ルーン魔術師と騒がしい朝
その日の王城はすこし騒がしかった。
朝起きた時から、誰もが慌ただしく動いていたのだ。
俺の部屋に毎朝来てくれるチルカも、
『おはようございますヴァン様! こちらお着替えになります。朝食ですが、アリシア様がお部屋でお待ちしておりますので、向かっていただけるとありがたいです。それでは、失礼します!』
と言って、栗色の髪を揺らして走っていった。
忙しそうだね、と言う暇がないほどに忙しそうだった。
それから、俺はローブに着替えて部屋を出る。
アリシアの部屋に向かっている途中も、多くのメイドさんや兵士さんとすれ違った。
みんな慌ただしく小走りにかけて、手には大荷物を持っている人もいた。
今日はなにかあるのだろうか?
アリシアに聞いてみようか。
と、俺はアリシアの部屋の扉をノックしたところだった。
「はい」
と、出てくれたのはミラさんだ。
「おはようございますミラ」
「おはようございますヴァン。お待ちしておりましたよ。どうぞ」
中に入ると、机には三人分の朝食が用意されていた。
「おはようございますヴァン」
「うん。アリシアもおはようございます」
それから、ミラさんに席に促されて俺は席に着いた。
そうして、一緒に朝食を食べ始める。
「そう言えば、今日はいつもの食堂ではないのですね」
いつもは食堂でご飯を食べる。
アリシアの部屋で朝食を取るのは初めてのことだった。
「ええ、それが。いつも使っている食堂は昼食の準備が進められているので」
「昼食の?」
俺たちが朝ご飯を食べているのに、昼食の準備をしてるとは……。
どういうこと?
そんな疑問に、アリシアが答えてくれた。
「はい。今日は、お姉さまが帰ってくるんです」
「お姉さまって……。アリシアの?」
「はい。今朝、手紙が届いたらしくて、今日の昼前には王都に到着する、と」
「ず、随分急だね……」
「クラーラ様はそういうお方なんです。それで、今日は朝からクラーラ様をお迎えするために、みなさま準備にいそしんでいるんですよ。昼食もそうですし、日が落ちてからは、小さなパーティーも予定されています」
ああ、それであんなに忙しそうだったのか。
と、今朝の光景に納得がいった。
それにしても、アリシアが帰ってきた時とはかなりの違いがあるなぁ。
いや、俺たちはお忍びで帰ってきたから仕方のないことかもしれないけど、ただ、帰ってきた後もパーティーが催されたりなんてことは無かった。
そう言えば、力が重要な国だから、アリシアは冷遇されていると言っていたっけ。
あんまり実感する機会は無かったが、アリシアのお姉さんが帰って来ることになって、それが浮き彫りになるなんてなあ。
少し残酷だなって思う。
「あ、あの」
「どうしたのアリシア」
「いえ、少し暗いお顔をされていたので」
「そ、そうかな。あはは……」
まさか俺が心配されるとは思わなかった。
俺が笑ってごまかすしかなかった。
「ヴァン。心配しなくても大丈夫ですよ」
「アリシア……」
「わたしは、慣れていますし。それに……」
「それに?」
「今は、ヴァンも居ますし、ヴァンに教えてもらったルーン魔術もあります。まだまだ未熟ですが、そう思うと、元気になれるんです」
俺もどれだけ力になれるかは分からないけど、ここに残ったからには、少しでもアリシアの力になってあげたいと思う。
ルーン魔術がちょっとでもアリシアの自信につながればいいと、そう思う。
それから、俺たちは軽い談笑や、アリシアにルーン魔術を教えながら昼前まで過ごした。
「では、アリシア様。そろそろお着替えを」
「そうですね。ミラ」
アリシアのお姉さん、クラーラ様に会うためにアリシアは着替えるらしい。
「じゃあ、俺も部屋に戻るよ」
「はい。着替えが終わりましたら、お迎えに上がりますので、お姉さまにご紹介させてください」
「お、俺を?」
「はい。だ、駄目ですか?」
「うーん」
いや、でもそもそもここはラズバード王国の王宮なんだし、そこにお邪魔している俺が、王女様に挨拶をするというのは当たり前なのかもしれない。
というか、挨拶をしないほうが失礼ではないだろうか。
そんな風に考えて、俺は頷いた。
「分かったよ。えっと、服はどうすればいいんだろ。やっぱり礼服かな?」
「いえ、ヴァンはその格好で居ることをレグルス陛下に許可をいただいていますので、そのままで結構ですよ。どうしても着替えたいということならご用意させていただきますが、どういたしますか?」
と、ミラさんが提案してくれたが、俺は慌てて首を横に振る。
「い、いや。このままでいいならこのままがいいかな」
安心感がまるで違うし、それに礼服はきっちりしすぎていてあまり好きじゃない。
ここはお言葉に甘えよう。
「分かりました。それでは、少々お部屋でお待ちください」
「うん。分かったよ」
そうして、俺は一度部屋に戻るのだった。
クラーラ様、か。
どんな人なんだろうか……。
そんな事を考えながら、俺は二人を待っていた。