企み
これでいい。これでいいんだ……。
交渉なんて、うまくいってもらってはこっちが困る。
俺はほくそ笑んでいた。
ラズバード王都の宿の一室、俺は笑みを隠すために両手を机に肘をつき顔を覆って座っていた。あたかも絶望しているかのように。
「ガルマ様。どうして、もっと誠実に頼まれなかったのですかっ?」
ここまで俺と共に来た兵士の一人が言う。
ちっ。うっとうしいゴミが、と頭の中でつぶやく。
「それに、そろそろ認められてはどうですか。あなた様は優秀ですが、ヴァン様程ではございません。彼の力が、我が国には必要なのです」
その言葉に、俺はたまらず机を強くたたき、兵士の方を向いていた。
胸倉をつかみ、壁に強くたたきつけるように押しやった。
「なんだって? もう一度言ってみろ」
「う、うぅ……」
「落ち着いてくださいガルマ様!」
もう一人の兵士の声がそう言った。
「ちっ」
舌打ちと共に、俺はようやく手を放してやる。
口答えをしてきた兵士はせき込みながら崩れ落ちていた。
「出ていけ」
冷たくつぶやくと、二人の兵士は何も言わずにそそくさと部屋を出ていった。
さて、邪魔者もいなくなったな。
これでようやくゆっくり考えられる。
問題は、どうやってあいつを誘い出すか、だ。
気が変わったら来いとは言ったが、まさか来るわけはないだろう。
流石に、王宮ごと吹き飛ばすわけにはいかない。
あいつが一人勝手に消えて、俺は我関せず。
そして、俺はグラン王国に帰り、ヴァンはどこかに消えたと報告する。
これで初めて、俺がルーン魔術師として唯一無二の最強になり、そして栄光の道が開かれる。
仮に、そう、仮にだ。
仮に、俺がヴァンより劣っているとしても、ヴァンが本当に居ないとなれば、他の七英雄達も俺を頼らないわけにはいかないだろう。
だとするなら。
「闇討ち……。か」
ヤツは自由だと言っていた。
ならば、王宮の外にも出られるのだろう。
街に降りてくるのを待つ。
そして、そこを討つ。
そのときだった。
コンコン、と部屋の扉がノックされる。
誰だ?
兵士が帰ってきたか?
い、いや。まさか……。ヴァンか?
「……。入れ」
言いながら、俺はポケットの中のルーンを準備する。ヴァンを殺すためのルーンを。
「お待ちなさい。わたしはあなたに協力しに来ました」
入るなり、そいつはそう言った。
「お、お前は……」
俺は目を疑っていた。
薄紫の肌に、漆黒の角を持ち、そして黒い翼の生えた男がそこに居たのだ。
「ま、魔族……。どうしてこんなところに」
「あなたの邪悪な思念に導かれてきました」
「魔族は悪意に敏感と聞くが、本当だったか。いや、俺が聞きたいのはそういうことじゃない。俺が聞いているのは、人間の国にどうして魔族が居るのか、と聞いているんだ」
「はて。それは今重要なことですか? 今、あなたに重要なことは、憎き相手を、どう自分の前に姿を現させるか、ということではないでしょうか?」
「……。何がいいたい?」
「協力して差し上げましょう」
「なんだと……」
「わたしが、あなたが憎む相手をあなたの前に呼びましょう、と言っているのです」
「それで、お前は俺に何を求めているんだ? タダというわけじゃないんだろう」
「本来なら。ですが、今回は、あなたのその行動がそのまま、わたしの行動理由になる。なので対価は求めません。わたしは、あなたがちゃんと動いてくれれば、それで構いません」
「怪しいな」
「そうですか? いえ、嫌ならいいのです。ですが、わたしの協力なしにしては、あなたの考えていることは難しいように思えますが……」
確かに。こいつの言う通りだ。
俺だって、ここにいつまでも居るわけにはいかない。
あの兵士どももうるさく言ってくるだろうしな。女王陛下や七英雄達に報告されては面倒だし、結局何もせずに帰っても、俺のメンツが潰れるだけだ……。
この魔族の男が何を企んでいるかは知らないが……。
「分かった。協力しよう。それで、俺は何をすればいいんだ?」
「何もする必要はありません。強いて言うなら、あなたの憎き相手を、あなたが倒す準備をすればいいでしょう。ま、わたしの目的に、あなたの勝利は関係ありませんがね」
「ふん。俺はそれ以上何もする気はないぞ」
「ええ。構いませんとも。それでは、また」
魔族の男が姿を消す。
そして、数日後。
その日がやってくる。