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ルーン魔術師とミトン

 村の入り口には数台の馬車とそれを囲うように出来ている人だかりが見えた。


「大丈夫っ!?」

「待ってて! 今、薬が来るから!」

「ぱ、ぱぱ! 助かるよねっ! ね、ねっ!」


 悲痛な声が聞こえてくる。

 慌てて駆け寄ると、馬車の周りは本当に悲惨な状況だった。


 寝かせられている人が六人。

 彼らは脇や腹に大きな傷が出来ていて血が止まっていない。

 呼吸も絶え絶えで、早く直さないと本当にまずそうだ。


 それから、何とか動けているのが五人。

 だけど、それでも腕や肩なんかから多少の出血が見られる。


 まずは、早くあそこの六人を治さないと。


「みんなっ!」


 俺が動き出していた時、追いついてきたミトンがその惨状を見て叫んでいた。

 ちらりと振り返ると、ミトンは口を手で覆って、目を見開いて、今にも泣き出しそうな顔をしていた。


 俺は倒れている一人に、【治癒】のルーンを書いていく。


「ミトン姉っ! ねえ、治るよね! パパ、治るよね!」


 後ろでは一人の女の子がミトンに泣きながら訴えかけている。

 きっと、倒れている人の中に彼女のパパが居るのだろう。


 俺がちゃんと助けて見せる。


「ねえ! ミトン姉!」


 ミトンはその子から逃げるように、ゆっくりとルーンを描いている俺のほうに歩いてきた。


「なに、やってるの?」


「大丈夫。ミトン」


「大丈夫って……」


「俺が治すから」


「え……」


 ちょうどルーンを描き終えた。

 発動させたルーンが光る。


「う、うう……。う、ん、な、なんだ? 何が起こった。痛くねえ……。痛くねえ! き、傷が治ってる!」


「パパ!」


 傷が合った場所をさすりながら起き上がった男は泣いていた少女のお父さんだったようだ。

 勢いよく、お父さんに飛び込んでいた。


「ほ、本当に、治ったの?」


「うん。傷なら、俺は治せる。って、こんなことを話してる場合じゃないね。どんどん治していかないと」


 俺は次々に倒れている人にルーンを描いて治していく。

 幸い、手遅れになってしまった人はいなかった。


 悲壮感が漂っていたが、今ではほっとしたような空気に包まれている。


「ふう。何とかなったね」


 比較的軽傷だった人たちも治し終えて一息ついていると、ミトンが近づいてきた。彼女はどうしたのか、何も喋らない。なんだかもじもじと俺の様子を伺っているみたいだった。

 結構、元気なイメージがあったのだが、妙にしおらしい気がする。

 どうしたんだろ?


「その、ありがとう。本当に」


「どういたしまして。ミトン大丈夫?」


「えっ。な、なんで? どうして?」


「いや、なんかさっきまでの元気が無いなって思って」


「う、うん……。一つ聞いていい?」


「なに?」


「ヴァンって、一体何者?」


「えーっと、一応、ルーン魔術師やってます。って、ルーン魔術師じゃないんだっけ。なんか、知り合いが言うには俺のルーンは古代ルーン魔術っていうらしいんだけど……。俺もよく分かってないんだよね」


 そう言うと、ようやくミトンは笑った。


「ふふっ。よくわかってないんだ」


「うん。師匠に聞けば何かわかりそうなんだけどね」


「師匠?」


「ああ。言ってなかったっけ。ほら、ミトンが知ってるっていうクロノスって人。俺の師匠なんだ」


「あ……」


 ミトンの顔がまた曇る。今度はなんだか、罰が悪そうな。そんな顔だ。


「あの……。ヴァン。謝らないと行けないことがあるんだけど……」


「どうしたの?」


「あのね――」


 その時だった。


「二人とも。ちょっといいか?」


 傷を治した男の一人が俺たちに話しかけてきた。


「どうしましたか。もしかして、傷が治ってませんでしたかっ?」


「いや、そんなことは無い。完治している。本当にありがとう。それとは別のことでな。俺たちが襲われた魔物の事なんだが」


「ハンターウルフ……」


 ミトンが呟く。


「そうだ。俺たちが襲われたのはハンターウルフ。それと、その上位種のハンターウルフリーダーだ。ハンターウルフがFランクの魔物だが、リーダーは一気にBランクに上がる危険な魔物だ。だからこそ、そこまで成長する個体は滅多に現れないんだがな……」


