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閑話・ルーン魔術師とディアンのお願い

 心地のいい風が吹いていた。

 天気は良くて、暑すぎるってわけじゃない。


 風が静かに木々を揺らす音と相まって思わず寝てしまいそうな、そんな緩やかな空気が流れていた。


「楽しみですねヴァン」


 そう言うのは、俺の隣を歩くアリシア。

 綺麗な桃色の髪を後ろで一本に結んで、眼鏡をかけ、帽子を被っている。

 服装も、綺麗なドレスじゃなくて、動きやすそうだが地味目な色合いの服を着ている。

 手にはパンがたくさん入ったバスケットを持っている。


「そうだね。ここに来るのはあれ以来だよね」


「はい。みんな元気にしているといいのですが」


 今俺たちが向かっているのは、丘の上にある孤児院だった。


 あの事件以来、初めて訪れる。

 アリシアが手に持っているバスケットも、孤児院の子供たちに向けた物だった。


 もちろん、アリシアだけじゃない。

 俺も、バスケットを一つ、それから今日は一緒にいるディアンもバスケットを持っている。


「きっと元気にしていますよアリシア様。あれだけアリシア様とヴァンが頑張られたのですから。きっと全員すくすくと育っているでしょう。きっと、今頃はムキムキになって、近いうちに王宮の兵士に志願してきそうなほどになっているに違いありません」


 んなわけないだろ。

 あれから一月も経ってないぞ。

 アリシアも苦笑気味だ。


「あ、あはは。でも、将来、皆さんすくすくと育ってくれると本当に嬉しいですね。あ、見えてきましたよ。行きましょう」


「アリシア様、そんなに急いでは……。ヴァン。俺たちも走るぞ」


「う、うん」


 丘の上の孤児院が見えて、アリシアが走り出す。

 それを見て、俺たちも走った。


「こんにちわ」


 アリシアの声が孤児院に届くと、ぞろぞろと子供たちが出てくる。


「あ、あの時のおねえちゃん!」


「おにいちゃんもいる!」


「いいにおいもするーっ!」


 そんな風にはしゃぐ子供たちに、アリシアはすぐに囲まれてしまう。


「わっ、わ、み、みなさん落ち着いてください」


 と、アリシアは言うが、子供たちは言うことを聞いてくれない。

 腕をつかまれ、背中を押され、アリシアはあっという間に孤児院の中に連れられて行ってしまった。


「ははは。微笑ましいな」


「うん。そうだね。楽しそうで何よりだよ」


 その様子は見ていて確かにほっこりする。


「楽しそう、か」


「ディアン?」


 意味深に呟くディアン。

 足を止めて、空を見ていた。

 青空だった。雲が浮かんでいる。


「これもそれも、ヴァンのおかげだ」


「そんな、俺のおかげだなんて。アリシアが子供たちに好かれてるのは、アリシアが優しいからだよ」


「ああ。アリシア様はお優しい。だけどな、ヴァン」


 ディアンは、すっかり真面目な顔をしていた。


「きっかけは、やっぱりお前だよ。優しいだけでは、何も守れない。これまでだってそうだった。言い方は悪いが、これまで優しいだけのアリシア様には政治の道具としてしか国の役に立てなかった。それが、今はアリシア様がアリシア様の意思で、民のために何かが出来たんだ。ヴァンがアリシア様にルーン魔術を教えていなければ、きっと今日の笑顔は無かったと俺は思う」


「そうなのかな。昔のアリシアを知らなかった俺には、まだよくわからないけど。でも、俺のおかげでアリシアが笑えているんなら、俺も嬉しいよ」


「ふふ。それでいい。ところで、一つ相談があるんだが」


 相談?


 なんだろ。


「どうしたの?」


「俺が今、アリシア様の近衛隊の新たな隊員の選別をしていることは知っているか?」


「うん。ミラから聞いたよ」


 あのゼフさんと戦ったあの日。

 ディアンは、近衛隊の選別の仕事もあって本当に忙しくしていたらしい。

 それで、アリシアの近くに居てやれなかったことを三日三晩悔いていて、俺とアリシアで頑張って励ましていた。

 最終的には、今ここに居るように持ち直してくれたが、これはまた大変な事だったのだ。


「そうか。なら話が早いな。実を言うと、まだ一人も決まってないんだ。王族の護衛を任せられるほど優秀な実力をもち、人格もよく、そして、アリシア様に忠誠を誓える人物、となるとどうしても難しくてな」


「そ、そうなんだ。大変そうだね」


 それほどの人物。確かにそんなにすぐには見つからないだろう。


「この国では特にな。実力があれば成り上がれる国だ。優秀な奴は、すでにセシル様たちの息がかかっているし、難しいんだ」


「セシル様?」


 初めて聞くその名前に俺は首を傾げた。


「ん。ああ。アリシア様のお兄様だ。言ってなかったか」


「うん。多分。国王様から、経験をつませるために他の領地に行かせてるって話は聞いたけど。そういえば、名前は聞いてなかったな」


「そうか。セシル様も、もうじき一度こちらに戻ってくるかもしれないな。っと、そうじゃない。それで、近衛隊の選別の話なんだが」


 ああ。そんな話だったな。と、俺も頭を切り替える。


「ヴァンにお願いできないかと思ってる」


 ?


 何を言ってるんだろう?


 俺にお願い?


「えっと、選別を手伝ってくれってこと?」


「いや、そうじゃない。ヴァンに近衛隊の一員になってもらいたい」


「え、えええぇ!?」


 俺は驚いて、思わずそんな情けない声を上げた。


「もちろん、この王宮にいる間だけでいい。ヴァンを近衛隊にして、王宮に縛ろうという考えは無いから安心してくれ。それに、近衛隊になってもらうと言っても、名前だけだ。訓練とか、そう言ったことに参加はしてもらわなくていい。俺としても、アリシア様としても、近衛隊が居ないというのは体面が悪くてな。まあ、一つだけ、アリシア様のお近くに出来るだけ居てほしいのだが、実際、近衛隊じゃない今もアリシア様と長い時間一緒に居るようだし、問題は無いと思うのだが」


「た、確かにそうだけど……」


 確かに王宮の中ではほとんどアリシアと一緒にいる。

 離れているときと言えば、勉強しているときと、お風呂や寝るときなどそもそも一緒に居てはいけないだろうと言うときだけだ。

 でも、だからと言って。


 うーん。俺にそんな重要な役割が務まるのだろうか。

 王宮にいる間だけと言われても超重要な役ではないだろうか。


「ま、考えるだけ考えておいてくれ」


「うん。分かったよ。考えておく」


 そう言った時だった。


「ヴァン! ディアン! どうしましたか! 早く一緒にパンを食べましょう!」


 孤児院の中から、連れていかれたアリシアが顔を出して俺たちにそう叫んだ。

 そして、また子供たちに引っ張られて連れていかれる。


「ははは。随分と待たせているようだ。行こうか。ヴァン」


「う、うん」


 俺は孤児院へと止めていた足を動かす。


 その日は、ゆっくりと時間が過ぎていった。

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