ルーン魔術師到着
王宮の裏手に戻ると、そこには栗色の髪を揺らしてチルカが走ってきていた。
メイド服の彼女と目が合う。
「ヴァン様! 先ほど大きな音がしたのですが、一体何事ですかっ?」
「チルカっ! ごめん。それは後で説明する。それよりも、アリシアか、ゼフさんを見てないっ?」
「い、いえ、見ていませんが……」
どうする?
チルカにも協力してもらうか?
いや。
と俺は思考を断ち切る。
意味がないとは言わない。
だけど、チルカ自身も危険にさらしてしまう恐れがある。
それに、チルカが俺よりも先にゼフを見つけて、刺激してしまうのも不味い。
ゼフの目的は?
恐らく、いや、きっと国王様だ。
時間があれば、車輪とか、円盤を使って【導き】のルーンで探したいけど……。
そんな悠長な時間はない。
「チルカ。レグルス国王様がどこにいるかは分かる?」
「え、っと。この時間だと、レグルス様は謁見の間におられるかと思います。確か、ゼフ宰相が今日は遠くからお客人が姿を隠していらっしゃると仰っていて、わたしたちも謁見の間のある階に入るなって言われてるんです」
そこまで手を回してるのか。
なら、間違いない。
「ありがとうチルカ」
俺はお礼を言って走る。
背中から、チルカが叫ぶ。
「あ、あの! 立ち入り禁止ですよっ! ヴァン様ぁ!」
そんな叫び声を置き去りにして俺は謁見の間に向かった。
*
階段を上がり、広く長い廊下を走り、息を切らせ、肺が苦しくなって、足もだんだんと重くなって、全力疾走で謁見の間へと向かう。
謁見の間のある階層は本当に人気が無かった。
背筋が寒くなるような静けさが蔓延として、それが俺の頭の中に、最悪なシーンを思い浮かばせる。
ゼフの隣に、血を流して倒れる二人。
そして、俺が入ると、ゼフは奇妙に笑ってこういう。
『おや。ガルマ様とのお話は終わりましたか?』
やめろ。そんな考えするだけ無駄だ。
ごくん、と俺はつばを飲み込んだ。
喉が乾いて変な感触だ。
「はぁ……。はぁ、はぁ。まに、あえ……」
目の前には、謁見の間の大きな扉。
俺は勢いよく、扉を開いた。
俺の視界に映ったのは。
ゼフと、その近くに座らされているアリシア。
そして、剣を抜きゼフと向き合う国王様。
その表情は苦悶に満ちていた。
だけど、俺はひとまず安心した。
時間は、俺に味方した。
「間に、あった……」
肩で息をしながら、俺はそうつぶやいた。
「ちっ。役立たずが……」
ゼフの悪態が響く。
「ヴァン……」
「ヴァン殿……」
アリシアと国王様が俺を見る。
俺は、こう言った。
「ゼフ。あなたの負けだ。大人しく投降してください」
沈黙が降りる。