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ルーン魔術師と小さな村

 馬車に乗って二時間ほど揺られてついたのは、小さな村だった。

 ただ、復興と聞いて想像していたほど廃れているというわけではなく、普通の村のように思える。


「ようこそ。クデバルへ」


 馬車から踊るように降りたミトンが開口一番にそう言った。

 馬車から解放されたのが嬉しいのか、くるくると回っている。


「それで、一体俺は何をすればいいの?」


 俺も馬車から降りて聞いた。


「あー……。そうだねえ。じゃあ、まずは……」


「あー! ミトン姉だ!」

「帰って来たんだ!」

「その人、だれーっ?」


 村の子供たちが寄ってきてあっという間にミトンを囲んでしまった。


「ちょーっと、みんなあっち行っててくれる? お姉ちゃんは、今からこの人とお仕事しないといけないの」


「あーっ! またカモって人連れてきたんだ!」

「村長さんが駄目って言ってたよー!」

「ミトン姉行けないんだー!」


 か、カモ?


「わ、わ、わーっ! ほ、ほら、みんなはやく散った散った! そ、そうだ! そろそろみんなご飯の時間でしょ」


「まだ父さんたちが森から帰ってきてないんだよー」

「ねー。だから、ご飯もまだなんだー」

「食べるものもないしねー」


「「「ねーっ」」」


「分かったよ! 分かったから、とりあえずあっちに行ってて! ね!」


「「「ちぇーっ」」」


 子供たちが立ち去ると、ミトンはふう、と一息ついていた。


「あー、えーっとね」


「あの、聞いてもいいですか?」


「うぇっ! あ、えっと……うん。なにかな?」


 すっごい動揺してるみたいだけど大丈夫かな?


「食べるものが無いというのは?」


「あー……。うん。そっちか……」


 今度は、安心したように肩を下ろしている。

 どうしたんだろ?


「まあ、そんなに気にすることでもないよ。そんなに裕福な村じゃないからね。特別、特産品があるわけでもなく、農作物が多くとれるわけでもないんだ。だから、たまに今日食べるものがなくなるって事があるんだよ」


「そうなんだ。結構困ってるんだね」


「あはは。人間、一日や二日何も食べなかったって死なないからねえ」


 なんでも無い風にミトンはいうけど、結構な問題じゃないかな、それ。

 何とかしてあげられるならしてあげたいなあ。

 って、そのために来たんだよな。よし。頑張ろう。


「それで、何をするんだっけ」


「あ、そうだったね。じゃあ、ついてきて」


 俺はミトンの後をついていく。


 食べるものが無いなんて重大な事を聞いて、その時の俺は『カモ』については完全に忘れてしまっていた。


 *


「これは……。井戸?」


「そ、井戸」


 最初にミトンに連れられたのが、古びた井戸の前だった。


「これが、どうしたの?」


「まあ、見てて」


 ミトンが適当な小石を拾って井戸の中に投げ入れる。

 しばらくすると、カツーン、と硬い音が返ってきた。


「枯れてるのか」


「うん、そうなんだ。それでね、なんか、この井戸をもう少し深くして、補修をすれば、また水が湧くらしいんだけど出来るかな」


「う、うーん」


 井戸を掘るって……。

 俺には出来ないなあ。


 ルーンを使って、でっかい穴を空けることは出来るけど、井戸も壊しちゃうよなあ。

 でも、俺に頼むってことは、普通の冒険者になら出来るんだろう。

 他の冒険者なら出来るんだろうか。冒険者ってすごいなあ。


 いきなり期待外れで申し訳ないなあ。


「これ! ミトン! 何をしとるか!」


「げっ……。村長……」


 俺が悩んでいると、一人の老人がやってきた。どうやら村長らしい。


「子供たちから聞いたぞ! また、冒険者の方に迷惑をかけるつもりか!」


「い、いやあ……。そのお……」


 なんだか困った様子だ。

 別に俺は迷惑でも何でもないんだけど。


「村長さん。初めまして俺はヴァンって言います。俺は迷惑じゃないので、ミトンさんをそんなに責めないで上げてください」


「し、しかしのぉ、ヴァンさん……」


「それよりも、井戸がこんな状態で水はどうしてるんですか?」


「水か? この村には水魔法が使える者もおらんでな。近くの川まで汲みに行っておるよ。少し遠いが、まあ必要なことじゃからな」


 そうなのか。大変そうだ。


 何とかしてあげたいなあ。

 もう少し掘れば、水が出るから、もう少し掘ってほしい……。


 いや、別に掘らなくても水が出るならそれでいいんじゃ?