「それで、その魔物がどうしたんですか?」


「あいつらはな、一度狙った標的に対する執着が凄いんだ。一応持ってた魔物避けの強いにおいを放つ煙玉を使って逃げてきたはいいが、あいつらの鼻が治ったらきっと血の匂いを辿って追ってくる。それくらいには、俺たちは血を流しすぎた。だから、戦えない奴は早くここから逃がさないといけない。協力してくれないか」


「あの、あなたたちは?」


「戦うに決まってるだろ」


「なら、俺にも手伝わせてください」


「ヴァンっ?」


 ミトンが驚くが、困ってるなら手伝うのは当たり前だ。


「……。いいのか?」


「はいっ! みなさんのお手伝いをするためにここに来たので」


「そうか。助かるよ。だが、危ないと思ったら逃げてくれ」


「分かりました。それで、魔物はどっちからきますか?」


「あいつらは絶対に血の臭いを辿ってくる。だから、あっちだ」


 そう言って、男は魔物の来るだろう方向を指さした。

 分かりやすく馬車の通った跡がある。


「分かりました。ちょっと、準備してきます。あ、ミトン。さっき割ってた薪を借りてもいいかな?」


 来てる方向が分かってるならありがたい。

 ルーン魔術師にとって、敵が来るのを待つ戦いほど楽なものは無い。きっと力になれるはずだ。


「い、いいと思うけど……。じゅ、準備って、何をするのヴァン?」


「もちろん。ルーンだよミトン」


 そう言い残して、俺は薪を持って村の外に向かった。


 *


 ルーンの準備は終わった。


 何本もの薪に描いたのは、【木縛】と【火炎】のルーンだ。


 馬車の通った道に【木縛】のルーンを描いた薪を設置する。

 木縛のルーンでとらえた魔物に【火炎】のルーンを投げ込んで攻撃する。


 これが俺の作戦だった。


「これで大丈夫、ヴァン?」


 ルーンの設置を手伝ってくれたミトンがそう言う。

 ミトンだけではなく、動ける狩猟団の人にも手伝ってもらっている。


「うん。ありがとう。あとは……」


 来るのを待つだけだ。


 それから、数分待つと遠くに小さな影が現れた。

 それはいくつにも増えて、段々とこっちに向かってくる。


「来たよ! ヴァン!」


 数は十数体。

 その先頭の一匹。やけに身体が大きいのが居た。恐らく奴がリーダーだろう。


「うん。俺が合図したら、みなさんの手前にあるルーンに魔力を込めてください。光ったらハンターウルフに向かって投げてください」


 全員が頷く。

 ハンターウルフたちはの姿は近づいてきてどんどんと大きくなってくる。


「ウォオオーーーーーーン!」


 俺たちを威嚇しているのか、ハンターウルフが走りながら吠えた。

 それと同時に、俺は叫んだ。


「お願いしますっ!」


 全員が手元にあるルーンに魔力を込める。ルーンが光り、薪を投げる。

 何本もの光る薪がハンターウルフの群れに向かって飛んでいく。

 一気に発動する【木縛】のルーン。群れ全体を覆うように薪から木の枝が伸びる。それは、まさに巨大な網のように彼らを押さえつけた。


「キャウンッ!」


 進行を止められたハンターウルフたちが木の網を破ろうと暴れるが、俺たちはもう次の【火炎】のルーンが描かれた薪を投げ込んでいた。


【火炎】のルーンが発動して、木の網に燃え移る。

 ハンターウルフの悲痛な鳴き声が聞こえるが、もう彼らに抵抗する術はなかった。


 次々と力付き倒れるハンターウルフ。

 だが、一体だけ。


 一際大きい個体。ハンターウルフリーダーだけが、まだ立っていた。

 よろよろとこちらに近づいてくる。まだ戦う気らしい。


 俺は近くに転がっていた石に【衝撃】のルーンを描く。


 そして、ルーンを発動させたその石を思いっきり投げつけた。


 当たった石は、ハンターウルフリーダーの身体を大きく吹き飛ばした。倒れた身体は、もう起き上がることは無かった。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 狩猟団の人たちが勝どきを上げる。


