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ルーン魔術師と慌ただしい朝

 ガルマが来てから数日が経っていた。

 あれから、ガルマと会うこともなく、俺は王宮でアリシアにルーン魔術を教えたり、アリシアたちと街に向かったりして日々を過ごしていた。


「うーん……」


 朝。

 のんびりとした時間の中、俺はベッドの上で伸びをしながら考え事をしていた。


 でも、そろそろガルマにも会いたいなあ。ルーン魔術を教えてもらいたいし。

 でもなぁ……。会ったら会ったで、グラン王国に一度帰って来いって言われるんだろうなあ……。うう。頼まれたら頼まれたで、断りづらいんだよなあ。


 そんな事を考えていると、ドアがノックされる。


「チルカです。おはようございます。お着替えお持ちしました」


「おはようチルカ。着替えありがとう。部屋の前に置いといて貰ってもいいかな?」


「かしこまりました」


 着替えを手伝ってもらうわけでもないので、着替えはこうやって部屋の前に置くことを最近は頼むようにした。

 寝起きのだらしない恰好を見られるのも恥ずかしい。


 俺はベッドから降りて、着替えを取りに出る。

 部屋の前に置かれていたのは、黒い服だった。


 だが、これは今までのあのキチッとした服とは違う。

 部屋に戻った俺はその服を広げる。


 ばさり、と音を立てて広がったその服は、ゆったりとしたローブのようなつくりになっていた。そして、内側、外側にと深いポケットが複数個ついている。


「ようやく出来たか……」


 俺はその服を見て少しにやけていた。


 これはガルマが来た次の日に街で見かけて買ったローブだ。

 王宮でこれを着ても問題ないのか、と悩んでいたらミラがゼフさんに聞いてくれた。そうしたらすんなりと許可されたのだ。

 だけど、「サイズをぴったり合わせます」とミラに言われて今日まで王宮のメイドさんに預けていた。


 袖を通すと、試着した時より身体にぴったりとくっつく感じがした。それでいて、窮屈過ぎない。いい具合にゆるっとしていてめちゃくちゃ動きやすい。


 おお。なんか感動するなあ。流石王宮のメイドさんだよ。すごい仕事だ。


 服の着心地を確認しながら、俺はポケットにペンやら紙やらハンカチやらを詰め込んでいく。物をいっぱい持つと安心感がさらに増した。


 修行中はこんな格好をしていたし、師匠もこんな服を着ていた。

 これこそが、ルーン魔術師としての正装と言っても過言ではないだろう。


 そこで、俺は部屋の扉が空いていることに気が付いた。


「あ、あの」


 覗くようにチルカが見ていた。

 どうやら戻ってきたようだ。


「どうしたの?」


「わ、わたしが合わせたんですけど。着心地どうでしょうか」


「チルカが? すごいよ。ぴったりだ。ありがとう」


「本当ですか! ぜ、ぜひ、汚れたりほつれたりしたらわたしにお任せください! ばっちり直しますので」


 そう言ってチルカは栗色の髪を揺らしながら、顔を輝かせた。

 その笑みを見てると、こっちもなんかほっこりとする。そんな安心感のある笑顔だった。


「おや、チルカ。おはようございます」


 ミラさんの声だ。


「わ、み、ミラさん。おはようございます。アリシア様もおはようございます」


 部屋の中からは見えないが、そこにはアリシアもいるようだ。

 チルカが腰を綺麗に折って挨拶をしていた。


「そ、それでは。わたしはこれで失礼しますね」


 チルカはなんだか焦った様子でこの場から立ち去って行った。

 やっぱりメイドさんって忙しいのかなあ。


 そんなことを思っていると、開いているドアからミラさんとアリシアが姿を見せる。


 アリシアはいつも王宮に居るときの格好をしていた。

 白くて、少しふりふりした長袖に、高そうだが、動きやすそうなふわりとした白いスカート。

 透明感もあってまぶしいくらいだ。

 かたやミラさんはいつものメイド服ではなかった。

 俺たちと街に出るときと同じ服装。

 町娘風の服に、帽子に眼鏡の変装だ。

 これから街に出るのだろうか?


