ルーン魔術師と姫様の弟子入り
結局、俺は二人について、ラズバード王国まで護衛をすることにした。
時代遅れなりに精一杯頑張ろう。せめて足手まといにはならないようにしないと。
賊に襲われて亡くなった、ディアンさんの部下たちを簡単に弔って、俺たちは西を目指して歩いていた。
歩きながら、俺が無職の旅人をしている経緯を何となく説明する。
十五歳のころから王宮で十年間ルーン魔術師として働いていたこと。
その間、王宮から一歩も出ることが出来なかったこと。
そして、俺の代わりの新しいルーン魔術師が見つかり、しかも、使う機会のなかったのに、ズルをして高給を取っていると言われ、王宮から追放されたこと。
二人はそんな話を親身になって聞いてくれた。
「あの、ヴァン様」
突然、呼ばれたことのないそんな呼び名で呼ばれるので体が跳ねるほどに驚いた。
「ヴぁ、ヴァン様!? や、やめてくださいよ。ヴァンでいいですよアリシアさま」
しかも、王女様からそんなふうに呼ばれるのだ。心中穏やかではない。
それに、自分でいうのもなんだが、様で呼ばれるほどの人間ではないのだ。断じてない。
「では、わたしのこともアリシア、と呼んでください!」
「え、えぇ! それは……」
できないでしょ。だって王女様だよ?
どう対処すればよいのやら。助け船を求めてディアンさんを見る。
彼は顎髭を一回だけなでると、その無骨な顔立ちからは想像できないほど柔らかく笑った。
きっと何かしらの対処をしてくれるだろう。さすがに、自国の王女様が、どこの馬の骨かもわからない男に呼び捨てなんてされていいはずがないのだ。
「では、俺のこともディアンと呼んでくれ」
「なんでそうなるの!」
思わず叫んでしまう。
「それは当たり前ではないですか」と、アリシアが言う。「わたしたちは、ヴァン様がいなければ、今頃命があるかどうか、という危機的状況でした。ヴァン様はわたしたちにとって、神様といってもいいほどなんです」
どうしても引き下がらないという意思を俺に見せる二人。
もうどの方向に折れればいいのかわからない俺の心はあきらめ方向にぽきりと折れた。
「うぅ……。じゃ、じゃあ、せめて対等にしませんか。俺がお二人のことを呼び捨てにするなら、二人も俺のことを呼び捨てにしてください」
さすがにそうじゃないとやってられない。精神的に。
二人は目を見合わせて、頷いた。
「どうしてもというなら、そうさせていただきます。それでも、申し訳ないと思うんですが」ううん。そんなことないよ。大丈夫。「あの、話は戻るのですが、十年間も軟禁されていたなんて大変ではなかったですか?」
あー、そんな話だったな。
「大変……。うーん、大変かぁ。確かに一、二年目は大変だったかも。三年ぐらい経っちゃったら、普通に思えてしまったんですけどね。そういえば、アリシアさ……とディアン……はどうしてここに?」
「俺たちは、グラン王国の国王が代わるって聞いて、そのお祝いに来てたんだ。外交の一つだな。それで、今から帰ろうってところで襲撃にあったんだ」
なるほど。
うーん、でもそれって。
「狙われてたってこと? そう言えば、あの賊たちも依頼がどうとか言っていたような気がする。あ、もしかして、逃がしちゃダメだったのか」
「いやいや、姫様を助けてもらっただけで頭が上がらねえよ。そこまで、ヴァンが気にする必要はない」
「……。そっか」
でも、心には留めておこう。護衛をやるからには、適当な仕事をする気はないし。
「それにしても、お祝いって、王女様が来るんですね。俺は王様が来て、王様同士で話すものかと思ってました」
そう聞いた途端、二人は立ち止まった。
「あ、それは……」
「姫様……」
少し、アリシアがうつむきがちになり、それをディアンが心配している。
何か聞いちゃいけないことだったかも。うぅ……。王族こわい。
「ご、ごめんなさい。あの、気にしないでもらえたら――」
「いえ、これから護衛をしてもらうなら、知っておいてもらったほうがいいです。なんで、国王であるわたしの父ではなくて、わたしがここに来たかを」
アリシアは俺に向き直る。俺はといえば、顔を背けてしまいたかったが、そうしたくても、できないほどアリシアの顔は真剣だった。
「本来なら、今回も、父が行くべきだったんです。でも、わたしたちの国は、グラン王国ほど裕福じゃなくて、父が出るとなると、大勢の兵士を動かすことになるので、すごくお金がかかります。だから、代わりにわたしが来たんです」
「でも、それにしたって、護衛が少なくない? だって、さっき弔った兵士が三人。それに隊長のディアンで、四人しかいないっていうのは」
国王ほどじゃないにしても、もう少し護衛をつけるべきだろう。
こんなの、まるで――。
「わたしは、ラズバード王国にとって死んでもいい存在なんです」
俺が思いかけたことよりも、もっとひどい言葉で、アリシアが口にした。
「わたしの国では、王族には強さが求められるんです。だから、魔力の少ないわたしは、王族にとって必要がないんです。だから、都合のいい政治のコマとして、使われているんです」
それから、彼女は俺の手を取った。暖かくて、やわらかい感触が俺の手を包む。
「わたしの魔力を見てください」
魔力を見る。相手の体に触れ、自分の魔力を少し流しあうことで、お互いがどれくらいの魔力を持っているかを知ることができるのだ。
そして、アリシアに魔力を流すと、彼女からも魔力が流れてくる。
確かに、彼女が言った通り、アリシアも魔力が少ないようだった。
アリシアは驚いたような顔をしていた。
「本当だ。魔力が少ないね」
「は、はい。ヴァンも、魔力が少ないんですね。わたしと、同じくらい……」
「驚いた?」
「はい。だって、あんなに強かったのに、なんで……」
「ルーン魔術に魔力の多さはほとんど関係ないんだ。起動するためにちょっと魔力があれば、それで足りる。大事なのは、知識と、思いと、想像力ってところかな」
「あ、あの! それは、わたしにも使えるのでしょうか?」
「努力次第、じゃないかな?」
「教えていただくことは、できないでしょうか? 護衛中だけでいいです! お願いします」
「うーん、俺のルーン魔術は時代遅れらしいんだけど、それでもいいの?」
そういうと、アリシアの顔がパッと花咲く。
「はい! お願いします! ヴァン師匠!」
師匠。そう言われて、すこしムズムズする。なんだか、恥ずかしいような、うれしいような。俺が初めて師匠のことを師匠って呼んだ時も、師匠はこんな気持ちだったのかなぁ。
「じゃあ、時間があるときに、少しずつ教えるよ。あと、師匠はつけなくていいよ」
俺にはまだ似合いそうにないしね。
「ありがとうございます。ヴァン! 大好きです!」
そう言って、アリシアが勢いよく抱き着いてくるから、俺はよろめいて、しりもちをついてしまった。
やわらかい感触に抱かれながら、上を見ると、そこにはディアンが立っていた。
やば。怒られるやつじゃん。ただ、俺に抱き着いてくるアリシアを俺はどう扱えばいいのかわからなかったから、ディアンが何とかしてくれるだろう、と、ほっと安心もしていた。
だけど、彼の反応は違った。
「ヴァン! そのルーン魔術。俺にも教えてくれないか!」
それよりも、この状況をなんとかしてくれないか?