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ルーン魔術師とアレクシス・ラズバード・1


 建国祭の話をした、深夜のことだった。


 俺は部屋の外から漂う人の気配に目を覚ました。


 人の気配とかになんとなく敏感になってしまったのは、やはり師匠との特訓のせいかもしれない。寝ることだってままならないような環境に身を置いていた時期は短くない。


 グラン王国で軟禁されてた時は、扉の向こうには常に人が居て、その事が逆に安心感に変わっていたのだが、今ここでは扉の向こうに俺を見張っている人なんかいない。だから、その気配を強く感じとれてしまった。


 なんだか、この国にやってきてすぐにミラが謝りに来た時のことを思い出すな。

 きっと、今扉の前に居る人も悪い人じゃないだろう。

 コンコン、と小さく、それは眠っている人を決して起こさないように気を払ったノックがなった。


 ベッドサイドのランプに『発火』のルーンを使い火を点ける。


「どうぞ」と俺は言った。


 扉が開くと、メイド服のミラと可愛らしいドレスを来たアリシアが顔をのぞかせた。


「起きていたのですか?」


 心底驚いた様子で、アリシアが言った。まさか起きているとは思っていなかったのだろう。

 実際には、人の気配に起きたのだが、気負わせる必要もないだろうと僕は肯いた。


「そんなところ」


 それから、二人が扉を空けて部屋に入ってくると、後ろには騎士服のディアンも居た。

 三人に共通するのは、みんなの服装が寝る前とは思えないというところだった。


「みんなはどうしたの?」と俺は三人を見回しながら聞いた。


「少し、厄介……。いや、こういうのは不敬だな。忘れてくれ。ついさっきの事なんだがな、アリシア様の兄であるアレクシス様が先ほどお帰りになったんだ」とディアンが言った。


「アリシアのお兄さんが?」


 こんな夜中にか?

 驚きながらアリシアの方を見ると、彼女は肯いた。それから、なんだか言いにくそうに彼女は言った。


「それで、私たちも先ほど起こされて……。その、アレク兄さまが、呼んでいると」


 こんな夜中に、王女様を起こすなんて凄いなあ……。いやまあ、そのアレクシス様もアリシアのお兄さんってことは王子様何だろうけど。


「三人がここに来たってことは、俺も呼ばれてるって事ですか?」


「ヴァンは起きていたらでいい、とお兄様には言われたのですが……。その起きていらっしゃったので」


 正確には、みんなの気配に起きてしまったのだが黙っておこう。


「分かったよ。じゃあ、ちょっと着替えるよ」


「あ、あの!」とアリシアが俺を止めるように叫んだ。


「どうしたの?」


「その、お疲れではないでしょうか? もし、無理をされているようでしたら、アレク兄さまの方にはわたしから断っておきますが……」


 俺はなんだかアリシアが困っているようだと気が付いた。


「えっと……。どうすればいいんだろう?」


「アリシア様」とミラがアリシアに口添えする。「明日になればどのみちアレクシス様とヴァンは顔を合わせるでしょう。それに、ヴァンならきっと上手くやってくれると思いますよ」


その言葉に決心がついたのか、アリシアは太もものあたりのドレスをギュッと握ってしわを作った。それから下唇を少し噛んで、小さくうなずいてから彼女は言った。


「では、部屋の外でお着替えが終わるのをお待ちしています」


「うん。すぐ行くよ」


 三人が部屋を出た後、俺は掛けていたローブを取って着替える。その間に、アレクシス様のことについて少し考える。

 アリシアの口ぶりからすると、あまり俺を会わせたくないようにも思えた。もしも可能であれば、一度も会わせたくないのかもしれない。ミラが言うにはどうもそれは難しそうだけど。


 準備を終えて俺は部屋の外に出る。


「お待たせしました」


「いえ、待ってなんていません。それより、本当にありがとうございます。こんな時間だというのに」とアリシアが申し訳なさそうに言う。


「ううん。大丈夫だよ。それじゃあ、行こうか」


 アレクシス様が待っているという場所に行くまで俺はもう一つ考えていた。

 それが、ディアンがちょっとだけ漏らした、『厄介』という言葉。

 うーん。どんな人なんだろう。厄介、厄介かぁ。


「どうしましたか、ヴァン?」とアリシアが俺の顔を見上げながら小さく首をかしげて訊いた。


「さっき、ディアンが厄介って言ってたのを思い出してね。アレクシス様ってどんな人なんだろうって思ってたんだ」


「悪い……。出来れば忘れてくれるか、ヴァン」


「ど、努力するよ」


 俺の肩に手を置いて、頼み込むディアンのあまりの必死さに少したじろぐ。


 厄介という言葉で俺の頭に浮かんできたのは七英雄と言われていたみんなのことだった。


 剣聖カイザーと拳神リッカ。この二人は良く俺を運動に付き合え、と言ってぼこぼこにしようとしてきた。何とかぼこぼこにはならずにすんできたけど、厄介であることには変わりない。

