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ルーン魔術師とアリシアとクラーラ・3

 ディアンとカタリナさんをおいて、俺たちは王宮の中に戻っていた。


 王宮の一室で、俺とアリシアはクラーラ様と机を挟んで向かい合うように座っていた。

 ミラさんが紅茶を用意してくれて、俺が緊張で乾いた喉を潤しているところ、最初に口を開いたのはクラーラ様だった。


「こうしてると、なんだかアリシアが結婚相手を連れてきて、紹介されてるみたいな構図ね」


「ンっ! ゴホッゴホっ。えほ……。く、クラーラ様。冗談は止めてくださいよ」


 むせながら、俺はそう言った。


「あら。じゃあ、やっぱりわたしと結婚してくださる?」


「なんでそうなるんですか……。それに王族の方と結婚なんて、俺には不釣り合いすぎですよ」


「そんなことないですよヴァン! もっと自信を持ってください!」


 いや、自信どうのこうのの話じゃ無いと思うんだけど……。


「あ、あははは。ありがとうアリシア」


 一応、励ましてくれているアリシアに俺は笑うしかなかった。


「ま、それはおいといて、じゃあ仕事の話をしましょうか」


 あんたが話を振ったんだよ!


 と、心の中で盛大に言っておく。


「クラーラ様。その仕事っていうのは、やっぱりここでずっとルーンを描けということ……。でしょうか?」


 また、軟禁されるのだろうか。ルーンだけを描く日々が返ってくるのだろうか。

 そんな思いで恐る恐る聞いてみるが、クラーラ様から帰ってきた言葉は予想外の物だった。


「あら、ヴァン。あなたもやってくれるの? ありがたい限りだけれど、気持ちだけ貰っておくわ」


「へ? あの、どういうことですか?」


 気持ちだけって、その言い方だと俺は仕事をしなくていいみたいな、そんな言い方じゃないか。

 そんな俺の考えは当たっていたようで、クラーラ様が顔を向けたのはアリシアの方だった。


「アリシア。わたしはあなたに仕事を頼みたいの」


「わたしだけ……ですか?」


「そ、あなただけに」


「どうしてですか? ヴァンの描いたルーンの方が、ずっと強力でした……。それなのに、なんでわたしだけなんですか?」


「ヴァンのルーン魔術の方が強力だったのはもちろんわかるわ。でも、アリシアのさっきのルーン魔術も実戦でも使えると判断したわ。アリシアだけに頼むのは、勝手にヴァンにも仕事を頼むとお父様に怒られそうですもの」


「いえ……。あの、無理のない範囲なら俺も協力しますよ」と、俺は言った。


 そう。軟禁なんてされないような無理のない範囲なら。


「あらそう? でも、少しだけ待ってもらえるかしら。お父様にも確認を取りたいの。ってことで、今わたしから頼めるのはアリシアだけってことなの」


「そういうことなら、分かりました」


 少しだけ釈然としないが、彼女がそう言うならそういうことなのだろう。


「で、どう? アリシアは引き受けてくれるかしら?」


「あの、具体的にはどういったことを?」


「そうね。さっきと同じものを日に三百程度作れないかしら」


「さ、三百ですかっ?」


 俺が驚くと、二人の目がこっちに向く。


「どうしたの?」


「いえ、その、日に三百っていうのは、慣れていないと結構キツイというか……」


「ヴァンでも、大変だったんですか?」


 アリシアが首を傾げる。


「そうだね。はじめのころは大変だったよ。数を描いていくとどうしても雑になっちゃうこともあってね……。そうなると、ほら、うまく発動しないから」


「でも、ヴァンはちゃんと仕事をやってたんですよね」


「まあ、俺の場合は師匠にやらされて、慣れ始めたころには王宮に軟禁されてて、断れるような機会がなかっただけなんだけど……」


「なら、わたしもやってみたいです。ヴァンが経験したことを、わたしも経験したいです。それに、兵士のみなさんのお役に立てるなら、わたしに不満はありません」


「アリシア……」


 そのやる気に満ちた横顔に、俺はこれ以上言うことは無いと思った。

 やれるだけやらせてあげたかった。


「決まりね。じゃあ、明日からお願いできるかしら」


「わかりました。まだ、未熟ですけど、精一杯頑張りますっ!」


 無理はしないといいけど……。

 いや、その無理を止めるのが俺の役割かもしれないな。


 それにしても、クラーラ様は何を考えているのだろうか?


