ルーン魔術師とガルマ・ファレン
ガルマと共に、森の中を歩く。
それほど深い森ではない。
木と木の感覚もそれほど狭くはなく、木漏れ日が降り注いでいる。
こんな時でもなければ、随分と気持ちがいい場所だろうと思うと、少し残念だ。
「ガルマ。どこまでいくんだ」
そう聞くと、前を歩くガルマは鼻で笑って言った。
「はん。そう焦るな。それに、もう少しだ」
やがてガルマは立ち止まる。
そして、しゃがみ、地面に手を当てた。
瞬間、土の壁が現れる。
それはどんどんと広がっていき、俺たちを囲むように土が盛り上がる。
どうやら、【土壁】のルーンを仕込んでいたようだ。
「どうあっても、逃がさないってこと?」
「はっ! そういうこった。大丈夫さ。王宮のことは気にしなくても。ゼフのこともな」
「どうして?」
「そりゃあ……」
ガルマが笑う。
「ここで死ぬてめえには関係のないことだからなあ! 【ウィンドカッター】!」
ガルマが口にしたのは風の魔法だった。
腕から放たれた、見えない風の刃が木の葉を巻き上げる。
俺は咄嗟に横に跳んだ。
魔法は俺の後ろに立っていた木に命中し、幹を両断する。木は綺麗な断面を作り、地面に倒れた。
「本当にやる気なのっ?」
俺は叫んで聞く。
「あったりめえだろ! じゃなきゃここまでしてねえよ! 【ウィンドカッター】! 【ウィンドカッター】! 【ウィンドカッター】!」
連打される魔法。
俺は横に走って避ける。少しでも足を止めれば、俺の体はあの木のように真っ二つになるだろう。
着弾する魔法は大きな音をたてながら土や木の葉を激しく吹き飛ばし舞いあげる。
きっとウィンドカッターを連打しているのは、俺のルーン対策もあるのだろう。
こう間髪いれずに打たれてはルーンを刻む暇もないし、地面ごとめちゃくちゃに吹き飛ばされては地面に刻んでも意味がない。
俺を着替えさせたのも、このためか。あのローブのままだったら、ポケットにペンやら紙やら入れてたから、まだ色々と何か出来たんだけど。
風の刃をかいくぐりながら、俺はそんなことを考えていた。
「逃げてるだけかァっ! 【ウィンドカッター】! っつっても、逃げるしかできねえよなあ! お前は確かにルーン魔術師としては優秀かもしれねえ! だがよぉ! ルーン無しじゃなんにもできねえ! 実戦なら俺のほうが上手だ!【ウィンドカッター】!」
流石ガルマだ。
俺の代わりに七英雄に選ばれるだけはある。
ちゃんと対ルーン魔術師の戦闘方法を知ってる。
ルーンを描くための道具を奪い、十分な時間を与えない。全く、効果的だ。
準備を怠ったルーン魔術師は力を持たない。
だから、魔術師対ルーン魔術師は準備を怠っていればルーン魔術師が不利だ。
だけど。
俺は身体をガルマの方向に向ける。
もしかしたら、ルーン魔術師対ルーン魔術師の戦闘経験は少ないのかもしれない。
俺はここまでの戦いでそう思った。
俺はガルマに向かい走る。
「腹を括ったか? 【ウィンドカッター】!」
早さ、威力、そして、舞い上がる木の葉から推測されるおおよその刃の大きさ。
風の刃が風切り音と共に、向かってくる。
「しねえええええええええええええええええええ!」
ガルマが叫ぶ。その瞬間。
俺は身体を沈めた。腹を上に向けるようにして、地面を滑る。ういた前髪が、見えない刃にかすめ取られて宙を舞う。
「なっ!」
絶句するガルマ。真正面から避けられるとは思っていなかったのだろうか。
確かに、魔術師としてもガルマは優秀だろう。
でも、その程度だ。
七英雄の魔女ルーアンには遠く及ばないし、師匠が俺をいじめてくる時よりもガルマの魔法は見切りやすい。
剣聖カイザーや拳神リッカの攻撃よりも随分遅い。
「くっ! 【ウィンドカッター】! 【アイスランス】! 【ボルトショット】!」
色んな魔法を織り交ぜてくるが、見えない風の刃よりも他の魔法はよけやすい。
「くそ! く、来るな! なんでだよ! なんで当たんねえんだ!」
「避けるのだけは、得意なんだ!」
