ルーン魔術師と弟子・2
薬屋から蹴りだされていた少年は、ザロというらしい。
ここに来る間にアリシアが上手に聞き出していた。
子供の扱いが上手なのか、はたまた俺たちの中でも一番年が近からザロも心を許しているのか。どちらにせよ、俺はアリシアに感心していた。
ザロに連れられてやってきたのは、丘のようになっているところだった。
人の集まる住宅街や繁華街なんかとは少し違って、ほのぼのとした静けさが広がっている。
地面も舗装された石畳ではなくて、芝生が広がっている。
そして、丘の上にぽつんと建つ、一軒の大きな建物があった。
お屋敷でもなく、もちろんお城でもない。
さびれた教会というのが一番近しいように思えた。
その建物の正体を呟いたのはディアンだった。
「孤児院、か。なるほど。金に困っているのには納得がいったな」
ザロは孤児だったのか。
もしかしたら、そのせいで大人である俺やディアンには心を開いてくれなかったのかもしれない。
そんなことを考えながら、俺はザロについていき丘を上る。
「こっちだ」
建物の扉を開けて、俺たちを案内するザロ。
連れられた先、その光景に俺は、いや俺たち全員が眉をひそめていたと思う。
「うう……。苦しい……」
「ザロ兄ちゃん……。助けて……」
「うっ。お、おええええええ……」
異臭と異様な光景。
うめきながら、おう吐する幼い子供たち。
「これは……一体どうしてこんなことに……。ザロ君。心当たりはありますか?」
アリシアがザロに聞くが、彼は首を横に振る。
「わかんない。朝はみんな元気だった。それから、俺は仕事に出て、昼に帰ってきたら、みんなこんなで……」
泣きそうになりながら説明するザロの頭をアリシアが撫でる。
そんな中、俺にささやくように言ったのはミラだった。
「病気ではなさそうですね。こんなに一度に発病するなんて考えにくい」
「なら、お腹を壊すって言うと、食べ物が痛んでたとかかな?」
「その可能性はありますね。ただ、それでも、こんなにひどくなるほど痛んでいる物を食べたとは……あまり思えませんが」
「ヴァン。ミラ。あの人」
何かに気づいたのはディアンだ。
倒れる子供たちの中、大人の男性が一人いた。
ディアンよりもう少し年上な感じ。
孤児院の院長だろうか。
そんな彼は、起き上がってこっちに向かってくる。
「ザロ。どこに行ってたんだ」
「く、薬屋に……。薬を、分けてもらおうと思って……。でも、金が無いから、追い出されて……」
「まあ、そうだろうな。それに、薬ではおそらくどうにもならないだろう。……ケガはなかったか?」
「う、うん……」
「それで、この方たちは?」
「薬屋で、あって……。それで、力になってくれるって」
「そうですか……。これはみなさん。わたしは、この孤児院の院長です。といっても大人はわたししかおりませんが……。この度はザロがご迷惑をおかけしました」
そう言って頭を下げる男性。
俺は慌てて言った。
「そんな。困っている人を助けようとするのは当たり前です。それで、院長さん何があったのか分かりますか? 見たところ院長さんも苦しそうですが……」
「それが、わたしにもさっぱり……。昼食を取っている途中に、全員がこうなったのです。ただ、食べ物には日ごろから気を付けていましたから……。腐っていたなんてことは無いと思いますが……」
「食事をしていたのはどこですか?」
「ここの隣の部屋に、広い部屋があります。そこで、いつも」
「とりあえず、そこに行ってみます。何かわかれば、お伝えしますね」
「すみません。お願いします」
院長さんがもう一度頭を下げる。
俺たちは、急いで隣の部屋に向かった。
そこには、おそらく昼食の途中だっただろう光景が広がっている。
きっと食べている途中に異変に気づき、部屋を移したのだろう。
昼食はパンと野菜とスープだったようだ。
ミラさんがパンと野菜を見る。
そんなミラさんにアリシアが声をかける。
