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ルーン魔術師と来訪者・1

 悪いこと。


 それは、まあ大体の人から見て『悪いこと』ってのはある。


 例えば、王女様の誘拐を企ててみたり、井戸の中に毒を放り込んでみたり。


 こういったことは誰の目から見ても悪いことなんじゃないだろうか。


 でも、例えば、そう。


 王女様のことを王女様にいいと言われたからといって呼び捨てで呼んでいるとか、娘と年の離れた男が仲がいいとか……。


 こういうのって、誰の目から見ても悪いこととは言えなくても、それはやっぱり、王様や父親からしてみれば十分『悪いこと』何じゃないだろうか。


 い、いや。もちろんやましいことなんてしてない!

 それは胸を張って堂々と言える。


 説明すれば、きっと分かってくれるはずだ。


 ごくり、と唾を飲み込んで、俺はレグルス国王様の言葉を待つ。


「ヴァン。君から見てアリシアはどうだ?」


「え、ど、どう。ですか?」


 アリシアとの関係について、きっと怒られたりするのだろうと考えていた俺は、その言葉の意味をつかみ損ねた。

 どう?

 一体何を聞かれていて、何を答えればいいのだろうか。


 戸惑っていると、レグルス国王様がもう一度口を開く。


「ふむ。こう、何かないか? 印象というか……。なんでもいいんだが」


「印象……。ですか。そう、ですね……」


 そう言われ、俺はアリシアの姿を思い浮かべる。


 身長は小さくて、桃色の髪をふわりと揺らして歩く少女の姿だ。

 それから、思い浮かんだのは真剣に俺からルーン魔術を学ぶ姿。

 昔の自分を見ているようで本当に印象的だ。

 そして、俺がこの王宮に入る前に怯えてた時とか、毒を飲んだ時とか、アリシアは真っ先に心配してくれた。それに、孤児院の子を助けようと、自ら動いていた。


 俺はこう言った。


「可愛らしくて、一生懸命で、それから、とても優しいんだと思います」


「……。そうか」


 レグルス国王様の顔がまた少し和らぐ。

 咳ばらいを一つ挟んで、国王様は言った。


「ゼフ」


 と。

 その瞬間ゼフさんがメモ用紙を取り出し、すごい勢いで何かを書き始める。


 え!

 なになになに?

 何をメモしてるのっ!?


 そう思うが、流石に口を出せない。

 俺は変なこと言ってないよな、と自分の言葉を思い出し、いや、大丈夫だよね……。と思い、それでも心配になりながらその様子を頬を引きつらせながら見守ることしかできなかった。


 ゼフさんのペンが止まり、メモ用紙がレグルス国王様に渡る。

 それを見て、頷く国王様。


「まあ、いいだろう」


 なにが!


「さて、言質をとった……。んん! いや、なんでもない」


 言った!

 今完全に言質って言ったよね!

 あと、言質になるようなことは言ってないと思うし、何の言質なんですか!


 一体、俺はどうなるのだろう……。

 そんな不安が積もる。


「さて、それでは最後にだが、なにか聞きたいことはあるか? 今日は俺にも少し時間があってな。君にとってはここは異国だ。分からないことも多いだろう」


「聞きたいこと、ですか」


「ああ。なんでもいいぞ。答えられるかどうかは考えるが、聞かれただけで罰したりはしない」


 ふむ。

 特に困っていることなどはないのだが……。


 そう言えば、ディアンに会った時に『君が時代遅れ、か。グラン王国のルーン魔術はすさまじく発展しているんだな』って言われたっけ。

 と、俺はそんなことを思い出していた。


「えっと、この国のルーン魔術について聞きたいんですけど、どれくらい発展してるんでしょうか?」


「ふむ。そうだな。どれくらいと言われると俺も難しいが、少なくともヴァンほどのルーン魔術師はいないな」


「そう、ですか」


 うーん。

 じゃあ、グラン王国でも時代遅れだった俺よりも遅れているということだろうか?

 なるほど。ディアンがびっくりするわけだ。


「あと、もう一ついいでしょうか?」


「ああ、いいとも。なんだ?」


「その、アリシア様のご姉妹の方は今はここにおられないのでしょうか?」


 これは最近俺が思っていた疑問だ。

 数日と、この王宮にいるが、アリシアとレグルス国王様以外の王族に会ったことが無い。

 アリシアは第三王女と言っていたし、少し不思議に思っていた。


「ああ。アリシアには二人の姉と、一人の兄が居るのだが、全員王都を出ていてな。姉の二人が、十八と二十、兄が二十二になる。三人とも力があり、そして、王家には力があるということを各領主に示すために今は国中に出向させているのだ。まだ、しばらくは帰ってこないだろうが……。気になるか?」


「いえ、挨拶をしようと思っていたのですが。居ないなら仕方ありませんね」


「なるほど。では、以上か?」


「はい。色々とありがとうございます」


「それはこちらのセリフだ。では、行っていいぞ」


「はい。では失礼します」


 そう言って、席を立った時だった。


 コンコン、と扉がノックされる。


「誰だ?」


 ゼフさんが問う。


「ディアンです」


 ディアン?

 心配して戻ってきてくれたのだろうか?


「入れ」


 ゼフさんが言うと、扉が開く。


「どうした。ディアン?」


「国王様。来客です」


「来客? 今日はそんな予定はなかったが……」


「なんでも、緊急のことということで対応してもらいたいそうで……」


「一体どこの誰だ。その礼儀知らずは」


「その。グラン王国の」


 グラン王国!?


 俺は思わず息をのんだ。


「七英雄ガルマ・ファレンです!」


 それは、俺を自由にしてくれた素晴らしい男の名前だった。

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