「あの、水が出ればいいんですよね?」


「そ、そうだけど……。え、本当にやるつもり?」


「いや、ごめんミトンが言ったようには出来ないな」


「そ、そっか。じゃあ、そう、次に行こうか。ね」


「ちょっと待って。でも、水が出るようには出来るよ」


「へ?」


「ほ、本当ですかヴァンさん」と、村長さんが聞いてくる。


「ええ。出来ますよ。ちょっと、時間をもらいますけどいいですか?」


「も、もちろんです! ですが、一体どうやって……」


「ルーンですっ!」


 俺は、ローブからナイフを取り出す。

 まずナイフに【強化】のルーンを描き、発動させる。

 これで、井戸に刃を立てても刃こぼれしないはずだ。


 何をやっているのか、とミトンと村長が俺の手元を覗き込んでくる中、俺は井戸の側面にナイフでルーンを刻んでいく。


 刻むルーンは【湧水】のルーンだ。

 容器に刻んだりすると、容器を満たすように水が湧き出てくる。

 枯れ井戸なんてのは、一番相性がいい。


「そ、それは?」


「【湧水】のルーンです。これに、魔力を込めてください。試しにミトンさんお願いします」


「う、うん。わかった」


 ミトンが魔力を込めるとルーンが青く光る。


「え、な、なにこれ! 凄い! 本当に水が!」


「お、おおおおおおおお! なんじゃこれは! あの枯れ井戸に、再び水が!? き、奇跡じゃ!」


 あっという間に井戸を満たしてしまった水に二人は驚いている。

 村長さんなんてそのまま腰を抜かしてしまいそうだ。


「えっと、奇跡じゃなくてルーン魔術です……。それで、このルーンなんですけど井戸に刻んだのでしばらくは使えるとおもいます。ただ、ルーンだけは壊さないように気を付けてくださいね」


「お、おお。そ、そんな。感謝します救世主様……」


「あ、あの、救世主じゃなくてヴァンです……」


 手を取ってそんなことを言われるもんだから、軽く引いてしまう。


「そんな……。本当に水が……」


 ミトンは井戸を満たした水に写る自分の顔を茫然と見つめていた。


「ミトン?」


「え? あ! いやあ、ごめん! えっと、なにかな」


「いや、困ってることがいっぱいあるって言ってたから、他には何があるんだろうって思って」


「あー……。えーっとね。じゃ、じゃあ、こっちに来て!」


 走り出すミトンを俺も追いかける。


 振り返ると、村長さんはまだ井戸を拝んでいた。


 *


 それから、武器の手入れを頼まれた。


 村の倉庫に入ると、そこにはいくつもの斧や剣があった。

 どれも刃こぼれしていて実戦に耐えうるものじゃなかった。

 きっと使いつぶしたものを倉庫にしまったんだろう。


 とりあえず片っ端から【鋭利】のルーンを刻んでいった。


 これで使い物にはなるだろう。


 ルーンを書き終わった斧を、今一人の男が持っていた。

 彼も村の住民らしい。


 彼の目の前には薪が置かれている。


 男は斧を振り下ろす。


 パコーン、といい音を立てて薪が真っ二つに割れた。


「す、すげえ。こんなボロ斧で薪が一発で割れるなんて……」


「よかったです。とりあえず使い物になるみたいですね。でも、斧や武器自体にガタが来ているので、出来れば早めに買い換えたほうがいいと思います。すみません。俺が出来るのは一時凌ぎくらいのことで」


 そう言うと、男にガッと肩を掴まれる。


「うわあっ!」と、びっくりした俺は情けない声を上げた。


「う、うう。構わねえ。構わねえよ。こんだけしてもらえりゃ、狩りもはかどる。そしたら武器を買う余裕も出来る……。本当に、ありがどよぉ……」


「そ、そんな泣かなくても……」


「ミトン。お前はいつまでも下らねえ事をしてると思っていたが……。まさかこんなお人を連れてくるなんてなあ。見直したぜ」


「え、ああ、うん……」


 だけど、ミトンはどこか浮かない顔をしていた。

 どうしたんだろ。

 まだ困ってることがあるのかな。


「えっと、ミトン? 他にも何かできることがあれば……」


「大変だあっ!」


 村中に響き渡る大きな声が聞こえたのはその時だった。


「森に出た狩猟団の奴らが、魔物にやられて帰ってきた! 大怪我だ! 薬を集めて来い! 早く!」


 ミトンに聞くまでもなくわかる。大変なことが起こっている。

 それを理解した俺は自然と走り出していた。

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― 新着の感想 ―
[一言] まさかとは思うけれど、実はミトンちゃん冒険者ですらなかったりとかw 展開が楽しみです
2021/06/13 15:35 退会済み
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