もう、俺とガルマの間に、ガルマが新たな魔法を繰り出すほどの距離はなかった。
お互いが一歩踏み出して、手を伸ばせば届く距離。
ガルマは魔法を諦めたのか、ルーンの書いてある紙を取り出す。
やっぱり、ガルマはルーン魔術師としてルーン魔術師と戦った経験は少ないのだろう。
師匠の教えが、俺の脳裏に浮かぶ。
『ルーン魔術師と近接戦するときに、ルーン魔術を使うな。利用されるだけだ。だからもしも、お前が、ルーン魔術師と戦う機会があれば、近接戦になる前にルーンは使いきれ』
俺はガルマに手を延ばす。
ガルマは近くの木に貼り付け、起動していた。
「【木縛】!」
ルーンが発動する。
木の幹から、俺の体を捕まえようと、枝が伸びてくる。
だけど、俺はそれよりも早くガルマの服をつかんでいた。
「なにを……!」
「こうするんだ!」
ガルマを引き寄せる。そして、俺はガルマの身体を押し寄せてくる枝に向かって突き飛ばした。
枝がガルマの腕を絡めとり、胴体、足、と巻きついていく。
「な、ど、どうなってる? どうして、俺が!」
言っている間に、枝に引っ張られたガルマは木の幹にがっちりと固定されてしまう。
「ルーン魔術師の近くで、ルーン魔術を使うのは危険だよ。俺は、たまたま師匠にいじめられてたからルーン魔術師との戦いには慣れてるんだ。ガルマ。君は多分、本当に優秀なんだと思う。だけど、経験が足りなかったみたいだね」
もしガルマがルーン魔術師との戦いに慣れていたなら、【ウィンドカッター】なんて魔法よりもまずは相手に利用されないために自分の持ってるルーンを使い切る事を考えるはずだ。
なのに、魔法を連打するガルマを見て、俺はガルマがルーン魔術師との戦いに慣れてないことに気付けた。
「クソが! 勝った気になりやがって! こんな木に縛り付けられたごとき、お前の使えない魔法でなんとでもしてやる!」
「分かってる。だから、少し眠っていてくれ」
俺は、一枚の紙をガルマの前に突き出した。
【発雷】のルーンだ。
金属にくっつけて使うルーンだが、ちょうどよく金属片もある。
ガルマは目を見開いていた。まるで、信じられない光景を見ているようだ。
「なんで……。お前、どこにルーンを持っていた……。その金属片も、どこに隠してた……」
「持っていたのは俺じゃない。ガルマだよ」
「なっ! てめえ! 俺のルーンをくすねたのか!」
ガルマの身体を引き寄せた時、俺はガルマの服のポケットからルーンを抜き出していた。
「ルーン魔術師がルーン魔術師と戦うときに気を付けないといけないのは二つ。一つは、自分のルーンを利用されないこと。そしてもう一つが、事前にルーンを準備しすぎないこと。盗まれて使われないためにね。足りない分は戦闘中に用意するのが、一流のルーン魔術師だよ」
なんて、師匠の受け売りだけどね。
修行の時は、ただ俺をいじめたいだけだろなんて思ってたけど、師匠との戦闘訓練が役に立つとは……。ありがとうございます師匠。
俺はそんなことを思いながら、ガルマにルーンを張り付ける。
ちょうど腹のあたりが枝が巻きついてなくていい感じだった。
「ごめん。後で、迎えに来るから」
「く、くそがあああああああああああああああああああ!」
バチンっ!
と、音が鳴る。
それと同時に、がっくりとガルマはうなだれた。
「が、あが……。て、てめ……」
随分と威力は抑えたから、意識を奪うまでもいかなかったみたいだ。
だけど、この状態から何かできることもないだろう。
「お、おぼえ、てろ……」
その言葉を背に、俺は走り出した。
俺たちを囲みそびえたつ土壁に、俺はガルマから盗んだ【爆発】のルーンをたたきつける。
盛大な爆音と、そこらじゅうの物が舞い上がる。
降り注ぐ泥や木っ端のもと、俺はただ真っ直ぐに王宮へと走った。
心臓が鳴る。
ドクドク、と激しく鳴る。
一応、俺の出来ることは残してきた。
それに、ゼフの思惑が、俺の思っている通りなら、大丈夫なはずだ。
とにかく今は急げ。
アリシアのもとに。