ルーン魔術師と小さな村の冒険者
「ごめんなさいヴァン。お付き添い出来ずに」
「大丈夫だよアリシア。それよりも、あまり無理をしないようにね」
「ありがとうございます。ヴァン。それでは、お気をつけて行ってらっしゃい」
「うん。行ってきます」
そんな会話をしたのが今朝のことだった。
せっかくのアリシアの仕事を邪魔するのもよくないだろう、と俺は一人王宮を出たのだ。
王都に繰り出した俺は冒険者ギルドに向かっていた。
それもこれも、ゼフさんが言っていた師匠が魔族の領地に居るという情報。
俺は、ここに残ることを決めたが、気にならないというわけではない。
せっかく時間が出来たのだし、何でもいいから少しでも調べておこうと思ったのだ。
それをディアンに話したところ、
『そういった情報なら、冒険者に聞いたほうが早いかもしれないな。運が良ければ魔族領に行ったことのあるやつもいるかもしれないしな』
と、言われたのだ。
「えーっと、ディアンにもらった地図だとこの辺なんだけど……。っと、ここかな?」
見上げると、『ラズバード王都冒険者ギルド』と書かれた看板がかかっていた。
うん。間違ってはなさそうだ。
ギルドの扉に手を掛けながら、俺は少し前の事を思い出していた。
カフラの街で初めて冒険者ギルドに入った時は思いっきり睨まれたんだよなあ。
出来れば平穏にいきたい……。
「お、お邪魔しまーす……」
何事もありませんように、と願いながら俺はギルドの中へと入る。
ギルドの中は中々に盛況だった。カフラのギルドで経験したような皮膚がひりつくような空気感は無く、俺を睨んでくるような人もいない。どこか和やかな雰囲気がそこには漂っていて、俺に視線をくれる人も居るには居たが、何事も無かったかのようにもとの作業に戻る。
そんな状況に俺はひとまずほっとしていた。
後は仲良く話せて、あわよくば師匠の情報にありつければいいんだけど。
もちろん、このギルドに顔見知りなんて居るはずもない俺はとりあえず受付まで向かう。
「ラズバード王都冒険者ギルドへようこそ。ご用件をうかがいます」
受付のお姉さんはそんな言葉と、口角をきっちりと上げた笑顔で俺を向かえてくれた。
「情報が欲しくて来たんですが、魔族領に行ったことのある冒険者の方ってこのギルドに居ますか?」
「魔族領ですか……。危険な場所ですから、行ったことがあるというならBランク以上の冒険者になると思いますが。どんな情報をお求めですか? 例えば、魔族領に関して一般的に知られている情報ならギルドで扱っている情報もありますけど」
流石に師匠の事が一般的に知られてるなんてことないよな。
「うーん。魔族領にいるかもしれない人を探してるんです。クロノスって言うんですけど」
「人探しですか。それでは、ギルドで扱っている情報では引っかからないでしょうね。それに、クロノスさん、ですか……。ごめんなさい。耳にしたことが無いですね」
やっぱりそうか。
予想は出来ていたことなので、これに関しては何も思わない。
「Bランク以上の冒険者さんをご紹介しましょうか?」
「そこまでしてもらっていいんですか?」
「それも仕事ですから。ですが、確実に情報が得られるというわけでは無いですし、あと、情報量も求められると思いますが構いませんか?」
「もちろんです。よろしくお願いします」
冒険者に話しかけづらいと思っていた俺にはまさに願ったり叶ったりな提案だった。
迷うこともなくその受付嬢にお願いして、紹介されるままに冒険者に話を聞いて回る。
受付嬢さんパワーもあってか、話は順調に聞いて回れた。
まあ、聞いて回っただけだったが……。
「居ませんでしたね……。情報を持っている人……。すみません。お力になれずに……」
「げ、元気出してください! 俺もそんなにすぐに見つかるとは思ってませんでしたから」
結局、期待した情報は得られなかった。
その結果、なぜか俺より落ち込む受付嬢さんを必至に慰める。
