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ルーン魔術師と弟子・3

孤児院のみんなが体調を崩している原因が毒とわかり、俺とアリシアは【解毒】のルーンを描いていた。


 症状の重たい人から俺が描いたルーンで解毒することにして、アリシアには症状の軽い人からお願いしてアリシアのルーンでは治りきらない人が出てくるまで頼んだ。


「う、ううぅ……。た、すけて……」


 すでに胃の中に吐くものも無くなってしまったのか、苦しそうに呼吸をして虚ろな表情で助けを求める小さな男の子のお腹に俺はルーンを描いた紙を貼る。

 そして起動する。


 ルーンが優しく輝くと、男の子の呼吸が落ち着きを取り戻す。


「あ、あれ……。お腹が、痛くない」


「もう大丈夫だよ」


 不思議そうにする男の子に、俺はそう声をかけてあげる。

 それで安心したのか、男の子の身体からゆっくりと力が抜けていく。

 きっと疲れ切ってしまったのだろう。

 そのまま目を閉じて、ついには寝息を立てた。


 これでとりあえずは大丈夫だろう。


 アリシアの方はどうだろうか。

 俺は次の子にとりかかりながら、アリシアを探す。


 アリシアが最初にルーンを貼っていたのは院長さんだった。

 もともと歩けるほど症状が軽かったし、アリシアが描いたルーンが本当に効果があるのかを試す相手としては一番適任だろう。


 そして、その効果はちゃんと出ていたようだ。


「おお。すごいな。本当に何ともなくなった」


 感心するように院長さんはそう言っていた。

 それにアリシアもほっと胸を撫でおろす。


「効果があってよかったです。あの、本当に大丈夫ですか? 無理はしていないですか?」


「ああ。完璧だ。ありがとうお嬢ちゃん。君のおかげで助かったよ」


「そ、そんな。わたしのおかげだなんて……。わたしは、ただヴァンに教えてもらったことをしただけで……。なので、お礼ならヴァンに……」


 その言葉が聞こえた俺は、目の前の子供を解毒しながら「違うよ」と心の中で呟く。

 そして、それを院長さんも分かっていたんだろう。

 彼はアリシアに優しく微笑みかけた。


「それでも、わたしを治してくれたのはお嬢さんだ。だから、お礼はお嬢さんに言わせてくれ。本当にありがとう」


 そう。

 院長さんを治したのは、俺じゃない。まぎれもなく、アリシア。君なんだ。

 きっと、お礼を言われることに慣れていないんだろう。

 出会った時は、俺に「自分は死んでもいい存在」とまで言った彼女は、もしかしたら、誰からもお礼を言われることなんてなかったのかもしれない。

 そんなアリシアは下唇を噛んで、何かをこらえるように、小さな肩を震わせて院長さんの言葉に頷いた。


「……はい」


「じゃあ、他の子もお願いできるかな。みんな君を待っている」


「はい!」


 アリシアが次に解毒をまつ子供のところに駆け寄っていく。

 きっと、大丈夫だろう。アリシアのルーンはちゃんと効く。

 俺にはそんな予感があった。

 そして、その予感通り、ちょうど半分ずつの子供たちを俺とアリシアで治し切ったのだった。


 *


「ふぅ」


 俺は、子供たち全員の解毒が終わり一息ついていた。

 体調の治った子供たちの様子は、様々で、疲れ切って寝てしまっている子、ぐったりとしているが寝るまでではない子。それから、比較的症状が軽かった子たちは、すでに元気に歩き回っている。

 その子たちはアリシアが治療したということもあり、アリシアはそんな子供たちに囲まれていた。

 ここに来た時の惨状からは想像もつかないほどのほほえましい光景がそこには広がっていた。

 俺が教えたルーン魔術が、アリシアにとって意味のあるものになっただろうか。そうだと、俺も嬉しいな。

 そんなことを考えていた時だった。


「終わりましたかヴァン」


 後ろから声をかけられ振り向く。


 そこに居たのはミラさんだった。


「終わりましたよ。アリシアも頑張ってくれました」


「ええ。本当に、そのようですね」


 綿みたいに柔らかい笑顔だった。

 その笑顔は、子供に囲まれたアリシアに向けられている。


 ふと、俺は問題がまだ残っていることを思い出した。


「それにしても、スープに毒が入っていたなんてね。作った人は誰なんだろう」


 そんな俺の言葉にミラさんが、「ああ」と呟いた。


「そのことで、ヴァンを呼びに来たのでした。ついてきてください」


「う、うん」


 俺はミラさんについていく。

 ついていった先は孤児院の外だった。

 気持ちのいい風が吹いて、芝生が揺れている。


 そんな光景の中。


「え、ディアン!?」


 ディアンが倒れていた。


 俺は慌てて駆け寄る。


「ど、どうしたの!」


「は、腹が……。い、いてえ……。たの、む。俺にも解毒……。を」


 どうやらディアンも毒を飲んでしまったようだ。


「なんでスープを飲んじゃったのさ!」


 俺は急いで【解毒】のルーンを描き、起動する。


 そんな中でミラさんが言った。


「いえ。それが、問題はスープじゃなかったようです」


「え? それじゃあ、なんだったの」


「問題は、これです」


 俺たちの目の前には、井戸があった。


「井戸? ……。ということは、水が原因ってこと?」


「どうやらそのようですね。何者かが、井戸に毒を放り込んだのでしょう。どんな目的があるかは分かりませんが……。とにかく、王宮に戻ったらここの井戸を洗浄するように暇な者に行っておきましょう」


「ああ、死ぬかと思った」


 そう言ったのは復活したディアンだ。

 治ってよかった。


「っていうか、ディアンは水は飲んだんだ。それはそれで不用心な気がするけど……」


「いや、ミラに飲まされた。あとで覚えとけよ」


「すみません。ですが、可能性の一つとして探っただけですよ」


 ミラさんはしれっとそう言った。


「はあ。まあいい。ここの井戸の洗浄ももちろんだが、それから、王都中の井戸を調べさせないとな」


「そうだよね。ここと同じ症状が色んな所で起きたら大変だ」


「ああ。とりあえず、王宮に戻ろう」


 ディアンの言葉に、俺たちは頷いた。


 *


 孤児院から帰るときの事だった。


「「「「ありがとう! お姉ちゃん! お兄ちゃん!」」」」


 子供たちが手を振って見送ってくれる。


 帰り道、子供の声も聞こえなくなったところ。

 アリシアが俺に言った。


「ヴァン。わたしに、ルーン魔術を教えてくれて本当にありがとうございました」


 そのときの、彼女の精一杯の笑顔を俺はきっと忘れることはないだろう。

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