ルーン魔術師と賊とお姫様
森に入るなんていつぶりだろう。
城に軟禁される前は、修行と称して各地を回った。
砂漠、火山、氷河、荒野、草原、もちろん森も。
その中でも、特に森は好きだった。
木、葉、石、水、土、動物、昆虫、そのほかいろいろ。本当に様々なルーン魔術を使うための道具がそろってるのだ。
何も準備をしていなくても、森でなら十全に力を発揮できる。
それに、俺のルーン魔術は時代遅れらしいし、森じゃなかったら、もっと心細かったな。
俺は適当な虫をひっ捕まえて、拾った枝で小さくルーンを刻む。
【魔力探査】のルーンと【感覚受信】のルーンだ。
魔力探査は近くの魔力反応を感じ取れることができ、それを感覚受信で俺に教えてもらう。
数体の虫に同じことを繰り返し、森に放つ。
「うっ……。でも、これ、ちょっと気持ち悪くなるのがやっぱ難点だなぁ」
複数の感覚を共有することによって起きる、馬車酔いのような気持ち悪さを耐えつつ、俺は貸してもらった剣を抜く。
指先に少しだけ刃を当てて、血を流す。その血で、剣に【軽量】と【鋭利】のルーンを刻む。ほかにも刻みたいルーンはあったが、この剣の材質がわからない以上無茶なルーンをつけられない。
一つの道具に多くつけすぎると、道具のほうがルーンに耐えきれず崩壊してしまうのだ。
さてと、早く見つかってくれればいいのだが。
車輪がさしていたのは間違いなくこの森の方角だった。ただ、もしかしたら森を抜けた向こう側ということも考えられなくもない。
さすがにそうだったらどうしようもない。
だけど、そんな不安を取り除く感覚が、俺の体に走った。
魔力反応!
かなり多いな。
二十は固まって歩いているか?
俺は急いで魔力の反応があった虫のほうに向かって森の中を駆ける。
「んん~~~~~~!」
くぐもった声が聞こえる。
「いい加減黙りやがれ! 全員殺したんだ。もう助けは来ねえよ!」
「そうそう。あきらめて俺たちといいことしようぜぇ」
「ばか野郎! 無傷で連れて来いって依頼だ! ケガさせた奴はただじゃおかねえからな」
そんな声が虫を通して聞こえてくる。
良かった。無傷か。
少しの安心感を抱いて、森を駆ける。
感覚的に後数秒で敵と出会う。
木々の隙間から、数人の男の姿が見えた。そこに姫様とおぼしき人物の姿はなかった。
俺は虫との感覚共有をきる。
姫様はおそらくもっと前にいるだろう。だったら、とりあえず、後衛をつぶす。
俺は敵の足元に向かって、【衝撃】のルーンを刻んだ石を思いっきり投げつけた。
――――ドゴォオオオン!
石は地面をえぐり、強烈な音を上げる。それと同時に、何人かの敵を吹っ飛ばした。
「な、なにが起こった!」
「敵だ!」
「何人いる!?」
「わ、わかんねえ! 後衛が三人やられた!」
敵が騒ぎ出すと、同時に俺は木に身を隠す。
そのままこっちに来てくれ。
まだ俺がルーン魔術師だとはばれていないはずだ。
不意打ちなら、いくら時代遅れでも通じるはずだ。……通じるといいな。
「くそっ! 誰がやりやがった!」
二人、警戒しながら歩いてきた。だけど、警戒しているかどうかは、あんまり関係ない。
隠れている木に【木縛】のルーンを刻み、……、俺が隠れている木の近くを通ったところで、……、発動!
「なっ!」
「なんだぁ!」
と、叫んでいる間に、木から伸びた枝が二人をがんじがらめにして、木に張り付ける。
その枝の伸びる速さに二人は動きもできていなかった。
ルーン魔術師は罠を張って待ち構える分にはまず負けることは無い。ルーンさえ刻んであれば、その発動速度は魔法よりも早い。
「ぐわ! つ、つかまった!」
「助けてくれ!」
そこで、俺は二人の前に姿を現す。
「て、てめえがやりやがったのか!」
「一人いたぞ! おそらく魔術師か何かの類だ! 接近しちまえば怖くねえ! 全員きてくれえ!」
その声を聴いたほかの奴らがこちらに走ってくる。
俺はそれを待っていた。
よかった。俺をただの魔術師と勘違いしてくれて。
十人ちかくの賊がこっちに向かって走ってくる。
俺は、あらかじめ地面に刻んでいた【陥没】のルーンを起動する。
それと同時に、賊の足元がひかる。
「おい! お前ら、下がれ! そいつは――」
誰かが気づき、叫ぶが、もう遅い。
地面は大口を開けて、賊の大部分を飲み込んだ。
「「「うわぁああああああ!」」」
しばらくは上がってこれないだろう。落ちた衝撃と、下敷きになった衝撃とかで気絶してるやつもいるはずだ。
その間にも地面にできた大穴を回って左右から二人の男が俺に走り寄ってきていた。
俺は即座に【土壁】のルーンを刻み起動する。
左側の男が来る道をふさぐ。
「ちっ! なめんなよ! くそがぁ!」
右側から来た男は剣を抜き、振り下ろしてきていた。
――キンッ!