「まじかっ! こんなに簡単に倒せちまうなんて!」

「すげえよあんた! 本当にこの村に来てくれてありがとう!」

「うおおおおおお! 胴上げだああああああああ!」


「えっ! ちょ、ちょっと待って!」


 抗議もむなしく、俺の体はがっちりと抑え込まれる。

 そして、


「うおおおおおおおおお! わーっしょい! わーっしょい!」


 宙を舞った。


 *


 夕日が綺麗だった。


 王都に戻って最初にそう思った。


 あの後、ぜひ泊って行ってくれ、と引き留められたけど、アリシア達が心配しそうなので遠慮して帰ってきた。

 何か困ったことがあれば、何でも頼ってくだされ。と、村長さんも言っていたし、何か困ったらちゃんと頼ろう。


「本当に、ありがとうヴァン」


 王都に一緒に戻ってきたミトンがそう言った。


「力になれてよかったよ。あの。それで、師匠、クロノスって人の事なんだけど」


「ごめん!」


 ミトンが勢いよく頭を下げる。


「え、ど、どうしたの?」


「本当は、あたし、そのクロノスって人の事、何も知らないんだ!」


「ええっ!」


「本当にごめん! 村が困っててさ、見てもらった通り、お金もないし、井戸も枯れてたし、武器や斧だってほとんど使い物にならなかったでしょ。だから、最初は冒険者さんを呼んで狩りだけでも手伝ってもらおうと思ってたんだ」


「そ、そうなんだ。でも、最初は井戸の事とか頼んでたよね? あれはどうして?」


「それは……。最初に出来ないことを押し付けて……。後から、いちゃもんを付けて、報酬を値切るために……。だから、ヴァンも井戸とか武器なんか直せないと思ってたから、それを理由にクロノスって人の情報は渡せないって言おうと考えてたの」


 なるほど……。

 確かに、その方法を取ろうと考えてたなら師匠の情報なんて知らなくても何とでもなるのか……。

 だけど、それは俺が仕事を出来なかった時の話で、俺は今回それをちゃんとやってしまった。

 何度も浮かない顔をして居たと思ったけど、ミトンはそれで困っていたのか。


 そういえば、子供が『カモ』とか言ってた気がする。


「もしかして、他の冒険者にも?」


「う、うん……。この方法で、値切ってた」


 ミトンは怒られている子供みたいに肩を丸めて小さく頷く。


「そうなんだ……。分かったよ。ミトン。俺は許すよ」


「え、本当?」


「うん。でも、代わりにもう他の冒険者にもこの方法は使わないこと。それでいい?」


「うん。分かった。ありがとうヴァン。それで、今回の報酬なんだけど……」


「報酬? でも、情報は無いんだよね?」


「だから、他の報酬。あのね……。あたしを、好きに使って――」


「お、ヴァン!」


 聞き覚えのある声だった。

 振り返ると、そこには鎧を着て大きな剣を持った男が居た。

 アリシアの近衛騎士隊隊長ディアンだ。


「どうしたんだ。こんなところで」


「ちょっと仕事をね」


「そうなのか。この子は?」


「ああ、えっとミトンって言うんだ。えっと、ミトン。この人は」


 俺がミトンにディアンを紹介しようとすると、ミトンはわなわなと身体を震わせていた。


「ディ、ディアン様!?」


「あれ? 知ってるの?」


「し、知ってるも何も……。有名人っていうか……。知らない人はここにはいないっていうか」


 まあ、それもそうか。

 何となく俺は納得する。

 近衛騎士隊長だしね。


「ヴァンは今から帰るのか?」


「うん。そのつもり」


「じゃあ、一緒に戻ろうか。あー、ミトンと言ったか? 君も来るか?」


「い、いえ! そ、そんな! あたしなんかがとんでもないっ!」


 ミトンは必死に首を振る。うんうん。わかる。王城なんて普通行きたくないよね。


「ふむ。そうか。では、帰ろうか。ヴァン」


「そうだね。じゃあミトン。またね」


「あ、ま、まって……ください。ヴァン……さん」


 なぜか敬語になるミトンに俺は思わず笑ってしまった。


「あはは。敬語じゃなくていいよ。同じ冒険者でしょ。それで、どうしたの?」


「あの、報酬は……」


「あー……。そっか……。うーん、じゃあ、貸しでもいい? また、俺が何か困った時に頼らせてよ」


「わ、分かった。ヴァンがそれでいいなら」


「うん。いいよ。じゃ、またね」


「うん。また、ね」


 ミトンの橙色の髪が夕日を受けて綺麗に輝いた。


「ディアン様と一緒に王城に帰るなんて……。本当に、何者なんだろ、ヴァンって……」


 その呟きは、俺の耳には届かなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言]  クラーラが出た辺りから、読んでて面白いと思えなくなった。  この先の展開にも期待できなくなった。
[一言] 書籍かおめでとうございます! 嬉しい
2021/06/15 06:09 退会済み
管理
[良い点] 書籍化おめでとうございます
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