 商会議長ハンス・ホード。俺に一番仕事を振ってくる厄介な人間だ。彼のせいで俺の仕事はあれだけ増えていたんじゃないかと思う節もある。まあ、軟禁されてたし、仕事が無いなら無いで、他にすることも多分なかったんだろうけど。

 賢者クラネス。俺たちをまとめていたのはクラネスだし、彼の指示で動くことは多かった。厄介って言うとちょっと違うかもしれないけど、彼が居なかったら、俺の在り方もおおきく違っていたんじゃないだろうか、とは思う。


 鍛冶王アグニと魔女ルーアンはどうだろう?

 アグニは話せばわかってくれる人だったし、ルーアンは良くお菓子をくれたなあ。二人とも無茶な要求をしてくることは無かったし。他の四人にくらべたら『厄介』ではないのかもしれない。


「着きました」とミラの声が僕を過去から現実に引き戻す。


 いつもの談話室の扉をミラが軽くノックすると、中から声が聞こえてくる。


「入れ」


 それは冷たく鋭い声だった。まるで、ちらつかせるだけでその場の空気を引き締める力を持っている氷の刃のようだった。扉の向こうからのただ一言だったが、そのような雰囲気を感じ取ってしまう。


「失礼します」


 心なしか、ミラの声もこわばっているような気がした。

 部屋には、国王のレグルス様とクラーラ様と、彼女の従者のカタリナさんがテーブルについていた。それから、もう一人、レグルス様の横に座る男が居た。きっと彼がアレクシス様なのだろう。もちろん、この場に居る人物の中で、他に知らない人はいないのでアレクシス様に当てはまるのは彼しかいないが、それ以上に、彼の顔立ちはまさにレグルス様を若くしたような顔立ちだったのだ。