「えっ?」
俺が剣を振りぬくと、男はそんな間抜けな声を上げていた。
そして、彼は自分の持つ剣先をじっと見ていた。
その剣は、きれいな断面を作って上半分が消えていた。
そう、俺が切ったのだ。これがこの剣に刻んでおいた【鋭利】のルーンの効果だ。
俺はそのまま茫然としている男を大穴に蹴り落とす。
「うわぁああああああああああ」
「てめえ!」
後ろから、土壁をようやく破壊してきた男が剣を構えて突っ込んでくる。俺は振り向かず、【衝撃】のルーンの石を手首のスナップで後ろに投げる。
――――ドォン!
着弾と共にまた地面ごと男を吹き飛ばした。
「てめぇ……。ルーン魔術師か」
大穴の向こうで、俺の戦闘をずっと見ていた男がそう言った。
そいつの腕には、女の子が抱えられていた。口にはさるぐつわがされており、縄で縛られている。おそらく彼女が『姫様』なのだろう。
「うーん、正直には言えないよね。敵だし」
「はっ! それが答えみたいなもんじゃねえか」
「一応聞くけど、そのお姫様を放してくれるっていうなら俺は何もしないんだけど。君たちを倒せとは言われてないし」
できればそっちのほうがいい。
実際、不意打ちがうまくいって彼らは倒せたけど、俺の時代遅れのルーン魔術が真正面きって、あのボスっぽい人に通じるかは正直分からないし。
「へっ! 馬鹿言え。一応言っとくが、ここまでやられて見逃すほど俺は甘くねえからな」
そう言って、男は縛られた姫様を地面に投げ出して、こちらに近づいてきた。
よかった逃げられなくて。
「そのよく切れる剣もルーン魔術か?」
「うーん。まぁ、そうだね」
もういいや。どうせバレてるし。
うーん、勝てるかなぁ?
でも、なんかあいつが剣を構えて歩いてる姿、あの七英雄のカイザーより弱そうなんだよなぁ。
俺は王宮でたびたび絡んできた一人の剣士を思い出していた。
俺とは違って城に軟禁されていたわけじゃなくて、基本的には騎士団長として戦地に行っていた男だ。
部下にもよく慕われていたらしく、王宮でも大体部下と一緒にいた。俺? ぼっちですけど何か?
それに、たまに帰ってくると、運動に付き合えとか言って剣で切り付けてくるくそ野郎だ。
あ、思い出して来たらだんだん腹が立ってきた。なんだって剣士でもない俺があいつの運動に付き合ってやらないといけないんだ。部下とやれよ。ぼっちだからってかまってほしいわけじゃないんだからな。
「ずいぶんと余裕そうじゃねえか。死ぬ覚悟はできたか?」
あ、今はこいつだっけ。
「まだ、死にたくはないなぁ。せっかく外に出れたばっかだし」
「まぁ、覚悟ができてようがなかろうが、関係ねえがなぁ! 【瞬刃】」
男が使ったのは剣士スキルの一つだった。
速度を重視した一撃。
の、はずだけど、
確かに、さっきの男よりは早いけど、それでもカイザーよりも遅いなぁ。
俺は男の剣をめがけて、剣を振りぬいた。
――キンッ!
「あっ?」
さっきの男と同様に、剣先がなくなってしまった剣を見て、男はそんな声を上げた。
「じゃあ、そういうことで」
俺は、その男も、大穴に向かって蹴り飛ばした。
「うわぁああああああああああ!」
「ふぅ……。よかったぁ。時代遅れって言っても捨てたもんじゃないなぁ。さてと、あいつらが上がってこないうちに、姫様をつれていかないと」
と、姫様のほうを向くと、芋虫のように身をよじってどうにか移動しようと試みていた。
たくましいというかなんというか。
俺が彼女に近づくと、少しおびえた風にも見えたけど、さっきの奴らとは違うと気づいたのか、すぐにじっとしてくれた。
さるぐつわを取り外して、縄を切る。
「よし! これで、大丈夫。じゃあ、行こう――」
「助けていただいて、ありがとうございます! う、うぅ。こわかったです。うわあああああん」
俺は泣きじゃくる彼女に抱き着かれた。
え、え、ええええええええええ!
ど、ど、どうすればいいんだよ!