう?」
やっぱり見透かされていた。
「俺はお前に出ていけと言っているんだぞ? 素直に答えてもらえると思ったか?」
「昨日も思ったんですけど」と俺は言う。「アレクシス様の言っていることは、正しいことだと思います。もちろん、俺が信頼されてないっていうのは、ちょっと悔しいけど、でも、信頼しろっていうのも難しい話ですよね」
アレクシス様は黙って俺の話を聞いていた。
「なんていうか、めちゃくちゃなことは言わないだろうって思うんです。俺に、ここに居てほしくないからって、意地悪してくるような人には見えなかったので。だから、アレクシス様なら答えてくれるだろうって、なんか思ってました」
「そうか……。剣術大会の出場方法だったか」
少し考えるようにするアレクシス様。
それから、俺に背を向けて言った。
「ついてこい」
「え?」
「聞くだけじゃなくて、参加するんだろ? だったら、手続きまで終わらせた方が早い」
「いいんですか? その、アレクシス様はお忙しいと思ってましたが……」
「気にするな。ちょうど、俺がこれから向かう場所で参加の手続きが出来る。ついでだ」
「そ、そうですか。では、お言葉に甘えて」
アレクシス様が歩いていくのを後ろから黙って追いかける。彼は俺のほうをいちいち振り向いたりしなかった。
時折、誰かとすれ違うと、みんな最敬礼をアレクシス様に送る。それに、「ご苦労」とアレクシス様が答えるまではいいのだが、アレクシス様について歩く俺にまで最敬礼を送ってくるのだ。
俺は愛想笑いしながら「お疲れ様です」と返す。いつもはこんなことないから、挨拶されるだけでも申し訳なくなってくる。俺なんかに、敬意を払われても……。
気まずいなぁ……。こんなことなら、自分で参加方法を調べればよかったかなあ。
そんな風に思いながら、歩いていると外に出る。
お互いに無言を貫いたまま向かった先は、王宮の隣に併設された大きな施設だった。
石で出来た塀に囲われた敷地の中に、いくつもの建物が立っている。
そして、俺たちを見かけては一礼して敷地内に入っていくのは、見覚えのある制服を来ている人ばかり。
「こ、ここって……」
「ああ。ラズバード兵士団の本拠点だ」
「兵士団の本拠点……」
ディアンが良くここに行くとは知っていたが、俺としては何の用もないので話に聞いているのみだった場所だ。
まあ、用のあるなしに関わらず、近寄りがたい所ではあるんだけど。
何となくだけど、兵士団の人たちにはあまりよく思われていない気がするんだよなあ。
見ず知らずの人間が、いきなり自国のお姫様の近くにいるなんてのはあんまり納得がいかないのかもしれない。
「どうした? 行くぞ」
「え? あ、はい」
「ここには宿舎、武器庫、訓練施設、それから騎士用の食堂なんかもはいっている」
歩きながら説明してくれるアレクシス様に、俺は「そうなんですか」と返答する。
話が面倒くさいというわけではないが、いかんせんあまり興味を持てない。
だからだろうか、俺はぼんやりとグラン王国にいた時のことを思い出していた。
七英雄の一人、剣聖カイザーが運動に付き合ってやると言って俺を連れ出すのも、こんな訓練施設だった。
もちろん、運動ではなく、刃をつぶした剣で斬りかかってくるのだが。運動ってなんだ?
当たったら絶対痛いだろうから、死に物狂いで全力で避けていたあの日々を思い出す。師匠に鍛えられてなかったら、俺はカイザーに骨の二、三本は折られていただろうと思う。
いや、でも師匠には青あざを何個も作られたな。虐待じゃないか? 虐待反対!
「ヴァン?」
気付けば、アレクシス様が不思議そうに俺を見ていた。
「え? あ、すみません。何ですかアレクシス様」
「いや、何か難しい顔をしていたように見えたが」
「え、えーっと。そうですか? あ、あははは……。き、気のせいですよ」
「そうか……。体調が悪いなら後日でもいいが」
「い、いえ。体調は万全です」
「それは良かった」
「それで、あの手続きはどこですればいいんでしょうか?」
「ああ。それは――」
その時だった。
「アレクシス殿下」
こっちに向かってきたのは、さっき別れたディアンだった。
どうやら、俺と別れてから、彼もここに来たらしい。そうだよね、ディアンも騎士なんだし、ここには用もあるか。
「ディアン」と俺は思わず声をかける。
「ヴァンも一緒か。って、どうして二人が?」
「まあ、その、色々あって……」
「ヴァンに剣術大会の参加方法を聞かれてな。その手続きに連れてきたんだ」とアレクシス様が言った。
「まあ、そういうこと」と俺も言う。
それだけのことなのだが、ディアンはなぜか口をあんぐりと開けて驚いている。
ディアンが何かを言う前に、アレクシス様が言う。
「ディアン。模擬戦場は空いているか?」
「え、ええ。今は、空いていますが……」
模擬戦場?
この後アレクシス様が使うのかな?
「そうか。では、俺は先に行っているとしよう。少し、身体も動かしておきたいしな。ヴァンのことを任せてもいいか、ディアン?」
「も、もちろんです!」
「では、よろしく頼む」
「承りました!」
ディアンが一礼すると、アレクシス様は先に行ってしまった。去り際に、ふと俺を見て笑ったような気がするけど、気のせいか。
「それで、ディアン。俺はどうすればいいの?」
「……。まさか、アレクシス様に頼むとはな……」
「え? 何のこと?」
「剣術大会には参加資格がいるんだ」
「参加……資格?」
な、なんか、嫌な予感がしてきた。
俺は背筋に冷たいものが走るのを感じる。
この感覚は、覚えている。剣聖カイザーに無理やり、運動に付き合えと言われて無理やり連れていかれるときの、あの感覚に似ている。
「ああ。参加資格は、現役の騎士と模擬戦を行い、参加するだけの力量があることを示すことだ」
「えーっと、一応聞くけど、相手は誰になるんだろう……」
「参加手続きを申し込んだ騎士。つまり、ヴァン。お前の相手は……。アレクシス様だ。言ってなかったか?」
言ってねえよ。言っとけよ。
俺は絶望の笑みを浮かべて、しばらく固まっていた。