ルーン魔術師と姉妹の勝負・1
翌日、クラーラ様の部屋に訪れると、部屋の主は優雅に紅茶を飲んでいた。
「おはよう、ヴァン」
「おはようございます、クラーラ様。アリシアは?」
「まだよ。もしかしたら、昨日のことが気になって寝れてないかもしれないわね」
俺は昨夜のことを思い出す。
クラーラ様はなぜかまた俺に婚約宣言をした後、「夜も遅いから、詳しい話は明日しましょう・わたしの部屋で待ってるわ」と言ってさっそうと部屋に帰ってしまったのだ。
アリシアはしばらく混乱している様子だったから、クラーラ様が言うように寝れてないというのはあながち間違いじゃないかもしれない。
「おはようございます、ヴァン。お姉さま」
だが、すぐにアリシアはやってきた。
「おはよう、アリシア。よく眠れた?」とクラーラ様が訊く。
「ご心配なく、お姉さまっ」
そういうが少しだけ隈のようなあとが見えるのは気のせいだろうか。
「早速ですけど、昨日の続きをいいですか、お姉さま?」
「どうぞ」
「ヴァンを、婚約なんて形でこの国に縛ることは、わたしはやっぱり納得できません」
「でも、みんな得するわよ? わたしはお父様にうるさく言われることもなくなるし、アリシアもヴァンと一緒に居られる。ね?」
「損得の話じゃありません! それに……。お姉さまもヴァンの、自由については、言わないじゃないですか」
「……。そうね。王族になれば、もちろんやってもらうことはあるわ。それでも、このまま中途半端にここを追い出されるよりは、みんないいんじゃない?」
全員が黙り込む。
俺はクラーラ様の真意を掴めずにいた。
彼女の目的はなんなんだろう?
この前は、アリシアのために冗談で結婚なんて話を出したと思ってたけど……。
うーん、謎だ。まさか本当に俺なんかと結婚したいわけではないだろうし。
「で、でしたら……」
呟くように口を開いたのはアリシアだった。
「わ、わたしが、ヴァンの婚約者になります!」
「あ、アリシアっ?」
突然何を言い出すんだ。
「あら? それだと、やっぱりヴァンをここに縛り付けるのに代わりはなくて?」
「いえ。お姉さまは、ヴァンと婚約すれば、きっとそのまま結婚してしまうでしょう」
「そうね。そのつもりだし、そのための婚約宣言よ」
「わたしは、時間を置き、ヴァンの自由が確保された後、婚約を破棄します」
つまり、アリシアは本当に俺のために一度婚約を結びたいと言っているのか。
俺は話について行けず、状況を確認していた。
「いいの、それで?」とクラーラ様が訊いた。「あなた、傷ものになるって言ってるのよ? 今のアリシアなら、きっといい相手が見つかると思うわ。可愛いし、良い子だし、王族だし、なにより力を手にした。いいの? 価値を下げるようなことをして」
「一度さらわれています。どのみち、傷ものとして扱われます」
二人はじっとにらみ合う。
目線を先に外したのはクラーラ様だった。
「そっ。覚悟は本物のようね。分かったわ」
「じゃあ」
とアリシアが顔を輝かせた直後。
「ええ。勝負をしましょう」
「しょ、勝負?」
「そうよ。あなたの覚悟が本物だからと言って、簡単に譲る気はないわ」
「……。あの、一体、何の勝負を」
「何がいい?」
そう訊くクラーラ様は自信たっぷりに笑みを作る。
まるでどんな勝負であっても自分が負けることなんてないと言わんばかりの笑みだ。
「あの、ところで、俺の意思は」
「あなたの意思?」とクラーラ様が不思議そうに言った。
なんでそんなに不思議そうにするんだ?
だって、俺のことでもある。俺の意見があるのは当然のことじゃないか?
俺はそんな疑問を胸にしまって、口を開いた。
「はい。俺はやっぱりお二人と婚約なんて、出来ません」
「ヴァ、ヴァン。もしかして、わたしのことが嫌いですか?」
いきなり泣きそうになりながら、俺のほうを見るアリシアにドキッとする。
「い、いや、そういうことじゃなくて」と俺はアリシアに言う。「二人とも、俺をここに残すために、そんな話をしているんですよね」
すると二人はキョトンと顔を見合わせた。
「そうだったわね」
「そ、そんな話でしたね」
違うなら、じゃあ、何の話してたんだよ。そう言う話だっただろ?
っと、そうじゃない。
俺は二人のペースに巻き込まれないように話を進める。
「俺は、俺のために二人にそこまでしていただくわけにはいきません」
「じゃあ、どうするの?」
「まだ、わかりません。でも、俺がアレクシス様の信頼を自分で勝ち取って見せます」
「分かったわ」とクラーラ様が言う。
良かった。分かってくれたようだ。
「じゃあ、ヴァンがダメだった時、どっちが婚約者になるか決める勝負をしましょう。アリシア」
「望むところです!」
ダメだ。分かってくれてない。
いや、それとも、俺にはそんなに信頼が無いのだろうか。