 多分、この場以外で出会っても、俺は彼とレグルス様をなにかしら結び付けることが出来ただろう。

 アレクシス様は鋭い目つきで俺を値踏みするように見ていた。

 はじめに口を開いたのはレグルス様だった。


「とりあえず、座ってくれ」


 俺たちは空いている席に座る。


「あの、お兄様。どうしてこんな時間にお帰りになったのですか?」とアリシアが訊いた。


「今は建国祭で慌ただしいだろ? 俺が堂々と戻ってくると騒ぎになるからな。余計な負担は、避けられるなら避けたほうがいい」


 おお。なんかちゃんとした人だ。

 と俺は人ごとのように思っていた。

 だけど、次の瞬間、アレクシス様の目が俺に向く。


「君がヴァンか?」


 俺は肯いて、一礼をする。顔をあげると、アレクシス様と目が合った。相変わらず、俺を注意深く観察するような目線だ。                 


「お初にお目にかかります。ヴァン・ホーリエンと申します。今は、この王宮でアリシア様のルーン魔術の師匠として身を置かせてもらっています」


「聞いている。アリシアも、それからこの国も、随分と君の世話になったようだ」


「いえ、世話だなんて。俺はやれることをやっただけです」


「そうか」


「それで、どうして俺もここに呼ばれたんでしょうか?」


 俺が聞くと、アレクシス様は小さくうなずいた。


「そうだね。さっそく話をしよう」


 少しだけ、間を置いて彼は言った。


「ヴァン。悪いが、君にはこの王宮、そして、この国から出ていってもらう」


 はっきりとそう言ったアレクシス様の言葉に俺は少し考えた。

 だけど、俺が何かをいう前に勢いよく立ち上がったのはアリシアだった。


「ま、待ってください!」


「アリシア。お前の問題じゃない。静かにしていろ」


「そういうわけにはいきません、お兄様!」


 アリシアの反論に、アレクシス様の眉がピクリと動いた。

 それも見落とさないくらいには、俺もアレクシス様の事をしっかり見ていたし、自分でもびっくりするほど冷静だった。


「例え、お兄様のいうことでも素直に『はい』というわけにはいきません」とアリシアが声を荒げる。

 机の下では小さな左手でドレスを強く握りしめてしわを作っていた。


「ヴァンはお父様を、この国を救ってくださったんですよ。それを出ていけだなんてそんな仕打ちがありますかっ?」


「それには俺も深い感謝をしめそう。だが、こんな事態があったからこそ、その男をここに置いておくわけにはいかない。今は部外者はこの王宮から排すべきだ」


「ヴァンが部外者だというのですか?」


「内政的には部外者だ」


 きっぱりと言い切った。

 まあ、そりゃそうだ、と思う。俺はこの国のことに関して部外者に違いない。


「ヴァン」と俺の名前を呼んだのはアレクシス様だった。「随分と落ち着いているな。今自分が置かれている状況が分かってないわけでもあるまい」


「そう、ですね。なんというか、今までそう言う風に言われなかったことが不思議というか。アレクシス様の仰ることも正しいと思っているからでしょうか」


「ヴァン……。もしかして、出ていくおつもりなのですか?」


 不安そうにアリシアが訊いてくる。


「出ていく気は無いよ。でも、俺がここに居られるのは、自分の意思もあるけど、レグルス様が許してくれているからだ。ここにいてはダメだと言われれば……。悔しいけど、出ていくしかない」


「物事は、良く見えているようだな」


「ど、どうも。褒められてるんですかね?」


 アレクシス様は鼻で笑った。それからレグルス様の方に顔を向ける。


「父上。ご決断を」


「待ってください。お兄様。わたしだけ、仲間はずれにしないでもらえるかしら? まだわたしは何も言っていないのですけど?」


 全員の視線がクラーラ様に集まる。

 彼女は腕を組んで、とても不機嫌そうに口をへの字に曲げていた。


「なんだ、クラーラ?」


「王宮に居ていいのは関係者だけなのですね?」


 アレクシス様が肯く。


「でしたら問題ありませんわ。ヴァンは、わたしの婚約者です」


「お、お姉さまっ?」とアリシアが驚く。


 だが、意にも介さずクラーラ様はアレクシス様に続ける。


「まさか、わたしの婚約者を部外者とは言いませんよね?」


 にやりと、挑発的な笑みを浮かべていた。

 クラーラ様はきっと俺をここに残そうとしてくれるのだ。

 それに気付いたのか、アリシアもハッとして続くように言った。


「もし! もし、ヴァンをここから追い出すのであれば、わたしもここを出て、ヴァンについて行きます」


「……。それほどか」と小さくつぶやくアレクシス様は表情こそ変えなかったけれど、動揺しているように見えた。


 深いため息を着いたのは、レグルス国王だった。


「アレクシス。お前が国のことを考えてくれているのはよくわかった。それに、お前は次期国王でもある。だから、こうしよう。建国祭が終わるまでに、ヴァンがアレクシスの信用を得られない様であれば。然るべき処置を考える。いいか?」


 いいか、とは訊いているが、それは有無を言わせぬ口調だった。

 アレクシス様も静かに肯いた。


「わかりました。父上」アレクシス様が立ち上がる。「夜分に皆を集めて失礼をした。俺はこれで失礼させてもらう」


 そう言って、彼は部屋を出ていった。

 彼が出ていくと、部屋中の空気が弛緩していく。

 

 俺も少しホッとしていた。どうやら、ここに居ていい時間が少し伸びたようだった。


「ヴァン。期待しているぞ」


 ふと、レグルス国王がそう言った。


「あ、あはは。やるだけやってみます」


 どうしろって言うんだ。

 いや、ほんとに、どうすればアレクシス様の信頼を勝ち取れるのだろう。


 考えるが、これと言った方法は思いつかない。


「ヴァン。大丈夫です!」


「アリシア」


「追い出されるときには、わたしもついて行きますからっ!」


 それは大丈夫じゃなかった時の事では?

 だけど、そう言ってもらって嬉しくないわけはない。


「ありがとう。でも、そうならないように頑張らないとね」


「はい! わたしも精一杯協力します!」


「だけど、どうするつもり? 何か考えはあるのかしら?」


 クラーラが言った。


「ちょっと、考えてみます」


「そ。時間があるとは言わないけど、少しはあるものね。やみくもに何かするより、ちょっと立ち止まって考えたほうがいいわ」


 俺は肯いた。


「クラーラ様もありがとうございます。婚約相手なんて冗談まで言って俺を引き留めるために動いてくれて」


 だが、クラーラ様は、はて? というように首を傾げた。


「冗談? そんなつもりはなかったのだけれど」


「え?」


「正式に申し上げさせてください」


 クラーラ様はまっすぐに俺を見ていた。その顔は、かすかに笑っていた。


「ヴァン。わたしと正式に婚約を結びましょう」


「えっ? え? え?」


 アリシアは状況が飲み込めないみたいで、目を何度も瞬かせて俺とクラーラ様を交互に見ていた。

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