ルーン魔術師とこれからのこと
今回の件があり、俺は王宮のどこでも、例えそれが王の御前でも、ルーン魔術師として全力を出せる格好をしていていいと言われた。
と、言うことで俺は今、ローブを羽織り、いくつもあるポケットに大量の道具を入れたまま謁見の間へと呼ばれていた。
今すぐにでも戦える格好で王様の前に出るなんて初めてだ。
グラン王国でももちろんそんなことは無かった。まあ、向こうでは手枷をされるぐらいだったし。
謁見の間に入るとそこには、国王様、アリシア、ディアン、ミラの四人が居た。
ゼフさんの姿は無かった。
ついでに言うと、俺たちがここで戦った痕跡もきれいさっぱり無くなっていた。
「すまないなヴァン。ここまで来てもらって。それに報告するのもずいぶん遅くなってしまったな」
「いえ。みなさんお忙しそうだったので。俺は構いませんよ」
ゼフさんが居なくなった後の対処は大変だっただろう。
ゼフさんはこの国に取り入るためにちゃんと仕事はしていたと言っていたけど、それをそのまま鵜呑みにするわけにもいかないようで、ミラさんもディアンも暇さえあれば書類とにらめっこをしていたし、アリシアもそれを手伝っていた。
俺は、そもそも何が正しいのかもわからなかったから書類を見るのはやらずに、ガルマとの戦闘でめちゃくちゃにしてしまった王宮の裏手にある森の手入れにいそしんでいた。
ディアンとミラさんですら忙しそうにしていたのだから、国王様はもっと忙しかったのだろう。実際ここ数日一度も姿を見ていなかった。
「さて、まずはこいつについて話そうか。入ってこい!」
国王様がそう叫ぶように言うと、謁見の間の入り口の方からやってきたのは、ラズバード王国の兵士と、縛られるようにして連れてこられたガルマだった。
流石に、ゼフさんと協力していたガルマを逃がすわけにはいかないだろうと思って、逃げる前にちゃんと捕まえてもらっていたのだ。
「くそ……。なんで……。くそ……」
ガルマは、虚ろにそうつぶやくだけだった。
「さて、こいつをどうするか……。本来なら死罪、だが、今回はグラン王国に強制送還という形を取りたいと思っている。ヴァンはどう思う?」
多分、そこには色んな政治的な思惑があるのだろう。
俺も反対ではなかった。
「俺もそれでいいと思います」
「ヴァンは直接こいつに命を狙われたそうじゃないか。本当にそれでいいのか?」
「はい」
俺は頷いた。
「でも、一つだけ……」
と、言おうとしたところだった。
「殺せよ……」
そんなつぶやきが、ガルマの口から出た。
「ガルマ……」
「帰っても、恥をさらすだけだ……。お前を話し合いの場に呼べって言われたのに、俺は私怨で勝手なことをしちまった。その結果、グラン王国にも迷惑をかけちまう……。俺なんか、死んだ方がマシだ……」
「それでも、ガルマはグラン王国に必要な人物だよ。死んだ方がマシだなんて、言わないで」
「くそ……。くそ……。なんで、なんでお前に励まされなきゃならねえんだよ……」
泣き崩れるガルマ。
レグルス国王様が静かに「連れていけ」と言った。
「ま、待ってください。一つだけ聞きたいことが」
ガルマの足が止まる。
「どうして、俺を殺そうとしたの? ゼフに言われたから? それとも、話し合いに応じなかったから?」
俺には、自分が彼に狙われる理由が分からなかった。
ガルマは静かに口を開いた。
「俺には……。お前の代わりが務まらかった……」
「え?」
「お前が居なくなった後、お前のルーンの正体を知った。古代ルーン魔術何だってな。俺には、いや、他のルーン魔術師にも使えねえ技術だ」
こ、古代ルーン魔術?
な、なんだそれは?
師匠はそんなこと言ってなかったぞ?
ルーン魔術としか聞いてないんだけど……。
俺が困惑しているなか、ガルマは話をつづける。
「他の七英雄たちは、お前を望んだ。いや、国のためにも、お前の古代ルーン魔術が必要だった。だけどな……。俺は一番にさえなれれば、それでよかった。だから、お前さえいなくなれば……。俺が一番に必要とされると思った……。はは、どうだ? 俺を殺したくなったか?」
いや……。そんなことで人を殺したくなったりはしないんだけどさ……。
「ね、ねえ。俺のルーン魔術は本当に他のルーン魔術とは違うの?」
「はっ。自覚無し、か……。ルーン屋にでも言って自分の目で確かめればいいじゃねえか。……お前とは、もう話したくねえ。惨めになってくるぜ。じゃあな」
そう言って、ガルマは連れていかれた。
他のルーン魔術師には使えない、古代ルーン魔術。
師匠は、その事は知っていたんだろうか。
いや、だったらどうして俺は使えるんだろう?
それに、アリシアだって……。
「さて、ヴァンよ」
レグルス国王様が俺の名前を呼ぶ。
「お前は、どうしたい?」
「どう、ですか?」
「ああ。俺としては、もうしばらくこの国に残ってもらいたい。前にも言ったと思うが、国をあげて正式に礼を言いたい。それに今回のことも重なり、君への感謝は、正直言葉や勲章なんかではあらわし切れない」
うーん。お礼を言われるのは、まあ、嬉しいけど。流石にそこまでしてもらわなくてもなあ。
「そう困った顔をするな」
そんなに顔に出てたかな……。
自分の顔を確信するすべもなく、俺はとりあえず笑っておいた。
「それに、今言ったことは、あくまで『俺としては』だ」
「えっと、どういうことでしょうか」
「君は、師匠を探しに行きたいんじゃないか?」
そう言われて、ドキッとする。
それは、ここ最近よく考えていたことだったからだ。
十年ぶりに居場所の分かった師匠。
まだ、魔族領に居るのかはわからないけど、何も分からないよりかはだいぶん探しやすい。
それに、修行は酷かったとはいえ、俺に生き方を教えてくれた恩人だ。
会いたいかどうか、と言われれば会いたい。
「だから、俺は無理に残れとは言わない。この国を救ってくれた君の意見を尊重したい」
レグルス国王様はそう言ってくれた。
どうしようか……。
ふと、アリシアとも目が合う。
アリシアはなんていうんだろう?
少しだけ、気になったから目が合ったのかもしれない。
アリシアは、柔らかく笑った。
「わたしの事は、お気になさらないでください。ヴァンが行きたい道を選べばいいんです。ミラ、ディアン。それではわたしたちは、行きましょうか。色々としないといけないことも残っていますし」
「アリシア様……。そう、ですね。分かりました」
と、ディアンが言った。
「それでは、国王様。わたしたちはこれで」
ミラが言って、国王様が頷くと、三人は謁見の間を出ていった。
「まあ、ゆっくりでいい。ずっとここに居るでも、師匠を探しにいくでも、あるいは気が向いたら出ていくでも好きに選べばいい。アリシアが言うようにな。ただ、どちらにせよ一言もらえると俺としてはありがたい」
「……分かりました」
俺はそう言って、色んな思いを胸に、謁見の間を立ち去った。




