ハンス・ホード・1
商会議長ハンス・ホード。
若き頃から、その商才を発揮し、七英雄として選ばれた男。
さらに、ヴァンと出会い彼のルーン魔術にあまたの可能性を見つけ王国の発展に貢献してきた。
まさに、今日まで輝かしい人生を送ってきたと言えるだろう。
だが、三十歳という一つの節目を向かえた今年。
ヴァンの国外追放という大きな問題をきっかけとして、色々な問題が浮き彫りになる。
そして、そのうちの一番大きな問題。
ヴァンに支払われていたはずの多額の金。
それに関して、彼は今日賢者クラネスに呼び出されていた。
王宮を歩く彼の表情はまさに無表情。
そこから読み取れるものは一つもない。このポーカーフェイスも、彼が一癖も二癖もある国の豪商達と渡り合うために身に着けた武器だ。
だが、彼が今日相手をするのは、そんなヤツらとは、間違いなく一線を画す相手だった。
賢者クラネス。
多くを知り、多くを導き、そして、多くを暴いてきた人物。
彼に悪事の尻尾をつかまれ、地位を奪われてきた貴族や商人は数を知れない。
おかげで、このグラン王国で汚職を働くものはほとんどいなくなった。
だが、と。
ハンスは思う。
(あいつは多くを暴いてきた人物。それは間違いない。それでもやはり、多くを隠している人物でもある。リューシア様が女王になられ、ガルマを新七英雄に、クロウを新宰相に置いた。そして、クラネスはそれがリューシア女王が周りを自分と親しい者で固めようとしていることを暴いた。だが、なぜ今回は暴いただけで終わる? 相手が女王だからか? あいつの狙いだけが、俺には昔から分からない)
そんなことを考えている間に、ハンスはそこにたどり着く。
クラネスの部屋だ。
ハンスが扉をノックする。
「どうぞ」
クラネスの無機質な声が聞こえてくる。
ハンスは入ると、クラネスは笑顔で向かえた。
王宮の一室、狭くも広くもない部屋。
椅子、机、タンス、布団、書棚、それだけしかない無駄の排除された部屋だった。
「やあ」
「俺も暇じゃない。本題に入ってもらいたい」
せめて、自分の流れだけでも失わないように、と。ハンスは自分から話を促す。
「そう警戒をしないでもらいたい。長い付き合いだろう?」
「俺はお前のことを何も知らないがな。それで、お前が調べると言っていた金の話しで呼んだんだろう? 調べたのか?」
クラネスは頷く。
ハンスが表情を変えないように、彼も表情を変えない。
うすらと、笑みを作っている。
その表情の読めなさは、お互い同じくらいだった。
「うん。調べた」
「そうか。何かわかったか?」
クラネスはため息を一つついた。
崩さなかった薄ら笑いの表情から分かりやすく情報が与えられた。
「欲しい情報は得られなかったよ」
「それは残念だ」
「残念? まさか。欲しい情報は得られなかったが、それも新たな情報だ」
「……どういうことだ?」
「この僕が欲しくても得られなかった情報。つまり、誰かが意図的に隠した情報さ。それも、僕に匹敵するほど、その分野では知略のめぐる者が。そうじゃなければ、僕は見つけられる」
「傲慢だな」
「表情が崩れてるよ。ハンス」
まさか。と、思った。
俺の表情は変わってない。
そう確信があった。
だけど、クラネスは告げる。
「次からは、眼鏡のレンズに色を入れておくといい。人の動揺は、瞳にも現れる。どうやら、やはり君が一枚噛んでいるようだ」
「今度ははったりか?」
「なら、君のことを調べてもいいかな? 僕がはったりをかましたのかどうか、僕自身で証明しようじゃないか」
沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは、ハンスでもクラネスでもなかった。
「た、大変ですっ! クラネス様! は、ハンス様もこちらにおられましたかっ」
一人の兵士が、その重苦しい空気を破った。
ハンスが眼鏡を持ち上げ、クラネスが椅子から降りて立ち上がる。
「どうしたの?」
クラネスがそういう。
柔和な笑顔だった。
「ガルマ様が、帰還されました!」
「ふむ。ようやくか。それで、ヴァンも一緒か?」
まあ、そんなわけはないだろう、と心の隅で思いながらハンスが聞く。
「そ、それが……」
言い淀む兵士。
そして、意を決したように口にした。
「ラズバード王国の兵士に、拘束されて……帰還されました」
ラズバード王国?
一体何がどうなってラズバード王国の兵士が来る?
しかも、拘束されて?
何をしたんだ?
様々な疑問がハンスの頭で渦巻く。
一方で、クラネスは楽しそうにケラケラと笑っていた。