 いきなり結婚の話をあんな大勢の前でしたり、アリシアだけに仕事を持ちかけたり……。

 色々聞いてみたかったけど、クラーラ様は、「じゃあ、わたしも忙しいから」と話が決まるとそそくさと部屋を出ていってしまった。


 まるで嵐のような彼女に、俺たちは振り回されているのではないだろうか……。


 *


 静かな夜だった。


 そろそろ眠りにつこうかと考えている時、コンコンとドアがノックされた。


「どう……」


「入るわね」


 どうぞ、と言い終わる前にドアを開けたのはクラーラ様だった。


「クラーラ様こんな時間に……。って、なんて格好してるんですかっ!」


 視界に入ってきたクラーラ様は、ひらひらとした白いワンピース一枚しかまとっていないように見えた。

 いや、ただそれだけなのだが……。

 でも、女の人との接点がほとんど無かった俺でも分かる。

 その服装はこんな時間に、男の部屋に来ていい服装ではない。


 俺は思わずクラーラ様に背中を向けていた。

 後ろで、クラーラ様のいじわるそうな笑い声が響く。


「そんなに動揺しなくてもいいじゃない。もしかして童貞?」


「か、関係無いじゃないですかっ! そんなこと!」


「ふふふ。まあ、わたしが美しすぎて動揺した、ということにしておいてあげましょう」


 余計なお世話だ。もう、あまり詮索しないでくれ……。

 心の中で念じつつ、俺は呼吸を落ち着けていた。


「じゃあ、お邪魔するわね」


 クラーラ様が部屋に入ってくる気配。


「あ、あの。お言葉ですけど、怒られたりするんじゃないですか。こんな時間にそんな格好で王宮の中をうろつくなんて。カタリナさんとかに、何も言われないんですか?」


「あら、カタリナもここに居るわよ。つまり何も言われないの」


 居るのかよ。

 ちらっと振り向くと、本当に居た。

 止めろよ。クラーラ様を。お前の仕事じゃないのかよ。


「カタリナさんっ! いいんですかっ?」


「クラーラ様に間違いはございませんから。わたしがご助言をするなんて、考えただけでもおこがましいです」


 ああ、頼りにならないタイプだ。


「そろそろ席については貰えないかしら。昂ぶりも収まったころでしょう?」


 昂ってねえよ。むしろ、王族がそんな格好で自分の部屋にいるということに戦々恐々としてるんだが。こんなことが国王様なんかにバレたら、俺は絶対追い出される自信がある。それで済めばいい方ではないだろうか。


 ただ、俺もそんな風に思われているのも嫌なので、意を決して振り向く。

 極力目線を外しながら、椅子に座る。


「なんでこんな時間にここに?」


「こんな時間じゃないと、二人で話せないと思ってよ」


「二人で、ですか」


 どう見てもカタリナさんが居るのだが……。


「ああ。カタリナは居ないのと一緒よ」


「はぁ……。そうですか。それで、話というのは」


「仕事の話よ」


 俺は眉をひそめた。

 もしかして、内密に何かを頼まれるのだろうか。

 警戒からか、思わず身体に力が入る。


「そんなに警戒しないで。仕事を頼みたいというわけじゃないの。どちらかというと逆よ」


「ぎゃ、逆?」


「ええ。あなたにはアリシアに任せた仕事を手伝って欲しくないの。協力すると、ヴァンは言ってたけど、出来れば少し様子を見てあげて欲しいの」


「……。理由を聞いても?」


「もちろん。こんな時間ですから、紅茶の用意もないのは許してくださる」


「お構いなく」


 そう言うと、クラーラ様が頷く。

 アリシアと同じ桃色の、短く切りそろえた髪がゆれる。


「わたしはこの国に帰ってきて凄くびっくりしたわ」


「びっくり……。ですか?」


「ええ。だって、まさか男を作ってるなんて、思わないじゃない」


「あの、本気で言ってます?」


「ふふっ。半分くらい」


 半分は本気なのかよ。勘違いも甚だしい。


「もう半分は?」


「もう半分はね、活き活きしてるように見えたの。わたしが謁見の間であなたの手を取った時、アリシアは凄くうろたえてて、わたしの記憶に、あれだけ感情を表に出しているアリシアの姿は無いわ」


