ルーン魔術師とクラーラ・ラズバード・1
「ヴァン。お待たせしました」
俺の部屋にやってきてそう言ったアリシアは、これまで見たことのない格好をしていた。
長い桃色の髪を綺麗に編み込んで、化粧だろうかその顔もいつもより大人びて見える。
ドレスもいつもよりも華やかで、アリシアの魅力を一層引き出しているように見えた。
「ヴァン?」
そんなアリシアが覗き込むようにひょいと俺の顔を見つめる。
そこで俺は初めて見惚れてしまっていたことに気が付いた。
「す、すみません。ちょっとぼーっとしてました」
「大丈夫ですか? 無理されていないでしょうか? お気分がすぐれないようでしたら、明日でもいいと思いますが……」
「いや、大丈夫だよ。さ、行こうか。あははは……」
「なら、いいのですが……」
笑いながらそうごまかす俺を不思議そうに見てくるアリシア。
「アリシア様。クラーラ様がお待ちになっておりますよ」
「あっ。そうでした。では、行きましょうかヴァン」
「う、うん。そうしよう」
ようやく、アリシアの目が俺から離れる。
あのまま見つめられ続けていたら恥ずかしさでどうにかなってしまうところだった。
ミラさんに助けられたな。
ほっと一息をついていると、ミラさんと目が合った。
普段なら、あまり気にもしないが、今日はその目が少し気になった。何か言いたげな。そんな気がした。だけど、ミラさんは結局何も言わなかった。
気のせい、かな?
とりあえず、俺は二人についていくのだった。
*
ついていった先は謁見の間だった。
謁見の間に入ると、扉から国王陛下が座る椅子まで、一直線に道を作るように人が脇に並んでいた。それも、人と人との隙間から人が見えるほど大勢だ。
そして、国王陛下の御前に二人の人影があった。
二人とも、女の人だった。
一人は片膝をついて、国王陛下に頭を下げている。
長い金髪が床に垂れていた。
だが、特に目を引いたのは横に置かれた大剣だった。
ただの大剣じゃない。めちゃくちゃでかいのだ。
俺は物騒なそれを見てないことにしようと決めた。
もう一人は毅然とした態度で立っていた。
俺はその服装に目がいった。
彼女が着ている身体のラインをつたうような服は、出るところは出ている彼女の曲線美をこれでもかというほどに強調していた。
スカートも丈が短く、綺麗な足がそこから伸びていた。
だけど、それが彼女の魅力を見せるためのものではないことはすぐに分かった。
その腰には、細剣を差していたのだ。
彼女は多分剣士なのだろう。
身体のラインをつたうような衣服も、短いスカートも、誰かに見せるためのものでも、おしゃれというわけでもない。剣士として動きやすい格好をしているのだ。
短く切られた桃色の髪も、きっとそのため……。
桃色の髪?
彼女は、その髪をかき上げながらこちらを振り向いた。
「あら、アリシアじゃない。久しぶり」
「お久しぶりです。クラーラお姉さま」
やっぱり、彼女がクラーラ様なのか。
そうみるとどことなくアリシアにも似ているような気がする。
アリシアを凛々しくしたような、そんな感じだ。
と、俺も挨拶をするべきだろうか。
どのタイミングが正しいんだろう?
こんな場面に遭遇したことのない俺は、自分が今喋っていいのかも分からない。
だけど、俺のそんな悩みはすぐに解決された。
「あなたが、ヴァン?」
クラーラ様が、俺にそう問いかけてきたのだ。
俺の名前を知っているのはすでに話しに聞いていたのだろうか?
いや、今はそんなことはどうでもいい。
俺は慌てて姿勢を正す。
「は、はい! 俺はヴァン・ホーリエンと申します。えっと、しばらくこの王宮でお世話になります」
「ふぅん」
クラーラ様がそんな風に言って、俺のもとまで近寄ってくる。
「わたしはクラーラ・ラズバード。あなたの事は、今さっきお父様からちょっとだけ聞いたわ。よろしくね」
そう言って、手を差し出してくる。
この手はとってもいいのだろうか。取らないほうが失礼か。
「よ、よろしくお願いします」
仕方なく、俺はその手を取った。
その瞬間。
ギュッ、とクラーラ様が強く握り返してくる。
え?
ど、どうすればいいんだろう。
いつ手を離してくれるんだろう……。
俺から振りほどいちゃ不味いよな……。
対応に困って、アリシアを見るとアリシアは何やらオロオロとしている。
アリシアも困っているように見えるのは気のせいだろうか。
それから、クラーラ様は俺の手をなにやら確かめるみたいに、手に力を入れたり、緩めたり……。い、いったいこれは……?
「なるほど……」
俺の顔を見てそんなことを呟いた。
なにがなるほどなんだよ。
思わずそんな言葉が出てしまいそうなのをぐっと飲みこむ。
それから、クラーラ様はアリシアの方を見た。
すこし、にやりと笑った気がした。
彼女は俺から手を放し、もと居た場所へと戻っていく。
そして、こういった。
「決めましたわ。お父様」
「な、なにをだクラーラ……。まさか……」
「ええ、そのまさかです。あそこにいるヴァン・ホーリエンを」
お、俺を?
もしかして何か粗相をしてしまっただろうか。
心臓が高鳴る。唾がごくん、と喉を通った。
「わたしの夫にします」
一秒の静寂。
そして、
「「「「えええええええええええええええええ!?」」」」
割れんばかりの驚きの声が、謁見の間を支配した。
ふふん、と胸を張りながら笑うクラーラ様と、唖然として声も出ない俺だけがその場で叫んでいなかった。