アリシア・ラズバード
謁見の間を出て、ヴァンと別れた俺とミラとアリシア様の三人は、アリシア様のお部屋までついてきていた。
謁見の間で、ヴァンに声をかけてからというもの、アリシア様は一度も口を開いていない。
アリシア様は、その小さな身体を静かにベッドの上へと下ろした。
情けない話だが、こんなでかい図体をしていても、目の前のアリシア様に俺はなんと声をかけていいのか分からなかった。
この国のために、アリシア様のために身に着けた強さもこんな時は意味をなさない。
「本当に、よかったのですか?」
そう言ったのはミラだった。
「なんのことですか? ミラ」
そう言いつつも、アリシア様の声は震えていた。
いや、声だけじゃない。よく見れば、肩も震えている。
「アリシア様はヴァンに残ってもらいたかったのではないのですか?」
沈黙が降りる。
何秒続いただろう。
いや、何分だったかもしれない。
顔を俯かせるアリシア様がゆっくりと息を吐いて、ようやく声を発した。
それは今にも消え入りそうな、呟きにも似た声だった。
「ヴァンは……。優しいですから。わたしが残ってほしいと知ったら。きっと、ここに残ってくれます」
「でしたら」
「ようやく」
強い声だった。
俺もミラも、目を見張っていた。
それから、穏やかに話し始める。
「ようやくヴァンは自由になれたんです。十年間も軟禁をされていたヴァンの自由を、どうして、わたしがもう一度奪えるでしょうか」
「アリシア様……」
「この短い期間で、わたしはもう、多すぎるほどの物をヴァンから貰いました。これ以上なんて、望めませんよ」
大きな瞳が、じわりとゆがむ。
そこから、こぼれでたのは大粒の涙だった。
それはアリシア様の頬を伝って、そのまま膝に落ちてドレスを濡らしていた。
「ふぅ……。くぅううぅ……」
小さく、声を押し殺して泣くアリシア様。
涙を拭くのも忘れて、ただ、声が漏れないようにと小さな手で布団を握りしめていた。
「アリシア様」
ミラが、アリシア様を抱きしめる。
その胸に顔を押し付けて、アリシア様は泣き続けている。
俺は部屋を出る。
あのままあそこにいても、俺にできることはないだろうし、それに、見てはいけない物のような気がしたから。
ヴァン。
俺はアリシア様のためにお前に残ってほしい。
だけど、アリシア様がここまで覚悟を決めているんだ。お前が出ていくとしても何も言わない。
それでも、俺は願う。
アリシア・ラズバードという一人の少女を、忘れないでほしいと。