「どうですかミラ? 何かわかりましたか?」
「……。多少傷んではいますが、これでああなるとは思えませんね。だとすると、スープ、ですか……。見ただけでは、分かりませんね」
うーん。俺も食べ物に関する知識はあまりない。
だけど、俺は一つの可能性に気が付いた。
「じゃあ、俺が食べてみましょうか」
「「「ヴァン!?」」」
「な、なに? みんなして」
アリシアも、ミラさんも、ディアンも、全員が目を見開いて俺を見ていた。
「正気か? これを食べて、みんなああなってるんだぞ?」
「う、うん。一応正気、のつもりなんだけど……。あと、多分、俺なら大丈夫。ただ、確証が無いから、試してみたいんだ。それに、みんなを救うためにも」
「そうか。お前に考えがあるというなら止めないよ」
「うん。ありがとうディアン」
さて、じゃあ、試してみようか。
俺は意を決して、残っていたスープを口に付ける。
みんながその様子を心配そうに見てた。
うん。味はちょっと薄いけど、普通に美味しい。
あと、具が少ないのかな。溶けちゃってるのか、それともやっぱり孤児院だし、ザロも薬屋を追い出されていたくらいだから、そんなにお金が無いのかな。
って、いやいや。
そんなことは今はどうでもよくて。
そして、ついに俺はスープを飲み干した。
あまりにも普通で、思わず関係無いことを考えてしまっていた。
「どうだ? ヴァン?」
「……。うーん。なんにもない。……。あれえ、違ったのかな。てっきり毒かなにかの類かと思ったんだけど……。それとも、効果が出るのにもう少しかかるとか、かな?」
「ど、毒ですか!?」
アリシアが驚く。
「う、うん。そう思ったってだけだけど」
「そんな危険な物を、ためらいもなく飲んだんですかっ!」
「い、いやあ。まあ、みんなの様子からすぐ死ぬような毒じゃないと思ったから……」
言いながら、俺は近くにある水を飲む。
「すぐ死ぬような毒じゃなくても、死んでしまう毒かもしれないんですよ!」
アリシアが泣きそうな顔をして、俺にそう言ってくる。
ああ、そういえば、あのルーンのことをアリシアにはまだ教えてなかったな。
「だ、大丈夫だよアリシア。実はね……」
そう言ったところだった。
ぐるるるるるるるるるるるるるるるるる。
その音と、そして腹の不快感に俺は固まる。
そして、俺はそのまま座り込んだ。
や、やばい。だいぶ、気持ち悪い……。
「大丈夫ですかっ!? ヴァン!」
アリシアがそばに駆け寄ってくる。
小さな手で、俺の背を必至にさすってくれていた。
「だ、だい、じょうぶ。あ、りしあ。ペンと、紙を取ってくるかな」
「ペンと紙……。ですね! わかりました」
アリシアはすぐに、王都の雑貨屋で買ったペンと紙を俺に手渡してくれた。
俺は震える手で、どうにかしてルーンを描いた。
「ルーン……。これは?」
「これはね、アリシア。……。【解毒】の、ルーンだよ」
「【解毒】のルーン……」
言いながら、俺はルーンを自分の腹に貼って起動する。
ルーンが光を放ち、そしてすぐに俺の体から不快感は消えた。
立ち上がって言う。
「ふぅ……。よし! やっぱり毒だったね。これならみんな治せそうだ。よかったよみんなの症状が病気じゃなくて。病気を治すルーンは無いからね」
そう言うと、アリシアは俺の腰のあたりに抱き着いてくる。
「あ、アリシア!?」
びっくりしていると、顔をうずめたアリシアのくぐもった声が聞こえる。
「もう……。先にちゃんと言っておいてください……」
ふわふわの桃色の髪が震えていた。
本当に心配してくれていたのだろう。
その事に、俺はとても嬉しかった。
「ごめんね。本当に、言っておくべきだったよ。さ、はやくこれをみんなの分も描こう。アリシアも手伝ってくれるよね」
そう言うと、アリシアは顔を上げる。
泣きながら、笑ってた。
そんな器用な表情を作ってアリシアは言った。
「もちろんです!」