ルーン魔術師と来訪者・2
どうしてガルマが?
そんな疑問を聞く暇はなかった。
聞いても、誰も答えられなかったとは思うが。
七英雄と聞いた瞬間から、国王様もゼフさんも表情を曇らせ、そそくさとディアンについていったのだ。
もちろん俺も連れていかれた。
ガルマが待つのは、応接室だった。
中に入ると、巨大なテーブルがあり、ガルマとその両サイドにグラン王国の兵士が一人ずつ座っていた。
本当にガルマだ……。
あの時、俺をグラン王国の王宮から解放してくれた時に見た金髪イケメンと同じ顔がそこにあった。
だけど、あの時とは違って明らかに顔色が悪そうだった。
長旅で疲れたのだろうか。
そんなことを思っていると、ガルマは俺の顔を見て、驚いたように固まっていた。
「ヴァン……。本当にここにいるとは……」
「ほう。俺が出てきたというのに、俺には目もくれないか」
そう言ったのはレグルス国王様だ。
少し怒っているような気がするのは気のせいじゃないだろう。
普通は、王様に挨拶するのが先に決まっている。
それに気付いたのか、ガルマもハッとして立ち上がり頭を下げる。
「失礼しました。ラズバード国王。少々、見知った顔が居ましたのでつい驚いてしまいました。私は、グラン王国の七英雄が一人、ガルマ・ファレンと申します。以後お見知りおきを」
「ふん。ラズバード王国国王のレグルス・ラズバードだ。それで、グラン王国の七英雄ほどの男が、何の用だ」
「本日は、そちらの男。ヴァン・ホーリエンに用がありこちらまで出向かせていただきました」
「ほう。グラン王国の国王の書状一つも無しにか? グラン王国の新国王は随分と礼儀を知らないらしい」
ぎろり、とレグルス国王様がにらみを利かせると、心なしかガルマの背筋が伸びたように見えた。
「ご、ご容赦を。我々は国を飛び出たヴァンを追いかけてこの地まで流れつきました。まさか、ラズバードの王宮に居るとはこちらも思っておらず……。正式な文書を用意できなかったのです」
緊張からか少し声が震えていた。
分かる。分かるよ。緊張するよね。
俺もさっきまでそうだったし、実際今も緊張してるからね。
おかげで喉がカラカラだ。
それにしても、よく俺がここにいるって分かったなあ。
って、そっかガルマもルーン魔術師なんだし【導き】のルーンくらい使えるか。
ため息をつくレグルス国王様。
「それで、どうしてヴァンがここにいると知ったのだ?」
「それは、このラズバード王都で【解毒】のルーンというものが国の兵士を通じて出回っていたという噂を聞き、もしやと思ったのです」
あれ。【導き】のルーンを使ったわけじゃないのか。
そんなことをせずとも探せるって事か。
「なるほどな」
とレグルス国王様が呟く。
いやあ。それにしてもガルマはすごいなあ。
俺なんて、仕事仕事で暇なんてなかったし、それに、王宮の中を歩く時だって手枷をハメられるくらいだったのに。
それが、ガルマはこうやってラズバード王国まで来れちゃうなんて。
きっと、俺がやってた仕事なんて一時間くらいで終わらせちゃうんだろうなあ。それに、国王様からの信頼もあるんだろう。
あ。この後、暇そうだったらルーン魔術を教えてもらおう。うん。そうしよう。
「それで、お前はヴァンに何の用だ」
「そ、それは……」
ああ、そうだった。
ガルマは俺に用があるって言ってたんだっけ。
一体なんだろう。
俺はガルマの言葉を待つ。
「ヴァン。一度、グラン王国に帰ってきてくれないか。リューシア女王陛下も交えて、お前と、いや、あなたと話し合いがしたい」
「へ? 俺と、話し合い?」
その瞬間だった。
応接室の部屋が、バンッ、と勢いよく開かれる。
そこには、桃色の髪を揺らし、肩で息をする少女が居た。
「い、いけません! そんなの、ダメに決まっています!」
「あ、アリシア!? って、聞いてたの?」
「聞かせてもらいました。ダメですよヴァン。その人の口車に乗っては」
珍しい。アリシアがそんなに必至になって何かを言ってくるなんて。
「く、口車なんて。というか、お嬢ちゃん。君のような子が入っていい場所じゃない。出ていきなさい」
「貴様。俺の娘になんという言い草だ?」
「む、むすめっ!? し、失礼しました。王女殿下でございましたか。ご無礼をお許しください」
頭を下げるガルマ。
「ふん。次はないぞ。それで、アリシア。そんなに息巻いてどうしたというのだ」
「お父様。ヴァンはグラン王国の王宮に、十年間も軟禁され、仕事をさせられていました。きっと、話し合いなんて言っておいてまたヴァンを軟禁する気に違いありません。そんなの、ひどすぎます!」
「ま、まあまあアリシア。まだそう決まったわけじゃないし」
でも、と。俺は思う。
あのグラン王国の王宮の狭い部屋思い出す。
あの十年間、あそこだけが、俺の世界のほとんどだった。
寝て起きてはルーンを描き、外に出ると言えばたまに大きな道具とかにルーンを刻むのに王宮の庭なんかに行くくらいだ。王宮から出たことは一度もない。
それが、今はどうだろうか。
広い部屋があって、自由に散歩が出来て、困っている人をルーンで助ける。
俺は、今の方が幸せだと思う。
自由な、今の方が。
ガルマは話し合いって言ってるから、そうとは限らないんだけど、もう一度あの狭い部屋にこもってルーンを描けって言われると、ちょっと嫌かもしれない。
俺はそんなことを思っていた。
「それで、話し合いって言うのは、何を話し合うの?」
俺はガルマに聞く。
ガルマが答える。
「……。ヴァンに、グラン王国に戻ってきてもらいたい。その交渉をしたい」
「ダメです!」
アリシアが机に乗りかかる勢いで答える。
そう言ってもらえるのは、すごくありがたかった。
アリシアがそう言ってくれるからこそ、自分でも言わないとダメなんだろうなって思えたから。
だから、俺はアリシアのために笑顔をつくって言った。
「俺も軟禁される国なんて、もう嫌かな。今はここで自由にルーン魔術で困った人を助けてるんだ。それは、俺にとっては、素晴らしいことだよ」
「ぐ……」
ガルマが歯嚙みする。
「それに、グラン王国には俺より優秀なガルマが居るじゃない。大丈夫。何を不安に思っているのか分からないけど、ガルマならきっとやれるよ」
「ぐぐぐ……。い、いや。そうだが……。そうなのだが……。は、話し合いだけでも、ダメか? 戻ってくるかどうかは、そのあと決めればいい。だから、その、話し合いをしに一度グラン王国に」
バンッ!
と、机をたたいたのはレグルス国王様だった。
「くどいぞ。ガルマ・ファレン。ここは一度引け。そして、グラン王国の新国王がヴァンと話し合いがしたいというなら、そちらからもう一度、正式な手続きをしてこちらに来い。俺たちはヴァンに大きな恩がある。ヴァンが軟禁されていたという事実があり、そしてヴァンが断る以上、俺たちもグラン王国にヴァンを帰すわけにはいかない」
言い切るレグルス国王様に、ガルマは目も合わせることは出来なくなっていた。
そ、そこまで言わなくても……。
ガルマはがっくりと肩を落とし、立ち上がった。そして、力なく言った。
「しばらく、ここに滞在する。もし気が変われば、会いに来てくれ」
そう言い残して、ガルマは立ち去って行った。