「それで、結婚なんて冗談を持ち出して、もっとからかったって事ですか?」


「冗談……。冗談ね……」


 なにやら、ぽつぽつと呟くが、はっきりとは聞こえなかった。


「クラーラ様?」


「いえ、なんでもないわ。まあ、そんなところよ。それで、なんでこんなに変わったんだろうって思ったの。それで、お父様からも話を聞いて、アリシアがあなたからルーン魔術を学んでるって知ったの。それに、その力を使ってあなたを救ったこともね」


 ゼフさんにやられた傷を治してもらった時の事だろう。


「アリシアはね、ずっと自分に何か出来ないかって、思い続けていたの。それで、唯一出来た事が、外交ね。だから、グラン王国にお父様の代わりに挨拶に向かった。だけど、それをゼフに狙われた。そう聞いてるけど、あってるかしら?」


 俺は頷く。


「本当にわたしも驚いたわ。それで思ったの。わたしはアリシアに、もうどこかに行ってほしくないって。ここで、大人しくしておいてほしいって。また、同じような事があるんじゃないかって思うと、怖くてたまらないから」


「もしかして……。クラーラ様も、アリシアのことが……」


「ええ。好きよ。実の妹だもの。可愛くて仕方ないわ。だから、仕事をしてほしいの。外交なんて言ってこの国から離れたりせずに、安全なこの王宮で仕事をしてほしいの。それがアリシアに取って一番安全で、彼女の役割にもなる。理想の形だとは思わない?」


 何となくだけど、クラーラ様の思惑は分かった。


 だけど、どうなんだろう。

 俺は迷っていた。

 だって、それって俺が軟禁されてた時とほとんど同じなんじゃないだろうか。


 そりゃあ、アリシアにはあの時の俺よりも自由はあると思う。でも、本質的には何も変わってない気がする。誰かの思惑で閉じ込められて、仕事をさせられる。


 俺はあの時、どうだっただろう。

 外に出れて、嬉しかったことを思い出すと自然と言葉は出てきた。


「アリシア次第だと思います。ここに居て、ルーンを描く仕事をしたいというならそうさせるべきですし、外に出たいというなら、それを応援するのがいいのではないでしょうか。とにかく、俺が決めることでも、クラーラ様が決めることでも無いのかなって……」


 そこまで言って、クラーラ様の顔を見ると、すこし難しい顔をしていた。

 や、やばい。口だししすぎたかも……。


「って、ごめんなさい。あの、俺が口出すことじゃなかったですね」


 それに、王族には王族なりの考え方もあるだろう。

 俺が何かを言うのはやはりお門違いだ。


「いえ。いい意見が聞けたわ。アリシアはいい師を持ったのね。ただ、しばらくはアリシアに仕事をさせてあげてくれない? きっと、アリシアのためになるわ」


「わかりました。アリシアもやる気があるようでしたし、任せます」


「ふふっ。ありがとう。ところで、ヴァン」


「はい。なんでしょうか」


 覗き込むように、俺の目を見つめてくるクラーラ様。

 その目を見ていると、俺のほうが吸い込まれそうな。

 俺は思わず息をのんだ。


「わたしはあれだけアリシアを変えたあなたに本当に興味があるわ。ねえ、どこかに行ってしまうくらいなら、本当にわたしのものに――」


 クラーラ様が椅子から立ち上がり、机を挟んだ俺の顔にその白い腕を伸ばす。

 手のひらが、俺の頬に触れようとした、その時だった。


 バンッ!


 扉が勢いよく開く音。


「な、なにをしてるんですかっ! お姉さま!」


 そこには、アリシアとミラさんが居た。


「そ、それにそんな格好で……」


 わなわなと震えるアリシア。

 やはり同じ王族としてクラーラ様の今の格好には、怒りを覚えるのかもしれない。


「あら、アリシア。どうしてここに?」


「それはこっちのセリフです! 明日の話をしようかと思って、お姉さまの部屋を訪れてみたら誰もいなかったので、もしかしたらと思ったら……。ほら、行きますよっ! お姉さま!」


 アリシアがクラーラ様の腕を引っ張って行く。


「あらら。おやすみヴァン」


「ほら、早くいきますよ! それでは、おやすみなさいヴァン」


「あ、うん。おやすみ」


 引っ張られていくクラーラ様はどこか楽しそうに見えた。

 いや、楽しいのだろうな。


 これからしばらくは、二人にしておいた方がいいのかもしれない。


 クラーラ様の話を聞いた今、二人の姿を見たらそんな風に思えた。

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