「おはようございますヴァン」


「おはようございますミラさん。アリシア」


「はい。おはようございます」


 にこりと笑うアリシア。

 それから、俺の姿をまじまじと見ると呟くように言った。


「わぁ……。すごい。格好いいですヴァン」


「よく似合っていますよ」


 続いてミラさんもそんなことを言う。


「あはは。ありがとうアリシア。ミラ」


 勘違いするなよ俺。

 俺が褒められたんじゃない。

 服が褒められたんだ。

 だけど、やっぱりこの服が褒められるのも嬉しいから、まあ、嬉しくなっていいよね。うん。


「えっと、それで今日は一体どうしたの?」


 俺がそう言うと、ミラさんが帽子を取って言った。

 眼鏡の奥に潜む綺麗な瞳が光る。


「それがですね。ゼフ宰相から先ほど、王都に急な用事を頼まれまして。午前中は王宮に居ないのです。どうしてもわたしに行ってもらいたいそうで」


 格好から予想されるように、ミラさんはやっぱり王都に行くようだった。


「へえ。じゃあ、アリシアも?」


「いえ、それが」と、ミラさんが言う。


「アリシア様は午前中はお勉強をなさらないといけないのです」


「そうなんだ」


 それに驚きはなかった。

 と、言うのも、アリシアが王国のために勉強しているのは知っていたし、俺がここに滞在するようになってからも、アリシアが勉強をしている時は何度もあったからだ。


「それで、ヴァンにお願いがあるのですが、アリシア様についていてもらいたいのですが」


「え、えっと、一応言っておくけど、俺はルーン魔術以外のことは教えられないと思うよ?」


 王族の事にも詳しくないし、この国のことにも詳しくない。

 そんな俺がアリシアが王族として勉強をしている内容を教えられるとは到底思わなかった。


 そんな不安はミラさんが首を横に振ったことですぐに吹き飛んだけど。


「いえ。そうではないです。すみません。言葉足らずでした。勉強はわたしが教えてるわけではなくて、ご指導くださる先生が来てくださってます。それで、わたしはいつもは付き添い兼護衛を任されているのですが」


「つまり、俺に護衛をしてほしいってことかな」


「まあ、そういうことです。ディアンに相談したところ、ヴァンなら問題ないと仰ってましたので」


「あ、あはは……。ディアンは俺のことを信用しすぎな気はするけど……。って、そのディアンはどうしたの?」


「それが、ディアンも今日は忙しくて。アリシア様の近衛兵がグラン王国に出向いたときに亡くなられたので、新たな近衛兵の選定に、兵士としての訓練。それから、書類仕事なんかもありまして」


「そ、そうなんだ」


 き、聞くだけで忙しそうだ……。

 って、そうだよね。ディアンは近衛騎士隊長なんだし。それくらい忙しくても不思議はない。

 なんか、改めて見直しちゃうなあ。


「ですので、ヴァンにお願いできれば、と」


「わたしからもお願いします」


 アリシアもそう言う。

 ここまで言われたら、断れないなあ。

 それに俺を信頼してくれてるなら、ちゃんと答えたい。


「うん。わかったよ」


 俺がそう言った時だった。


「すみません。少々お待ちを」


 部屋に新たな人影が入ってくる。

 宰相のゼフさんだ。


「ゼフさん?」


「おはようございますヴァン殿。少々よろしいですかな」


「えっと、どうかしましたか?」


「はい。先日、ここに来られたグラン王国の七英雄のガルマ殿がまた来訪されました。今から、ヴァン殿と少しでいいから話をさせてほしいと。相手があの七英雄ですので、わたしも追い返すわけにはいかず……。お願いできますかな?」


「お父様はなんと言っておられましたか?」


 そう言ったのはアリシアだ。

 表情がこわばっている。

 この前の時も、アリシアが一番怒ってくれているようだったし、やっぱり俺がガルマと会うのは不服なのだろう。

 だけど、ゼフさんはそんなことは意にも介さずにつづける。


「少しなら、と仰っております」


「そ、そう、ですか……」


「アリシア様。ご理解ください」


「……分かりました」


 次に口を開いたのはミラだ。


「では、アリシア様の護衛はどうしましょうか? わたしは王都に行かないといけないんですよね」


「それでしたら、わたしめが承りましょう。老いぼれですが、護衛もつとまらぬほど老いてませんよ。王都のほうはわたしよりミラの方が適任ですから、今日はそうしたほうがいいでしょう。いやはや、朝から慌ただしいですな」


「そうですか。ゼフ宰相なら安心ですね」


 どうやらゼフさんの実力はミラさんも信頼しているようだ。


「では、アリシア様はお部屋でお持ちいただいていてもよろしいですか? ヴァン殿をお連れした後にお向かいしますので」


「……。わかりました」


 アリシアが頷く様子はしぶしぶに見えた。


「では、ヴァン殿。こちらについてきていただけますかな」


「はい。わかりました」


 そうして、俺はゼフさんについていこうと歩く。


 アリシアが心配そうに俺を見ていた。


「お気を付けくださいヴァン」


「うん。分かったよ。ありがとうアリシア。あ、そうだ」


「どうなさいましたか?」


「アリシア、ハンカチ持ってる?」


「え? はい。ありますよ。……って、あれ?」


 アリシアはハンカチを持っていないことに首を傾げる。


「忘れたみたいです……」


「じゃあ、貸してあげるよ。困ったら使って」


 そう言って、俺はアリシアにハンカチを渡す。


「あ、ありがとうございます!」


 そうしてハンカチを受け取ったアリシアの顔からは心配そうな表情は消えていた。

 気も紛れたみたいでよかった。


「じゃあ、行ってくるね」


 そう言って、俺はゼフさんの後を追いかけた。

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