「ぐすっ……。後は、待つことになりますが依頼を出す方法があります。魔族領となると、依頼を出しても見てきてくれる方がいるかは、正直分かりませんが」
「いえ、そこまでしてもらわなくても大丈夫です」
「そうですか……」
俺がここに残ると決めたのに、誰かに代わりに行ってもらうなんてのはちょっと気が引けるし。
「分かりました。それでは、冒険者ギルドをこれからもよろしくお願いします」
まさかここまで力になってくれるとは思わなかったな。
受付嬢さんに見送られて冒険者ギルドを出る。
日はまだ高かった。
王都を見て回って帰ったらちょうどいい時間かもしれないな。
「ちょいとお兄さん」
さて、どこに行こうか。
とりあえず、あの孤児院の様子を見に行ってもいいな。
ああ、そう言えばルーン屋なんてのもあるんだっけ。
ちょっと気になるし、そこに行くのもいいか。
「ちょっと! そこのローブのお兄さん!」
ぐい、とローブを後ろから引っ張られて、足だけが前に行こうとする。
「うわぁっ! お、俺? ってか、ローブ引っ張らないで!」
危うく後ろに倒れるところだった。殺す気かよ。
殺気のような感覚は無かったのでもちろん違うとは分かっているが、それでもいきなり人の服を後ろから引っ張るとはどういう了見だろうか。
そんな奴の顔を一目見ておこうと振り返ると、そこには冒険者っぽい格好の少女が居た。
すらりとした立ち姿に、丈の短いズボン、引き締まったお腹が見える開放的なシャツ。腰には、ダガーだろうか。鞘に収められた短い刃物がある。
冒険者と判断するには十分だろう。
年は十代後半に見えた。アリシアよりは年上そうだ。
太陽の光の色をそのまま吸い上げたみたいな、ヘアバンドを巻いた橙色の髪といたずらっぽくもあるが人懐こい笑顔が特徴的だった。
「ねえ、お兄さん。人を探してるんだって? クロノスって人」
「えっと、そうだけど、君は?」
「あたしは、ミトン・シーエル。もちろん、冒険者。あなたは?」
「俺はヴァン・ホーリエン。えっと、俺も一応冒険者、かな?」
冒険者証はもってるし間違いはないだろう。
「そうなんだ。ま、前置きはこれくらいでいいかな? 本題なんだけど、クロノスって人の情報が欲しいんでしょ?」
「うん。そうだけど、なんの情報も集まらなくって。諦めてたところなんだ」
「ふぅん。ね、もしあたしが情報を持ってるって言ったら、どうする?」
「知ってるの? ぜひ教えてほしいんだけど。あ、そっか、えっと、情報料がいるんだっけ」
さっきの受付嬢さんから聞いた話だと、そうだった。
俺がお金を取り出そうとすると、ミトンは慌てて俺の手を止めた。
「ちょっと待った!」
「え、どうしたの?」
「お金じゃなくてさ。ちょっと手伝ってほしいことがあるんだ。ヴァンは情報が欲しいけど、あたしはお金はいらないの。今あたしが欲しいのはお手伝い。ね、お互いが必要な物を差し出す。理にかなってるとは思わない?」
「確かに……そうかも?」
納得できるところはある。
それに、ミトンもそう言うってことは、多分何かに困ってるんだろう。
ルーン魔術師として何か出来ることがあれば、力を貸すのは嫌なことではなかった。
「でも、内容によるかな。流石に、出来ないことを頼まれても困っちゃうし」
「そうだね。ちょ~~~~っと、あたしの村の復興の手伝いをしてほしいっていうかさ。何を手伝ってほしいかっていわれると、色々ありすぎて困っちゃうんだけど」
村の復興か。
ミトンの言い方だと困っていることはいっぱいあるようだし、ちょっとくらいは手伝えるかも知れないな。
「どう? 手伝ってくれる?」
「何が出来るかは、行ってみないと分からないけど。やってみるよ」
「本当っ? やった! じゃあ、こっちに来て! 馬車を待たせてるから」
「ちょ、ちょっと! そんな走らないでも!」
俺が行くと決めると、それが嬉しかったのかミトンは跳ねるようにして走り出していく。彼女の姿を見失わないように、俺も走って追いかけた。