閑話・ルーン魔術師と荒れた森
「さてと、やりますか」
俺は言いながら、気合を入れる。
目の前には、荒れ果ててしまった森。
木が吹き飛び、地面がえぐれ、不自然に土が盛り上がってしまってる場所もある。
そう。
ここは、王宮の裏手の森。
俺とガルマがめちゃくちゃにしてしまった場所だ。
流石にこのままにしてはおけないだろう、と俺は修繕をしたいと頼み込んだのだ。
「……。本当にできんのか?」
「足手まといにならなきゃいいが」
「邪魔すんのはやめてほしいよなあ」
「ありがた迷惑って奴だな」
そんな声が俺の後ろからぼそぼそと聞こえてきた。
そこに居たのは、この王宮抱えの庭師の方々だった。
この森も、彼らの管理のもとにあるらしい。
彼らは少し不満気だ。
「みなさん! なんてことを言うんですかっ!」
声をあげたのはアリシアだ。
それに、庭師の方々は気まずそうな顔をする。
その中で、一人臆せずに前に出てくる人がいた。
「お嬢様。お嬢様が、この方に助けていただいたことはみな知っております。それに、この森がこんなことになってしまっているのも、全ては国を救うためだったと、国王様からお言葉をいただいております」
その人は物腰柔らかにそう言った。
「でしたら……」
「ですがお嬢様。これとそれとは、別の話です。国を救っていただいたことには感謝しております。ですが、だからと言って森の修繕を素人に出来るとは思えません。それに身体も細い。力仕事が向いているとは思えません。これはわたしたちの仕事で、それを邪魔されては困るのです」
そう言われたアリシアはしゅんとする。
確かに、彼の言う通りだろう。
実際に、俺は森の修繕なんかしたことは無いし、力仕事も苦手なほうだ。
だけど、一つ訂正しないといけない。
「あの、一ついいですか?」
「なんですか?」
「俺が頼りないことは分かります。でも決して、邪魔にはなりません。それだけはお約束します」
「邪魔だと思ったら、すぐに王宮の中に戻ってもらいますよ。それで良ければ、しばらく様子を見ます」
「はい。構いません」
俺がそういうと、彼は大きくため息をついた。
「ふぅ……。さて、やるぞ! 三日で終わらせる。いいな!」
彼が庭師の方々に向かってそういう。
ああ、彼がリーダーなのか。とそこで気づく。
「まずは地面をならさねえとな。なんで、こんなに土が盛り上がってんだか……」
リーダーが言う。
そこにはガルマが【土壁】のルーンを使って作った土の壁があった。
確かにこれを除去しないと始まらないだろう。
【爆発】のルーンで吹き飛ばしては、またこの人たちの仕事を増やしてしまうことになるだろうし、やはり人力でやるしかないだろう。
「あ、そうだ。あの、みなさん」
俺が庭師の方々に声をかけると、一斉に振り向く。
うわ。こわっ。
ちょっとビビりながらも、俺はペンとインクを取り出す。
「あの、気休めくらいの効果はあると思うんですが、みなさんにルーンを書かせては貰えませんか?」
【体力強化】や【筋力強化】のルーンは、ちょっとは役に立つんじゃないだろうか。
そう思って声をかけるが、全員興味を失ったみたいに作業にとりかかり始める。
うーん。やっぱり信用されてないなあ。
だが、
「それは役に立つんですか?」
聞いてきたのはリーダーだった。
「た、多分! 信じてもらえますか?」
自信はないがやれることはやりたい。
「いや。役に立たなかったら帰そうと思いましてね。気休めって言ってましたが、役に立たなかったら本当に帰ってもらいますから」
な、なるほど。そういうことか。結構辛らつだなあ。
「それで、俺は何をすればいいんですか?」
「あ、まずは服を脱いでもらえれば」
「わかりました」
彼はしぶしぶと言った感じに服を脱ぐ。
ディアンには及ばないが、彼もなかなか筋肉があり、分厚い体をしている。
ひょろひょろの俺なんかとは凄い違いだ。
俺はその体にルーンを描いていく。
「よし。終わりました」
「ん? 何も変わりませんが」
そのルーンに魔力を通してみてください
「ふん。効果が無ければ、本当に帰って……。こ、これは?」
「ど、どうですか?」
「う、うおおおおおおおおおおお!」
聞くと、返事もせずにリーダーは走っていく。
そして、尋常じゃない速度で、スコップで土の山を切り崩していく。
うわ、すご。人間の動きじゃないよ。
そして、彼は叫ぶ。
「おい! てめえらあ! てめえらもあの方にルーンを書いてもらえ! 仕事は今日中に終わらせるぞ!」
「え、り、リーダー?」
「今日中って正気か……?」
庭師の方々も困惑している。
だが、困惑しながらも俺のほうに集まってくる。
「お、お願いします」
「う、うん。一人ずつ並んでもらえるかな」
そうして、俺がルーンを描いていくと、全員が叫びながら走り出していく。
そして、土の壁はどんどんと消えていく。
「凄いですよヴァン! もうこんなに綺麗になってます」
アリシアも驚く。
うーん。
なんか釈然としない。
ふと、俺は自分に【筋力強化】のルーンを描いてみる。
そして、起動するが、何も感じない。やっぱり、このルーンには気休めぐらいの効果しかないと思うんだけど。
そうして、俺は一つの可能性に気付く。
も、もしかして、忖度されたのかな?
結構辛辣に言ってたけど、やっぱりお客様って思われて気を遣われているのだろうか……。
そうならちょっと、悪いことをしたなあ。
ランランと目を輝かせているアリシアにもなんだか申し訳ない。
結局、庭師の方々はすごいスピードで森を手入れしてしまった。
三日かかると言っていたけど、それもどうやら嘘だったようで。一日でちゃんと終わってしまった。
「いやあ、すごいですね! 身体は元気になりますし、倒れた木は軽くなって簡単に運び出せましたし」
作業が終わりリーダーがそういう。
木を軽くしたのは【軽量】のルーンを使ったおかげだ。
まあ、こっちはちゃんと効果があっただろう。
「当然です!」
アリシアが誇らしげに言う。
「すみませんでした。あんな態度を取ってしまって」
「いえ、いいんですよ。ごめんなさい。こちらも気を遣わせてしまって」
「気を? は、はあ。よくわかりませんが。さて、あとは、時間が経つのを待つしかありませんね」
リーダーである彼はさみしそうにつぶやく。
目線の先にあるのは、地形は直って倒木なども整理されたが、緑は無く、むき出しになってしまった地面だった。
うーん。確かにさみしい。
「あの、ヴァン」
「どうしたのアリシア?」
「【発芽】のルーンでどうにかできないでしょうか」
そう言えば。
俺は師匠にルーンの練習用として【発芽】のルーンを教わった。
それはそういうものだと思ってたし、それに森の修繕なんかしたこと無かったからそう言った使い道に気付かなかった。
「うん。出来そうだ」
それが俺の答えだった。
二人で地面に【発芽】のルーンを刻んでいく。
そして、描いた先から俺たちはそれを起動した。
植物の芽が生え、それを繰り返していると、いつの間にか土が見える部分はほとんどなくなっていた。
「す、すごい……」
庭師の一人からこぼれ出た言葉だった。
「ふう、なんとかなったみたいだね」
「はいっ!」
アリシアが嬉しそうに笑う。
その笑顔にこっちもうれしくなる。
まさか、【発芽】のルーンがこんな風に使えるなんて。
やっぱり、俺はここに残ってよかった。
これはそう思える一つの出来事だった。