ルーン魔術師とゼフ
「ゼフさん? どこに向かってるんですか?」
「化粧室ですよ。先日は急な事でしたので慌ただしくなりましたが、今日はガルマ殿は準備が整うまで待ってくださると仰っていたので。そのローブは似合っておりますが、我が国としては正装も出せないと思われたくはありませんので」
ふむ。なるほど。
俺は連れられるままに化粧室に入る。
「あの、出来ればこのローブのままがいいかななんて……。思ってるんですけど」
「なりません」
俺が言うと、ぴしゃりと言い切られる。
ローブを脱ぐと、いつものキチッとした礼服を用意された。
窮屈さと、少しの不安感を感じながら、礼服を着る。
それから入ってきたメイドさんたちに髪型なんかも整えられて、化粧室を出る。
「ほほほ。似合っていますよ」
「どうも」
「それでは、行きましょうか」
そうして、王宮の中を歩く。
どこに連れられているのだろうか?
ゼフさんは、俺が普段は訪れない場所を歩いていく。そして俺もついていく。
普段は歩かない場所を歩いていると、王宮って本当に広いんだなって思う。
「あの、ガルマはどこで待ってるんですか?」
「ついてきてくだされば」
取り付く島もない。
まあ、今はついていくしかないのかもしれない。
黙ってついていくと。
王宮の正門とはちょうど反対の位置くらいのところについた。
裏口のような場所があり、ゼフさんがそこを開ける。
「外……。ですか?」
「はい。こちらです」
そこから出ると、王宮の裏手には森が広がっていた。
流石に、俺はこう聞いた。
「何を企んでいるんですか?」
ゼフさんが立ち止まる。
「流石に、お気づきになられますか」
「まあ。ガルマと話し合うっていうのに、ここまで連れてこられるのはおかしいですからね。服装は気にするのに、なぜ場所はもっとちゃんとした場所じゃないんだろうとか。色々と」
「ほほほ。ですが、分かろうとあなたに選択肢はない。それとも、ここでわたしに何かをしますか? お得意のルーン魔術で」
「そしたら、あなたは国王に報告して、俺を密偵だったとでも言って追い出そうとするでしょう」
「国王様はあなたを信頼していますから。聞き入れてもらえるかは分かりませんが」
「それでも、疑いの目はかかる。もしかしたら、牢にいれられたりとか、あるいは部屋で大人しくしていろと監視をつけられたりとか、少なくとも自由には動けなくなる。あなたの目的は俺の自由を奪うことだ」
「……。なるほど」
「確証はありませんでしたが。ここに来るまでゼフさんは、随分と上手く隠していたようですから」
「でも、疑っていた。理由を伺っても?」
「一番最初に疑問に思ったのは、俺がこの国に来た日の夜。ミラが俺の部屋を訪れていた時です」
「ふむ」
「あの時話し声がするから、とあなたは入ってきましたが、扉はしまっていたし、俺もミラもそんなに大きな声では話していなかったと思います。それに、あなたはノック一つせずに部屋に入ってきた。話し声がしたというなら特に、ノックはするんじゃないですか? だから、あれはあなたが咄嗟についた嘘だ。あなたはきっと寝込みを襲うつもりだった。違いますか」
「今でなければ、ひどい妄想だ、と言っていたでしょう」
「ですから、俺もずっと黙ってました。あなたを疑うことで、俺に疑いの目がかかるのもまずいですし。それに、まあ、本当に勘違いで、ひどい妄想だということもあったでしょうからね。あとは毒井戸の事でしょうか。これも俺の勘違いということはあったでしょうが、あまりにも収束が早すぎた。あなたは大体どれくらいの被害が出るのか最初から知っていたのではないですか?」
「ふむ。だけど、それも、所詮は妄想だ、と切り捨てられる。だから、あなたはまだ誰にも打ち明けなかった」
「そういうことです。ゼフさんはどうやらこの国での信頼が厚いようなので」
ゼフさんが振り返る。
俺は思わず眉をひそめた。
ゼフさんのその表情が、見たこともないくらいに邪悪にゆがんでいたから。
背筋を凍らせるようなその笑みに、俺は動けないでいた。
「ですがそこまで分かっていても、どうしようもない。あなたにはこれからガルマと会い、事が済むまで時間をつぶしてもらいます。それに、今から王宮に戻っても、まだわたしは何もしていない。あなたは妄言を披露するだけだ」
「いえ、妄言も披露する気はないです。ただ、それでも、俺が戻れば、それだけであなたは色々困るんじゃないですか?」
「そう、ですね」
少しの沈黙が訪れる。
俺とゼフさんは互いにけん制しあうかのように、ただ、お互いを見つめていた。
「おいおいおい! なんだよ!」
そんな声が森の方から聞こえてきた。
そして、森の中から一人の男が現れる。
ガルマ・ファレン。
そいつは、金色の髪をたなびかせ、獲物を見る目で俺を見ていた。
「俺のところに連れてくるんじゃなかったのか!? なんで、こんな所で油売ってんだ」
「少々うるさいですね。まさか、これほどまでに勘づかれているとは思わなかったのですよ。このヴァンという男は存外頭が切れるようだ」
ゼフがそう言うと、ガルマは嫌そうな顔をして、舌打ちをする。
「ちっ。まあいい。俺についてきな」
「できれば、後にしてほしいけど」
「こいつを見てもそれが言えるか?」
「それは……」
ガルマが取り出したは、拳大程の石炭に、紙を張り付けたものだった。
そして、俺はそれによく見おぼえがある。
「【爆発】のルーン……」
「おう。そうだ。お前が来ないなら、俺はこいつを王宮にぶっぱなす。だが、流石にそこまではしたかねえんだ。お前がついてきてくれるっつうんなら、俺はそれでいい。どうだ? ついてきたくなったか?」
流石に、あれを王宮に使われるのはマズいな……。
俺は、仕方なく頷いた。
「わかったよ。だから、それをしまってくれない?」
ガルマは石炭をポケットにしまい、踵を返した。
「ふん。こっちだ」
俺はガルマの方へと歩いていく。
ゼフさんとのすれ違いざまに、彼はこう言った。
「どうぞ、ごゆっくり」