グラン王国では……
時は少し戻る。
「……この食事はなんだ?」
そうつぶやくのはグラン王国、現女王リューシア・グラン。
輝かしい格好に、輝かしい金髪。
それとは一変して渋るような顔。
眉をまげ、口をまげ、目を細めながら彼女は目の前の光景に向かってそう言った。
「なに。と言われましても。朝食ですとしか言いようがありませんが」
そう言うのは、七英雄の一人、賢者クラネス・ペルカ。
クラネスは困ったように、でも少し楽しそうに笑う。
それから、自分の座っている席に置かれた朝食に手を付ける。
朝食は簡単な物だった。
パンにスープ。
すこしのサラダに数枚のハム。
それだけだ。
もちろん、リューシアの前にある物も同じである。
「女王陛下」
と、クラネスの隣に座る人物が声を上げる。
背筋をピンと伸ばしたその男は、眼鏡を少し持ち上げる。
七英雄の一人、商会議長ハンス・ホード。
「お言葉ですが、これが我が国の一般的の朝食ですよ」
そう言って彼もパンをちぎって口に放り込む。
それでも、リューシア女王は「はい。そうですか」とは言わない。
「だから! なぜ我がこんな一般的な食事をとらないといけないのか! と聞いているのだ!」
「節約です。今後の出費を考えれば抑えられるところは抑えたほうがいいでしょう」
「節約って……。あの男が一人いなくなっただけで、こんな食事を食べないといけないくらいお金がないのかっ? もしそうなら、お前の職務怠慢ではないのかハンス!」
「勘弁してください。グラン王国は確かにもともと大国でしたが、この国が大きく発展をし始めたのは最近です。ヴァンという一人の天才が居てこその発展だったんです。それがいきなりいなくなった。わたしにしてみれば足を取り上げられたようなものです。そんな中、いきなり動けと言われても難しい。動き方を考える必要がある。今はほかに何も失わないために備える時期なのです。と、昨日も何度もいいましたよね」
そのハンスの論に、リューシアは鼻を鳴らす。
「ハンッ! 大体、そもそもヴァンが居なくなってもどうにかなるようにしておくのがお前の仕事では? 仮に……。そう、仮に、百歩譲って、あのヴァンという男が天才だったとしても、いつかはどうせ死ぬんですから」
「もちろん。考えていましたとも。ただ、これほど早くいなくなるとも思っていませんでした。せめて一言言ってくれればよかったんですがね」
「一言言ってればどうにかなったのか?」
「いえ。あなたを縛り付けてでも止めていましたよ」
ぐぅ、と歯嚙みするリューシア。
そして、キッと鋭い目線が、ハンスとクラネルの向かいに座る男二人に向けられる。
「クロウ! ガルマ! お前たちもなんか言ったらどうだ」
だが、新宰相クロウは静かに食事をつづけ、ガルマも不機嫌そうにしているのみだ。
「大体、なぜいきなり追放なんて話になったんですか?」
ハンスが問う。
女王は固まった。言葉を選んでいるのか、なかなかしゃべりだそうとはしない。
代わりに答えたのはクラネスだった。
「女王陛下とそこのガルマ、クロウは学園時代に深い付き合いがあった。他にも数人そんな人が居ますね。そのときから、身内をその人物たちで固めるつもりだった。そして、はじめに白羽の矢が立ったのが、女王陛下からは何もしていないように見えたヴァンだった。そうですね」
「なぜそれを……。い、いや」
思わず肯定してしまうような発言をしてしまった女王陛下は慌てて口をふさぐ。
「伊達に賢者なんて呼ばれてませんよ。僕に知らないことはあっても、調べて分からないことは無いです」
クラネスはそういう。
バン、と大きな音がなった。
ガルマが机を叩いていた。
「だが、やつにも不正はあった」
「不正?」
「ああ。あいつには、多額の金の流れがあった。そうだ。その金を使えば、この国の現状も少しは改善するんじゃないかっ!」
「金? ハンス。なんのこと?」
「……さあな。だが、もしその多額の金の流れがあったとしたら、それはどこに消えたんだ? あいつには……。金を使う暇はなかったはずだ。……。それを強いていた俺たちがいえることじゃないがな……。とにかく、奴に金が本当に流れていたのなら、その金はまだ残っているはずだが、それはあったのか? ガルマ。そういえば、お前はヴァンの部屋を漁っていただろう? それらしいものが見つかったのか?」
「い、いや……。それは……」
ヴァンが使っていたという古代ルーン魔術の正体を探るために、ガルマはヴァンの部屋を漁っていた。だが、記憶にはそんなものない。
ヴァンの部屋は、色気も何もない。ただ、ルーンを刻むだけに他の全ては排された部屋だった。
「だったら、不正とは言い切れないな。むしろ、誰かに利用されていたと考えるのが妥当だろう。全く、そんな確認も怠るとは、よほど自分たちのことしか見えてなかった様子だ」
ハンスがため息をつく。
そのため息に、ガルマは委縮し、小さくなる。
そんな彼を見てか、助け船のつもりなのかクラネスがいう。
「ところで、ガルマはいつ出発するの?」
「……。準備が出来次第だ。今日中には行く」
「そ、じゃあ準備しておいで」
「言われなくてもそのつもりだ」
そうして勢いよく立ち上がったガルマは部屋を出ていった。
「さて、僕たちも動きましょう。女王陛下。食事を早くすませて下さい。冒険者を雇い入れたり、各領主に手紙を書いたり、今日は忙しいですよ。もちろん、逃がしませんよ」
「ま、まて……! 一つだけ、頼みがある」
「なんでしょう?」
「昼に、休憩として、中央広場の大噴水を見に行きたい。我の、子供のころからの憩いの場なのだ……。心を少し休めるくらいはいいだろう」
「あー……。いいですけど、正直、やめておいた方がよろしいかと」
「な、なぜだ!」
「あの大噴水。ヴァンのルーンで動いていたんです。彼が居なくなって二週間と少し。もうそのルーンも効果が切れています。なので、もう水が出ていないですよ」
「そ、そんな……。あ、あれも、あの男のおかげで動いていたのか……」
がっくりと肩を落とす女王。
その落ち込み様はすさまじく、本当に大噴水が好きだっただろうことは簡単に分かった。
食事を食べ終えたクラネスが席を立つ。
「では、執務室でおまちしていますので。食事を食べられたら来てくださいね」
「わたしも失礼しましょう。ご相伴にあずかり光栄でした」
ハンスもクラネスと肩を並べて部屋を出ていく。
「ねえ。ハンス。本当にお金のこと知らない?」
「……。知らないな」
お互いに小声でそんな言葉を交わす。
「へえ。意外だね。この国に、君の知らないお金の流れがあったなんて」
「……。そうだな」
「僕が調べてもいい?」
その言葉に、ハンスは立ち止まる。
二人は顔を見合わせていた。
ハンスは無表情に、クラネスは薄く笑いながら。
「……勝手にしろ」
そう言って、ハンスはクラネスとは反対の方向に歩いていった。